第31話 三人のランチ〜森大蒜と赤茄子のパスタ・竜の爪はお好みで〜
パンの発酵待ちの間に私はランチの支度だ。
「お昼はちょっと簡単に〜……」
熱したフライパンにオリーブオイルを敷き、スライスした
ベーコンは塩辛いので塩は少しでいい。でも胡椒はちょっと多めが私好み。それから種を取った
イグニスも私も、辛いものは苦手なので味を締める程度だ。
大蒜は焦がさずベーコンは香ばしく。そのタイミングで茹でたての麺状パスタを入れ、粉チーズを軽くかけ盛り付ければ出来上がり!
「あ、仕上げのパセリ忘れてた」
さっき摘んできたパセリをサッと洗い、布巾で水気を取ったら手でちぎってたっぷり散らす。
うん!
「イグニス〜ルルススくん〜ごはん出来たよー!」
テーブルにお皿を三つ。コップも三つ。
と言っても、二人は掌サイズのサンショウウオ(似)と人の子供サイズだ。
だからイグニスには、小皿にパスタを短く切って盛り付けて、ルルススくんには私と同じお皿だけど少し少なめに盛り付けた。
「パンはまだ〜ふくらんでないよ〜」
「にゃっ、これは森大蒜の香りにゃね?」
くんくんと鼻を鳴らす様子にハッとした。
「あっ! ルルススくん大蒜食べられる!?」
ルルススくんはケットシーだけど、見た目は猫だ。にゃあにゃあ言ってるし、きっと猫! 猫にネギ系はご法度だったはず! 竜の爪もマズかったかも……!?
「にゃ? 食べるにゃよ? ケットシーは猫にゃにゃいから大丈夫! ルルススはにゃんでも食べるんにゃ」
「あ……そう? よかったー……」
そうなんだ。猫ではないんだ。
でも猫ではないと言いつつ、ルルススくんは猫舌ではあるみたい……? ちなみにイグニスは、火傷するほどの熱々が大好きでさすがという感じだ。
「ん〜おいしいね〜! あ、とけたチーズがくちにくっつくぅ……」
「うん! 森大蒜おいしいにゃ! ん〜……ここにルルスス特製スパイスを入れたい気もするにゃ……」
「特製スパイスってどんなの? 入れてもいいよ?」
「いいにゃか? それじゃお言葉に甘えて……これにゃ!」
傍の鞄から取り出したのは小瓶。中身は真っ赤な粉末。見るからに辛そうなそれを、ルルススくんは嬉しそうにパスタにふりかける。
いや、確かにこの程度の竜の爪じゃアクセントとして物足りないだろうとは思うけど、それにしてもちょっとかけすぎじゃない!?
「ルルススくん辛い物が好きなの……?」
「好きにゃ! これをかけるともっと美味しくなるのにゃ!」
「ひぇ〜ルルスス……すごいね〜……辛そう……ぼくはこのままでいい〜」
三人ではまだ広いダイニングテーブル。だけどご機嫌な様子で食べる二人に笑みがこぼれた。
あ、パスタは森大蒜の香ばしい匂いが堪らなかったし、
◆
「うん、いい感じだね。イグニス、このまま見てられる?」
「見てるよ〜〜」
ランチ後、一次発酵中の生地を見てみると順調に膨らんでいた。
砂時計は半分をいくらか過ぎたところ。一次発酵完了にはあと半刻〜四十分刻くらいかかりそうだ。
「アイリス! 野菜洗ったにゃよ」
踏み台を置き、後ろのシンクに立つのはルルススくん。
お手伝いをしたそうにウズウズしていたので野菜を準備してもらっている。今日は試作なので保管庫にあった彩人参と玉葱を使おうと思う。
「ありがとう! じゃあ一緒に皮剥きしよっか」
「んにゃ!」
明日の
予定してるお弁当は、サンドウィッチと野菜を入れたパンの二種類。
特に野菜のパンは携帯食としても考えているので、嵩張らず、パンだけで食事になるようなものにしたいと思っている。
そう、レッテリオさんから「卸してほしい」と言われたのは『携帯食』だ。携帯食の定番は固パンや塩漬け肉。でも『
だって、普通の携帯食で良いなら街にいくらでも売っている。きっと騎士隊にも専属の出入り商人がいるだろうし、もしかしたら保存食を作る部隊もあるかもしれない。
だから作るのは、錬金術師だから作れるものにする。
野菜のパン――五センチ四方くらいの四角形にしようと思っているので、仮に『ダイスパン』と呼ぼう。これを状態保持の効果がある『
とはいえ
レッテリオさんが欲しいのは『ポーション効果のある蜂蜜ダイス』だ。言い換えれば、ポーション効果があるなら他の携帯食でも良いはず。
そう、これは試作であり実験。『蜂蜜ダイスの他にもポーション効果のある携帯食を作れるか?』だ。
蜂蜜ダイスは美味しいけど、甘い携帯食だけでは飽きてしまうし、これだけでは栄養も偏ってしまう。だからもう一種、携帯食を作ってあげたい。
「アイリス、この薬草は刻むんにゃよね? もっと細かくするにゃ?」
トタタン、トタタン。と、ルルススくんは小さめのナイフで月読草を刻んでいる。
ルルススくんの手で彩人参や玉葱を細かく切るのは難しかったので、もう一つの下ごしらえだ。
「うん、できるだけ細かくしてね」
トタタタン!
「まかせるにゃ! ところで薬草で何を作るんにゃ?」
「ビスコッティを作ろうかなって」
「あ〜固焼きビスケットにゃね。携帯食向きにゃ。でも薬草ばっかで苦くにゃらにゃい? 」
薬草にはやはり独特の苦味があるものが多い。丁寧に灰汁を抜いたり単純に砂糖を入れたり……色々やりようはあるが、見習いとはいえ私は錬金術師。
「ふふっ、苦味の取れる錬金術があるんだよ?」
正確には『不必要な成分を取り除く』だ。浄化や精製の応用のような処理をする。
「へぇ〜いいにゃね」
トタタン、タン!
「うん、こっちも下ごしらえ完了!」
話している間に私の方も、野菜と、それからチーズも細切りに出来た。
「じゃあ私は『苦味取り』しちゃおうかな。イグニス、生地はどう?」
私は後ろの作業台を振り向くと、チリリン! チリリン!
丁度、砂時計が鳴り一刻の経過を知らせる。
「二倍になるにはもうちょっとだね〜〜。生地はぼくが見てるから〜アイリスは錬成室に行ってきていいよ〜!」
ボウルを興味深く覗き込みながら、イグニスはニコッと笑った。
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