第14話 それが間違えてはいけないという理由にはならない
「先に聞いておきたいんだけど、何の事業してるの?」
「貿易を主とし、契約している作り手から服飾類の品を国外にて売買しています」
「へえ、流通業か」
「加え、専属かかりつけメディコが作った薬も同じく国内外に流通を」
「メディコ? ……えっと、医者?」
「いしゃとは?」
「病気や怪我を治してくれる人、かな」
「はい、チアキの思うもので合っています」
両極端な品を扱ってるな。
医療系と服飾ではルートも違うだろうに。
「帳簿分けてる?」
「はい」
人事総務経理会計庶務企画労務もやってた所謂事務総合職、そして軽い営業もしていたという。今この自分の経験を生かさずにいられるか。私の世界と同じなら見られるだろうから。余程特殊な帳簿でなければ。
「よし、やってみるか」
「私も共に」
「うん、お願い」
階下に行きオリアーナに執務部屋へ案内してもらう。
やはり部屋は広く、入って真正面に大きな執務机、片側の壁は全部事業関係の書物がびっしり詰まっている。左奥に扉があるのは隣室なのか書庫なのかわからないから後できこう。
老執事に案内され座り、開かれた帳簿を確認する。よかった、わかるぞ。
「黒字……」
「ここ最近も問題ないかと」
日計しか見せられなければ、まあこんなものか。けどここ一年の動きと、オリアーナがやり始めてからの十年は見ておきたい。
「あの、過去十年分見たいんで全部出してもらえます? 服飾関係からで」
「え?!」
「今からは無理なので明日から毎日、時間は講義で遅くならない限り、この時間から一時間。食事とお風呂後にさらに二時間でいきたいんですが」
「か、構いませんが、何か不手際が?」
「いえいえ、そういう事ではなくて、流通関係はある程度のサイクルあるので、把握しておきたいんです、よ、ね」
ああ、いけない。執事さんとメイド長さんも仕事があるか。口調に地が出てしまっていたけど、ビジネスモードなら割とクールよりぽいし誤魔化せていると信じたい。
「お、お二人に、お仕事があるようなら一人で見ますので」
「い、いえ、お一人では」
「ん?」
一人という単語に慌てる二人。なんだろう、ひとまず後でオリアーナにきくか。
「そしたら後半戦も一時間に変更しましょう。講義がない日、朝方あいていてお二人も問題なければその時間も回しましょう。最後にお二人の内どちらかの立ち会いがあればよいということで」
「か、畏まりました」
「あ、この三日分の収支少しお借りしても?」
「構いません」
オリアーナを引き連れ部屋を出ようと思った時、ふと閃いた。
服飾とは服とアクセサリー関係だ。丁度ほしいものがあった。
「服飾の契約先なんですが、個人的な要望を扱ってますか?」
「はい、問題はないかと」
「お願いがあるのですが……」
「はい?」
こそりとお願いをして部屋を後にする。
自室で三日分の帳簿を見ながら夜の紅茶を嗜む。
「ノンカフェインて、この世界にあるの?」
「それはどのようなものですか?」
「摂取量によるんだけど、紅茶にはカフェインという軽度の覚醒作用がある物質が含まれているの。だから今飲んでる紅茶は朝方のが向いてる」
「そうでしたか」
「夜はカモミール、ラベンダー、ジャスミンあたりがいいんじゃないかな」
きけば紅茶の種類は私の世界と同じだった。カモミール、ラベンダー、ジャスミンもあるというので、これから夜寝る前はそちらにしよう。ついでにコーヒーもあるので、帳簿をがっつり見るときは用意してもらうとするか。飛びきり濃いのじゃないのと駄目なんだけど、そこを叶えてくれることを祈るばかりだ。
「三日前に完済した借入金てさ、何か新規事業起こしたかしたの?」
「……それは私の失態です」
「ん、詳しく」
曰く、事業にオリアーナが関わり始めて三年めに輸出ルートの封鎖があり、卸し先が失われたという。その分の在庫が国内や他の輸出先では賄えなかった。
しかもそれが期限がある薬のほうだったと。
服飾分の収支では賄えずマイナスに至り、うまくまわせなくなったことに加え、新規ルートの確保も必要になり借入金をした流れ。幸い、卸し先の人間は好意的で、別ルートをオリアーナと共に新規開拓したとか。それなら多少の借入金はやむを得ないけど、この額がこの世界で相場なのかも気になる。
「ふむ、それはまた当時の資料を見るか」
「私の責任です。間違えてはならなかったのに」
「人である以上、間違いはあるよ」
「しかし、ガラッシア家に仕える者達への給金もありますし、ガラッシア家の面々が築いてきた歴史もあります。この家を傾かせるわけにはいかないのです」
その失敗がどれほどのものかは、後々帳簿を見ればわかるだろう。
相当細かく見ていかないと何とも言えないが、メイド長や老執事の様子から今は問題ないプラスのようだし、オリアーナがそこまで自分を責めることはない。まあ億を動かすときは私もびびりにびびってたから気持ちはわかる。
けどだ。
「それが間違えてはいけないという理由にはならないよ」
「ですが、」
「十分オリアーナは自分を責めたでしょ? もういいんじゃない」
「そう、でしょうか……」
「大丈夫、やり直せるよ。社会はそこまでひどいものじゃない。てか実際やり直せてるしね、これ」
「……」
それきり、オリアーナは黙ってしまった。
三日分の帳簿を隅隅まで確認して、とりあえず今日は寝ようと思いただ広いベッドの中に入った。オリアーナを添い寝に誘ってはみたけれど、返事がなかったのでやむなく諦める。二人川の字になって恋バナに花咲かせながら、修学旅行みたく並んで寝たかったな。
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