第44話俺に芽吹いた新たな蕾

 俺は従者騎士であり、彼女は行儀見習いの侍女。俺たちの立場が、"公平"なハズがない。

 いや、そんなことは彼女だって理解している。彼女が口にした"公平"とは、そうしたことではないのだろう。

 混乱に口を閉ざす俺に気づいてか否か、彼女は畳みかけるようにして、


「さらに言うのなら、これでお互い安易に他者へは話せなくなるかなと。あ、ダン様を疑っているわけじゃありませんよ? ただ、やみくもに"誰にも話しません!"と宣言するよりも、私の苦手事も伝えておいたほうが、ダン様も安心できるのではないかと思いまして」


 彼女はどこか自慢げに笑みながら、これは安心材料の一種なのだと言外に含ませる。

 刹那、渦巻く思考に先ほどの彼女の言葉が響いた。


『同じ人間なのだから』


(彼女は立場ではなく、"人間"として俺と"公平"であろうとして――?)


 次期国王の従者騎士。それが他者から見た"俺"であり、全てだった。

 年齢や背景など関係ない。

 どんなに年齢を重ねた知識人であろうと、由緒正しき貴族であろうと。

 ヴィセルフに手を焼くたびに俺に泣きつき、また王へと近しい俺をいかに懐柔するか、虎視眈眈と狙っている者ばかりだ。


 なのに。

 彼女は、彼女だけは。

 ただ言葉の通りまっさらに、俺と……従者騎士ではない、ただのダン・アンデリックと、"公平"であろうとしてくれた。


(……現国王にも近い、次期国王の従者騎士である俺の弱みを握ったんだ。大なり小なり、利用価値があるだろうに)


 けれど目の前で両手を組み誓いをたてる彼女には、そんな当たり前の野心が微塵もないのだろう。


「私の誠意にかけて、互いの秘密は他言しないと誓います。必要でありましたら、誓約書にサインでもなんでも――」


「…………いや」


(なるほど。ヴィセルフやエラ嬢が気に入るわけだ)


 彼女から滲む光は素朴ながらも心地よく温かで、一度認識してしまうと、更にと望んでしまう。

 緩やかながらも、確実な欲望。

 そして、俺もまた。あの二人と同様に、気づいてしまった時点で既に手遅れだ。


(さて、どうするかな)


 脳裏に浮かぶのは、近頃変わったようだと評判の不器用でぶっきらぼうな主の姿。

 そして同時に、彼がその欲を成就するにはそうとう手こずるだろうと簡単に想像できて、思わず吹き出してしまう。


「いや、悪い。なるほど……そうか。やっと俺も、わかったような気がするな」


 不思議そうに小首を傾げる彼女の姿に、先ほどまでとは違う、思わず触れたくなるような愛らしさが湧き上がってくる。

 彼女は主の欲する相手。

 分かっているが、それはあくまで一方通行の想いだ。彼女の意志はまだまだ未知。


(なら俺にも、まだやりようがあるってことだな)


 俺はゆっくりと距離をつめ、彼女を見下ろした。

 あまり意識してこなかったが、この国では珍しい紫をした髪は、当たる陽光によって表情を変え控えめながらも鮮やかだ。

 同色の瞳もよくよく見れば不思議と透き通っていて、彼女の純真さを表しているかのよう。

 戸惑いがちに見上げるその鏡面には今、自分だけが映っているのだと思うと、妙に心が浮ついてしまう。


(なるほど。心を奪われるってのは、こういうことを言うのかもな)


「サインは必要ない。その代わり、俺も"ティナ"って呼んでもいいか? 互いに秘密を共有する、親愛を込めて」


「それは構いませんが……。本当にそんなことでよろしいのですか?」


「ティナの"秘密"を知ったんだ。充分すぎるくらいだよ」


 きっとあの二人は知らないであろう、ティナの秘密。

 互いに秘め事を抱えているという事実だけでも、あの二人に一歩勝っているような心地がするけれども。

 ふと思いついた俺は、


「ああ、そうだ。俺のことも、"ダン"って呼んでいいからな」


 少しでも周囲にアピールするにはいい手段だと思ったんだが……。


「え!? いえいえいえいえさすがにそれは……! お立場というものがありますので! お気持ちだけいただきます!」


 ティナはしっかり"肩書"も忘れてはいないようで、あっけなく断られてしまった。

 残念。まあでもそれはそれで、これからの楽しみにとっておくか。


 気を取り直した俺は、そうだとティナにクッキーの試食をせがんだ。

 俺の弱みを知っても真摯であってくれたティナならば、せっかく池に入ろうとしてまで楽しみにしていた菓子を子供のように強請るなんて無礼も、許してくれるだろうと思ったからだ。


 案の定、俺の期待通り快くクッキーを分けてくれたティナは、俺の拙い感想を真剣な面持ちで聞いていた。


「うーん、それならピスタチオはペースト状にしてから生地に混ぜて、間にベリーのクリームを挟むのもありかなあ……」


 指先を口元に寄せるその脳裏では、さっそくと改良クッキー……改め、ラングドシャが作られているのだろう。


(それにしても、どうしてティナはこんなにも菓子に詳しいんだ?)


 このラングドシャといい、ティナの発案する菓子はどれもこれもがこの国にはないものだ。

 名前がついていることから推測するに、おそらく既に他国にある菓子なのだろうが……。

 聞けば料理長すら、聞いたコトのないものばかりだという。


(彼女の一家が治める地域は農耕が中心で、他国と交流がある様子はないし……。書物で知ったのか?)


 それにしては、どうにも"本物"を知っている風というか……。


「貴重なご意見ありがとうございます! ダン様に食べて頂けて助かりました」


 明るい声に思考を切った俺は、芽吹いた春のような笑みに心がくすぐられ、思わず頬を掻く。


(まあ、なんにせよティナはティナだしな)


 俺を従者騎士ではなく、同じ人間として対等に向き合ってくれたティナ。

 蕾は芽吹いたばかりなのだから、花咲くまでゆっくりと、大事に育てていけばいい。

 きっと、その過程で自ずと謎も解けるだろう。


 そして願わくば。

 彼女の胸の中にも、"俺"という小さな芽がこっそり居付いてくれれば……なんて。


「互いの秘密の共有もしたことだし、これからはもっと二人で手を取り合っていこうな。ティナ」

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