エピローグ①

 中央の台座に三色の光の回路が浮かび上がり、その中心から立ち上がる白光の柱が半球状の空間を浮かび上がらせている。王宮の地下で結界器がいまもリューゼリオンを魔獣の侵入から守っている。


 おおよそ騎士が何とかできる魔獣なら、ということに矛盾と理不尽を感じるが、今はそれを良しとしよう。騎士だって安住の地は必要なのだ。たとえそれが仮初の、いつ朽ちるか分からないものであっても。


「城門前のアントニウス・デュースターの顔と言ったらなかったわね」


 複雑な感情で偉大な遺産を見ていた俺の隣で赤髪の女の子が言った。その華奢な体からは想像もできないが、彼女は竜討伐の英雄だ。


「笑い事じゃありません」

「いいじゃない。レキウスの力を皆の前でこれ以上ないほど示してくれたのよ」

「それがいい迷惑なんです」


 戦いの後、王家の騎士達に守られてリューゼリオンの城門をくぐった俺達は、唖然とするデュースター派の騎士達と歓声を上げる街の住人に迎えられた。城門広場でリーディアが巨大な赤い魔力結晶を掲げ、七年前にリューゼリオンを襲った仇でもあった火竜の討伐を告げた。


 王家二代での火竜討伐の伝説の誕生である。七年前の恐怖の記憶を持っている平民たちが大歓声を上げるなか、二人の後ろに隠れるように歩いていた俺は、工房にでも逃げ込もうかと考えていた。俺が民衆たちの中にレイラ姉とシフィーの姿を見つけた時、リーディアは突如俺の手を上げて火竜討伐の最大の功績であると宣言した。


 広間の騎士達は誰だこいつという顔。騎士見習と教官は一体何を言っているんだと唖然としている。ちなみに、レイラ姉はなんでそんな危険なことをやっているのかという視線を向けてくる。


 さあ、何か言えと促すリーディアと、いったいどうするつもりなのかという俺の視線が衆人環視の中でぶつかった。ちなみに後からレイラ姉に聞いた話だと、まるで見つめ合ってるように見えたそうだ。


 そして、この場で一番理不尽な思いを抱えていた青年が立ち上がった。自分の役目を完全に奪われ、将来のリューゼリオン王になるつもりだった名門デュースター家の御曹司、アントニウス・デュースターだ。


 いまや英雄どころか出遅れのピエロ。何しろ、城門を出る前に事が終わってしまったのだ。


 そんな貴公子の押さえきれない怒りはどこに向かうか。そう、二人の英雄の後ろでびくびくしている平民上がりだ。そして、ため込んだ怒りは王女が俺を紹介したところで爆発した。


 「平民上がりが火竜を討っただと。本当だというのならこれを防いでみろ」と、こともあろうに手に持った例の二色の狩猟器を投擲したのだ。


 俺にできたことは何か。そう、とっさに白刃を使うことだけだった。


 つまり、リューゼリオンの騎士と騎士見習のほとんどが集まった広場で、アントニウスの二色の狩猟器と、俺の三色の白刃がぶつかることになった。


 今思えば判断ミスだった。あの距離ならただ躱せばよかった。


 都市結界により弱体化した狩猟器に結界に中和されない上に刃自体が飛んでいく白刃が負けるはずもない。白刃は狩猟器を簡単に無力化して地面に落とし。しかも、残った刃の一部がアントニウスの片足に当たったのだ。


 ご自慢の狩猟器を簡単にあしらわれ地面に片膝をついたアントニウス。王女様の言うように、あたかも自らの身をもって俺の力を証明したようなものだった。そんなことしてほしくなかったけど。


 ちなみに、現実が受け入れられず唖然としたままの御曹司は、ベルトリオン翁によって騎士殺しの禁忌未遂として連行されていった。


「今頃騎士院ではデュースター家の跡継ぎの裁判よ。都市内で騎士に狩猟器を向けた。それもリューゼリオンを守った英雄に。これは庇えないわよね。あなたに二度と手を出せないようにしないとね」


