第42話彼らの固執する異質な侍女
「ならこの話はここまでだ。それより、近々王城でデカい茶会の予定があったな?」
「あ、ああ。毎年ヒイヨドリが新しい巣作りの歌を響かせたら、所縁あるご令嬢やご子息方を招いて庭園で茶会を行う習わしだからな。先日見せたリスト通りに、招待状も発送済みで――」
「追加で招待したいヤツが出来た。招待状一式と、俺のシーリングスタンプを部屋に用意しろ」
「な、んだって?」
「それと、当日用意する茶菓子もだ。後で俺からも書面を出すが、厨房からもリストを出させろ」
「……わかった」
要件は終わったたとばかりに、踵を返し歩いていくヴィセルフ。
(ヴィセルフが、招待状?)
毎年、お茶会への出席すら渋るヴィセルフが? 自ら人を招待する?
おまけに茶菓子のリストだって?
「あ、ありえない……」
刹那、俺の脳内に彼女がよぎった。
ヴィセルフにおける、数々の例外を生み出す彼女。ティナ・ハローズ。
(……もしかして、招待状も彼女に?)
行儀見習い中の侍女を招待してはいけない、という規則があるわけではないが、余程の要人でなければ招待客のリストには入らない。
ましてや彼女は辺境の伯爵家令嬢。当然ながら、庭園のお茶会への招待状は出ていない。
(どうしてヴィセルフは、そこまでして彼女を……)
疑念は深まるばかりだが、ヴィセルフの指示は絶対だ。
言われた通りに部屋に招待状と封書、王家の紋章が彫られたシーリングスタンプを用意し、料理長にはリストを提出するよう要請した。
事件が起きたのは、その翌朝だった。
「シーリングスタンプの刻印が盗まれた」
「…………は?」
一瞬、耳を疑った。
スタンプがなくなった?
(もし本当なら、一大事じゃないか……っ!)
なぜならシーリングスタンプとは身分を証明するもの。
王家の刻印が盗まれでもしたら、どんな悪事に使われるか――。
「ヴィ、ヴィセルフ……っ! それは確かなのか? 寝ぼけて部屋のどこかに落としているってことは――」
「ねえ。机の上に置いて、水差しの水を注いで戻ってきたら、無くなってやがった」
犯人はコイツだ、と。
ヴィセルフが差し出したのは、見覚えのある小さな羽。
「それは、ヒイヨドリの羽……?」
「机の上に残ってやがった。椅子後ろの窓も開いていたし、十中八九、コイツだろうな」
そうして俺は、ヴィセルフの刻印を持ち去ったヒイヨドリの捜索を始めた。
ヒイヨドリは古くから、王城近くによく巣を作っている。
新しい巣作りの鳴き声も聞こえたことだし、おそらく、巣に飾る光ものを集めているのだろう。
(とにかく、早く見つけないとな)
仮に本当にヒイヨドリが犯人だったとしても、刻印に気づいた何者かが持ち去る可能性だってある。
庭師を始めとする使用人に話を聞き、有力そうな場所は全て探し回った。
けれどもヒイヨドリの巣はあれど、探し物は一向に見つからない。
(これはいよいよ、使用人も疑わないとか……?)
面倒なことになったと、厨房に続く回廊で密かに息を零した時だった。
視界の端に、うごめく影。
あちらは確か池だったか、と顔を向けると、とんでもない光景が飛び込んできた。
池の側でうずくまる、ひとりの侍女。それもあろうことか、たくし上げたスカートの中に手を入れ――。
「なっ、待て待てちょっとそこの子!! 早まるな!!」
「へ? ダン様?」
きょとんとした紫の瞳が、制した俺を振り返る。
ティナ・ハローズ。その名が脳裏に浮かぶと同時に、どこか腑に落ちた心地がした。
なるほど彼女なら、"普通ならばしない"ことも、するだろうなと。
(ヴィセルフもエラ嬢も、こういった彼女の突拍子のなさに興味があるのか?)
まあ確かに、彼らの周囲にはいないタイプだろうが……それだけを理由とするには、弱すぎるような。
ヒイヨドリにお菓子を盗られてしまったのだと話す彼女が示す巣は、初めて見るものだった。
それも、遠目からでも相当数の光モノを持ち込んでいる。
「丁度いい。ここは俺に任せてくれないか? ちょっと巣を覗いてみる」
もしかしたら、と期待をこめて覗き込んだ巣。
彼女のものだろうと思われる白い小袋の横に、ひときわ光る金色の刻印。
「あー……アタリだな」
(よか、った……)
これで大事にはならずに済む。
先ほどまで胸中を巣食っていた最悪の事態を安堵で打ち消し、俺はさっさと回収して終わらせようとした。
が、ヒイヨドリはせっかくの飾りを奪われまいと威嚇して、なかなか返してくれない。
力づくで取り返すことも出来なくはないが……。
使用人である彼女の目がある手前、"らしくない"ことは出来ないし……。
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