夜が明けてもそばにいる
シュリ
第一話 わたしの部屋の幽霊さん
幼い頃、わたしたちは街の大きなお家を離れて、ちょっと田舎にある古いお屋敷に引っ越しました。わたしの存在がみんなにばれたから、やり直すために遠くへ移るのだとお母さまは怒りながらおっしゃいました。
お屋敷の三階にはお姉さまとお母さまのお部屋があって、わたしの部屋はその下、二階の奥の小さな物置部屋になりました。そのすぐ隣にちゃんとしたお部屋があるのに、わざわざ物置部屋が選ばれたのは、わたしが要らない子だから……でも、わたしにとって、このお部屋は別に嫌なところじゃありません。以前は地下の、もっと狭くてじめじめしたところにいました。すすっぽくて土くさいところ。それに比べたら、とてもまともなお部屋です。簡単だけどベッドや、机も置いてもらえました。初めてこのお部屋を訪れたときは本当に感動したものです。
だけどその夜、ベッドに潜り込んだとき、恐ろしい出来事が起こりました。
毛布を被ってうとうとしていると、突然全身が動かなくなりました。手足も、腰も、首も、何もかもが、まるで蝋で塗りかためられたみたいにびくともしないのです。そして、毛布をかぶっているにもかかわらず、手足の指先が凍りつくようにぞっと冷たくなっていくのを感じました。
唯一、眼だけは動かせたので、わたしは必死になって辺りを見回しました。ベッドに横たわるわたしの視界には、天井と、横の机の端と、ベッドの向こう側に広がる暗がり。そこに、ぼうっと佇む人影のようなものが一瞬、見えた気がしました。それはほんの刹那のことで、よく目を凝らしたときには見えなくなっていましたが、でも、まだそれは、そこにいます。
わたしは怖ろしさのあまり息も出来ませんでした。おばけ、ゆうれい……かろうじて知っている言葉が頭の中をよぎります。何か人ならざるものの視線がびりびりと伝わるのです。わたしは全身をベッドに磔にされたまま、気づけば心の中で叫んでいました。
――お願い、お願い、ゆるしてください。ゆるしてください!
ソレは元からこのお部屋に棲みついていたのかもしれません。それなのにわたしは、何も知らずにずかずかとお部屋に押し入り、我が物顔で踏み荒らしてしまったのです。ソレが怒っても仕方のないことだと、わたしは幼心に感じていました。だから何度も謝りました。
ごめんなさい、ごめんなさい。でも、わたしは、このお部屋しか、居場所がないの。……
幾度、繰り返したことでしょう。
気が遠くなるほど長い時間に思えました。気がつけば、全身を縛り付けていた氷の鎖は消えてなくなり、自由の身になっていました。
ソレの気配は、もうありません。部屋の隅は相変わらず暗がりになっているだけです。
それでもまだ、恐怖は消えなくて、結局一睡もできませんでした。
それが、このお屋敷に初めて来た日の出来事です。でも、これで終わりではありませんでした。
わたしのお部屋には、今も幽霊さんがいます。深夜になると現れて、わたしのことをじっと見つめてくるのです。
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