 怖い顔でそういうリーディア。まあ、政治向きの話は王様とかベルトリオン翁とかに任せるしかない。


「では私はその間工房にでも隠れて……」

「あら、レキウスにはアレについてちゃんと説明してもらわないと」


 リーディアが俺の手をぎゅっとつかんだ。逃がさないという強い意志を感じる。まあ、確かにアレについては説明しないといけないだろう。


「……簡単に説明するとですね」


 俺は実際に動いている結界の術式を辞書代わりに、それよりもずっと単純な白刃の術式を再現した過程を解説した。結界室に残していた大量のメモを使ってだ。ちなみに、出る前に散らかしたままだったはずのメモは綺麗に整理されテーブルに載っていた。誰が整理したのかは考えない。


 思いついてしまえば単純な発想であり、誰でも理解できるはずの内容を誤解のないように語る。だが、聞き終えたリーディアは恨みがましい目を向けてきた。


「私がここに来た時にレキウスがやってたことって、やっぱりそれだったんじゃない」

「そ、そういうことになりますね」

「あの時私は一生懸命結界を修復しようとしているレキウスに感謝してたのに。あなたの努力を無駄にしないためにも火竜に挑もうと思ってたのに。あなたは火竜討伐の秘密兵器を作っていたわけね。誰にも言わずに」

「現時点では結界には手が付かないとちゃんと言いました。白刃だって間に合う保証は全くなかったんです。少なくともあの時点ではリーディア様達の計画が最悪の中での最良だったんです。だから余計なことをいって混乱させるのはまずいと思ったんです」


 「失われた超魔術を持って駆けつけるので期待しててください」なんて言える状態じゃなかった。それが出来る余裕があったら駆けつけるのは他の誰かに任せた。というか、あの時渡されたこの狩猟器が無かったら間に合わなかった。


「その最悪も最良も全部レキウスがひっくり返したじゃない」

「いやいや、火竜撃退を火竜討伐にしたのはリーディア様の判断でしたよね」


 白刃で火竜を討伐するなんて俺の中には断じてなかった。むしろ絶対にやらないはずだったことだ。ここに来る前にレイラ姉にすごく叱られたし、シフィーには泣かれたんだぞ。


「超上級魔術の開発に続いて白魔術の復活。それも誰にも言わずに一人だけで。つまり、秘密主義は健在どころか悪化していたわけね。肝心なことは私には何も教えてくれないのよね」


 赤い前髪の下で紫の瞳が恨みがまし気に見上げてくる。


「そのくせ、危険なところにも命がけで駆けつけてくれるし。一体どうすればいいのよ」


 これは説教が始まっているのではないか。いや、それ以上に何か不穏なものを感じる。まるで獲物を見るような目で俺を見ているような気がするのは気のせいだろうか。


「ええっと、そうだ。火竜を討ったとはいえまだ根本的な問題は解決していないですよね」


 俺は彼女の視線から逃げるように、目の前の巨大な遺産を見た。その光は時折揺らいでいる。これを何とかしなければリューゼリオンに未来はないのだ。


「………………確かにそうね。でも、結界のことだってレキウスなしじゃどうしようもないわよね。あなたが復活させた白刃は結界と同じ白魔術なのだし。うん、やっぱりリューゼリオンの将来はあなたにかかっているわ」


 結界に逃がした俺の視線を追いかけるように彼女は上半身をひねって再び俺を見る。


「秘密主義のレキウスとリューゼリオンを完全に結び付けるにはどうすればいいのかしら」


 王女様は意味ありげな視線で見上げてくる。説教ワード「秘密主義」が戻ってきた。しかし、それにしては何か回りくどい。彼女らしくない。これは下手なことを言えないと、俺は沈黙を貫く。じっと見ていた彼女は「そうだ」と手を打った。


「レキウスがリューゼリオンの次の王になるのが一番いいわよね」

「じょ、冗談としても怖いんですけど」

「王家の娘が冗談でこんなことを言えると思う?」

「そもそも実現不可能です。私は平民出身者ですよ」

「別に方法はあるでしょう。例えば……」

「た、例えば?」

「…………私と結婚する、とかしら」

「け、結婚!?」


 聞き間違いに違いない。さっきまで説教していた相手に次の瞬間プロポーズとかあるわけがない。

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