第146話幼馴染は仲良くなりたいそうです
オリバーは、"また今度"が出来るのだ。
それだけの人脈も経験も、彼にはあるから。
けれどもティナにとっては、これが最初で最後のデビュタント。
手の内にある招待状は、"また"貰えるとも限らない。
なぜならこの招待状はティナが得たものではなく、オリバーに"恵んで"もらったものだから。
そうしてティナは「ティナを一人でなんて行かせられない!」と同行してくれたお父様と共に馬車に揺られ、無事王都でのデビュタントを果たしたわけだけれど。
まあ……結果はともかく、"ティナ"はたったの一度もオリバーに怒ってなどいなかった。
なんというか、"ティナ"ははじめからオリバーと一線を引いていたから、怒れる立場にあるとも考えていなかったというか。
婚約予定の話だって、オリバーなら適齢期を迎えるまでに素敵な相手を見つけるはずだから、自分には関係ないと思っていた節がある。
だから、全部オリバーの誤解なのだ。
私はオリバーを見上げ、
「オリーがいなくて不安だったのは事実ですけれど、はじめから怒ってなどいません。オリーがどんな仕事をしているかは理解しているつもりでしたし、むしろ、嵐に遭遇して無事だった奇跡に感謝しました。だから、誤解です」
「じゃあ……なんで俺に冷たいの?」
「それは……」
(エラの攻略対象キャラだから警戒していた、とは言えないし……)
「ええと、呼び方については以前にもお伝えしましたが、ここがうちの領地ではないからです。私が"オリー"などと気安く呼んでは、多くの生徒の不興を買うのは明らかですから」
「えー、ティナが誰になんて思われようと、ちゃーんと俺が守ってあげるよ?」
「それが駄目なんです。私だって、成長するために入学したんです。オリ―に守ってもらうためじゃありません。自分で出来ることは、自分で対処しないと」
「……俺と仲良くしてくんないのも、周りが気になるから?」
「それについては……ごめんなさい。その、私、特別冷たくしたってつもりは全然なくて……。あれが、私とオリーの"いつも通り"だと思ってて」
そうなのだ。エラがオリバーと進展しないよう、警戒していたのは事実だけれど。
私自身は特別オリバーを冷たくあしらったり、距離を置いていたつもりはない。
(そもそも、"幼馴染"とはいえそこまで気さくな間柄ってわけでもなかったし……)
「もしかしたら、ヴィセルフ様やエラ様たちとの対比で、冷たく見えてしまっているのかもしれません。オリーは先輩なうえに副会長ですし、ヴィセルフ様やエラ様たちとは違って、友人関係ではありませんし……」
「ちょ、ちょっと待ってよティナ。王族やら公爵令嬢やらは"友達"なのに、俺との関係はそれよりも下ってこと?」
「下ってことではないですけれど、ヴィセルフ様たちかオリー、どちらが気兼ねなく話せるかといわれると、正直なところヴィセルフ様たちの方ではありますね」
「ええー……俺、幼馴染だよ?」
「重ねた年数はオリーの方が長いですが、積み重ねた時間も、乗り越えた壁も。ヴィセルフ様やエラ様、ダン様やレイナス様との方が多いんです」
そーゆーもんなのかなあー、と言いながら、しょぼくれるオリバー。
繋いだ手は不満そうにゆらゆらと揺られている。
彼はどうにも仕草が幼い。
けれどそれが不格好に見えないのだから、攻略対象キャラというのは恐ろしい。
「ま、でも。ティナが俺に怒ってるわけでも、嫌ってるわけでもないってのはわかったからいいや」
先ほどまでのしょぼくれ顔はどこへやら。
オリバーはにっと口角を上げ、
「だったら積み重ねた時間と乗り越えた壁ってので俺が一番になれば、俺がティナの一番になれるってことでしょ?」
「へ?」
「俺を嫌いってわけじゃないなら、まだチャンスはあるってことじゃん」
途端、オリバーはパッと繋いでいた手を離したかと思うと、片手側をがっちり握ってきた。
(こ、これは……っ!)
いわゆる、恋人繋ぎってやつだ……!
「ちょっ、オリー!?」
「さっそく二人で時間を重ねにいこーか。用事ってのはどんなやつ? どっか行かなきゃなら送っていくし、買い物とかなら、俺も案内できるし――」
「――ティナ」
「!?」
眼前に現れたその人に、私もオリバーも足を止める。
見慣れてきた学園の制服ではない、質のいいシャツにベストを重ねた姿。
彼は腕を組んだまま、ニヤリと怒気をはらんだ笑みを浮かべ、
「俺サマに隠れて逢引たぁ、相変わらず目が離せねえな」
「ヴィ、ヴィセルフ様!?」
つかつかと大股で近づいてきたヴィセルフが、私とオリバーの繋いだ手をべりっと引き剥がす。
オリバーははっとしたようにして、
「ちょっと、何を――」
「先約があるって言ってただろうが。――行くぞ、ティナ」
ぐいと私の肩を引き寄せるようにして、先を促すヴィセルフ。と、
「まってよ。ティナの先約ってホントにヴィセルフ様なわけ?」
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