第37話従者騎士様がお困りのようです

 王家の皆様が午後のティータイムを終えた、おやつどき。

 ティーセット一式を片付けた私もやっとのことで休憩時間を迎え、厨房に寄って目的の小袋をゲットしてから、回廊を急いでいた。


 向かうのは使用人の利用が許された、庭園奥のベンチ。

 お天気がいい日は取り合いとなるそこも、私の休憩時間には空いていることが多い。

 理由は簡単。ヴィセルフの側にいることが多い私の休憩時間は、殆どが他と被らないから。


「美味しいお菓子にすっきり青空! このクッキーも早く食べたいー!」


 手の内の小袋に入るのは、料理人さんたちと開発中のピスタチオとベリーのクッキーだ。

 ベリーの果実を混ぜたほんのりピンクの生地に、砕いたピスタチオがたっぷり練りこまれている。


「そのままでも絶対美味しいだろうけど、エラに出すときには、アイスに添えてもいいかもなあ」


 と、持ち上げた小袋に鼻先を寄せた瞬間。


「ピィッ!」


「わ!?」


 バサッと目の前を黒い影が通り過ぎたかと思うと、手の上に乗っていたはずの小袋が消えてしまった。

 再び届いた「ピィ?」という声に顔を向けると、そこには空中で羽ばたきながら静止するヒイヨドリ。

 小さな足に掴まれているのはまさしく私の小袋で、けれどもヒイヨドリは「あれ?」と言った風にして、小首を傾げている。


「わ、わたしのクッキー!」


 返して! と叫ぶと、ヒイヨドリがこっちを向いた。

 途端、はっとしたように「ピィ!」と声をあげるも、なぜか仕方ないな……とでも言いたげにして池上の枝に飛んで行ってしまう。


「え!? なんで!?」


 瞬間、はっと気が付いた。

 慌てて胸元を見ると、いつもなら制服の内側にしまい込んでいるはずの"魔岩石"がキラキラと輝いている。


(さっきヴィセルフに付けてるかって確認されたから……! 引き出してしまうの忘れてた……!)


 ヒイヨドリは光る物を集める習性がある。

 たぶんあの子は"魔岩石"を狙おうとして、誤ってクッキーを捕っちゃったってとこ。


「って、納得してる場合じゃない、それなら私のクッキー返して!?」


 そもそもヒイヨドリは花の蜜が主食だし! クッキー食べないじゃん!

 必死のお願いにも枝に止まったヒイヨドリは「ピ」と鳴いて、すたすたと枝先に作られた巣に小袋を押し込んでしまった。


「そ、そんなあ……!」


 私が今日のそのクッキーをどれだけ心待ちにしていたと……!

 ――こうなったら。


「……返してくれないのなら、私が取りにいくまで!」


 私は回廊から降り立ち、池の傍で停止した。

 手を伸ばして届く距離じゃない。かといって、木を登って取るには枝が細すぎる。

 となると、残された選択肢はただ一つ。


「……池に入る!」


 幸い、池には生き物もいなければ深さも足首くらいまでだし、中を歩いて近くまで寄れば、巣のある枝にも届きそう。

 そうと決まればと靴を脱ぎ、少しだけめくりあげたスカート内へと手を入れる。

 伸ばした指先でガーターストッキングを外し――。


「なっ、待て待てちょっとそこの子!! 早まるな!!」


「へ?」


 響いた声に振り返るやいなや、ガシリと右腕が掴まれた。

 肩横には血相を変え息を乱した――


「ダン様?」


 と、ダンもまた私に気づいたように目を丸めて、


「誰かと思えば……こんな、誰が見てるともしれないところで、一体何があったんだ?」


 まさか、誰かに無理やりやらされたのか? と心配げなダンに、私は急いで「いいえ」と首を振り、


「その、ヒイヨドリにおやつを捕られてしまいまして……」


「ヒイヨドリに?」


「はい。あの池の上にかかった枝先に巣があるみたいで……。あそこなら、池に入れば手が届きそうでしたので、やってみようかなと」


 すると、ダンは巣と私を交互に数回確認して、


「ははっ、確かに池に入れば届きそうだな」


「ですよね?」


「けどな、だからってこんな場所で、女性が脚を晒すのはよくないと思うぞ」


「うっ……」


 そう。そうなのだ。

 生足ショーパン余裕の前世日本とは違って、この世界で女性が脚を晒すのはタブーとされている。

 いくら胸元や背中ががっつり見えていようと、脚だけはダメなのだ。


「……申し訳ありません」


 理由がどうであれ、マナー違反はマナー違反。

 それこそマランダ様に見つかっていたら、一時間のお説教じゃ済まなかっただろうし。

 慎ましく膝を折り、靴を履く私を見ないようにして巣を眺めていたダンが、小さく呟いた。


「それにしても……こんなところに巣を作っていたとはな。なかなか見つからなかったわけだ」


「え? ダン様、ヒイヨドリの巣をお探しだったんですか?」


「ちょっと探し物があってな。随分と溜め込んでるみたいだし、おそらく、アイツが持っているんじゃないかと思うんだが……」


 すると、私の身支度が整った気配を感じてか、ダンがにかっと笑みながら私へと顔を向けた。


「丁度いい。ここは俺に任せてくれないか? ちょっと巣を覗いてみる」


「へ? よ、よろしいのですか?」


「言ったろ。俺も探し物をしてるって」


 刹那、ダンがすっと片膝を地についた。

 同じようにして右手を地につけ、瞼を伏せる。

 途端、触れた先が光り出した。瞬きの間に地面からむくむくとつる状の植物が生えたかと思うと、しゅるしゅると絡まり合って、巣に伸びる立派なアーチ状の梯子が出来た。


「すご……っ!」


 そうだった。ダンは私と同じ、"緑の魔力"の持ち主。

 それもかなり強力な魔力で、何もない場から植物を自由に生やすことが出来るんだった。

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