第24話 火竜狩り③

 二人と合流した俺が聞かされたのは、火竜との戦いを続けるというおおよそ無謀な計画だった。


 確かにあの化け物をレイラ姉達がいる街に近づけるのはぞっとする。でもこの作戦は俺が失敗したら全部終わりじゃないか。


「どうかしら。最終的に逃げるにしてもその方が確実だと思う」


 考えてみれば逃げるとしたら足が遅い俺が一番危ない。白刃があっても火球が二つ同時に飛んで来たらどうしようもない。近くに落ちただけで吹き飛ぶだろうことはさっき分かった。


「…………わかりました」


 俺は頷いた。英雄でも将来の王でもない俺にとって、あの化け物は完全に手に余る。だからこそ、三人でやるしかないんだ。



 赤と黒、二人の少女が左右に分かれて飛び出した。岩と木々の間を風のように駆け抜ける二人の勇姿を背に、俺は森の中を煙に紛れてこそこそ進む。


 上空で狭い円を描いて旋回していた火竜が、森から出た二人の少女に気が付く。上空で翼を大きく打って高度を下げると、地面の小さな獲物に対して回り込むように飛ぶ。森の上で旋回して二人の背後に向かう。俺の耳にまでゴウという音が響き、風圧で散った葉が降り注いだ。


 鷲のように両足の鉤爪を向けて降下していく竜。計十本の大剣は触れただけで細い女の体など両断しそうだ。その先に二人の背中があった。


 土煙が上がり、岩の欠片が飛び散った。地面に何条もの跡が付いている。


 二人はタイミングを合わせたように左右に飛んだ。赤と黒の髪が残像を描く速度だ。例の魔力による体術だ。しかも、両人の飛んだ先には突き出た岩があり、それを蹴ってすぐさま方向を転換する。


 まるで結び目のような軌道で、逆に低空の火竜の背後に迫った。火竜は上空に上がる。


 体術に加えて地形を完全に利用している。火竜を引き付けると言ったのは伊達じゃないってことか。考えてみれば、そうじゃないと俺が来るまでに終わってたはずだ。だけど、見てるこっちは心臓に悪い。もし俺があそこにいたら今のだけで二、三回死んでいた。


 上空へと飛び上がった火竜が大あごを開いた。またあれが来るのか。


 上空で赤い光が盛り上がったと思ったら、両翼を広げた竜の口に赤い魔力が集まる。今がチャンスか。いや、まだ距離が遠い。もっと近づかないとダメだ。


 俺がちゅうちょしている間に、火竜の赤い魔力はそのまま二人に向けて吹き付けられた。


 炎の柱が空から倒れてくるような攻撃だ。地面に黒い焦げ跡が付く。だが、二人はさっきのように左右に分かれて躱している。火竜もすでに位置を変え、再び急降下で地面の二人に向かう。


 行動パターンがさっきまでと違う? 魔力の余裕がなくなったのか? いや、この機動重視の動き。もしかして俺のこれを警戒しているのか。


 その後も同じような攻防が続く。二人はそれを紙一重で交わしていく。一方、俺はいまだ狙いを定められないままだった。動きが早すぎる。


 焦りが募っていく。華麗に見える二人の動きだが、一度の不運で破綻する。一人が怪我をしただけで、いや足を滑らせただけで状況が最悪に直結する。


 しかも、二人の動きが鈍ってきたように見える。魔力結晶に余裕がなくなっている。


 森を走りながら。周囲の地形、火竜の飛行パターン、すべての要素を考慮して最適の位置を割出そうとする。だが、定まらない。火竜と二人の騎士の攻防はどんどん高速かつ複雑になっていく。


 巨大な炎が広く地面を薙ぎ払った。


 赤と青の光を纏ったリーディアとサリア。魔力結晶を使って防いだ。多分虎の子だ。


 考えろ。どこかに最適のポイントがあるはずだ。火竜の飛行経路のパターンの中心は? 静止するタイミングはどこだ。だけど、もちろん急に分かるようにはならない。


 ただ、一つだけ可能性が浮かんだ。俺が白刃で火竜の渾身の一撃を阻止したあと、あいつの魔力は明らかに減っていた。しかし、今は回復している。あんな大量の魔力をどこから調達した。


 答えは一つだ。ここにはホットスポットがある。そこで回復したんだ。


 ランダムにしか見えないと思っていたものの中に中心が見えてくる。その直下の地面は少し不自然にくぼんでいるのに気がつく。ばらばらに突き出ているように見える岩が僅かにその中心に向かって傾いているようにも見える。


 今の炎で魔力を減らした火竜の首が不自然にそこを見た。


「決まりだ」


 俺は火竜ではなく、ホットスポットに向かって走る。ほぼ同時に、二人に炎を吹き付けた火竜がその場所に向かって移動し始めた。


 森の中にまで届く熱風を無視して決めた場所へと走る。


 森の中の俺と上空の火竜の進路が一致する。竜がホットスポットの上に位置する。まるで地面から吹き上がる風を受けるように、その両翼を大きく広げて空中に静止した。


 そして、俺はその近くにまで迫っていた。


「ようし、かかった」


 最高のタイミングだ。狩猟器を構えて森から飛び出た。白い光輪は既に先端に形成されている。だが、俺がそれを振りかぶろうとしたその瞬間、圧倒的な魔力の圧力が向かってきた。


 リーディアを向いていた火竜のガラスのような目が俺に向いていた。いや、俺じゃなくて白い光の狩猟器をしっかりととらえている。


 その狡猾そうな瞳が歪んだ。まさか、最初から俺を狙っていた? つり出されたのは俺の方だと!?


 赤い巨竜が開いた大あごを突き出し、俺の方に向けた。喉の奥に赤い光が見えた。真下に向かって大きく広げた翼の間に、さっき見た魔力の大模様が展開する。


 このタイミング、もうかわすことは出来ない。どれだけ走ってもその範囲の全てがあの化け物の破壊の範囲だ。やるしかない。狩猟器に最後の魔力を流し込む。狙いは右の翼。


 竜の口が最大限に開いた。


 俺は夢中で白刃を振った。


 赤く巨大な破壊の魔力が口から落とされ、白い、頼りないほど小さな刃が上に飛ぶ。


 三色の光を集めた白い剣が火竜の右の翼の根元に向かって飛ぶ。落ちてくる太陽が模様を通過して収束する。辛うじて、白刃が先に翼に当たった。火竜の体がぐらりと傾き、今まさにこちらを向いていた巨体が揺れた。こっちにまっすぐ落ちてこようとしていた炎弾の軌道がずれる。


 地面に転がった俺の上を渦巻く赤い炎が通過した。そして背後の空中で破裂した。熱風を狩猟衣のマントで防ぐ。煙に覆われる視界の隙間にバランスを崩して落下する火竜が見えた。健在の左の翼の力で己を支えようとしている、その翼に青い鎖が巻き付いた。


 鎖を持った黒髪の少女の体が空中に放り上げられる。だが、彼女は寸伝のところで鎖を離し、そのまま木の上に着地した。名門のご令嬢が無茶をする。まあ、地面に転がっている俺よりははるかに優雅だけど。


 鎖と反対側に巻きつけられた大木が一瞬だけ耐えた後、へし折れた。だが、その反動により空中の化け物は完全にバランスを崩し、落下を始めた。


 鎖を片方の翼に巻き付けたまま火竜が地面に近づいていく。その落下点に向かって赤い光が進んでいく。振り乱す朱の髪の毛と同じまばゆい赤い大剣を掲げた少女だ。


「これでも喰らいなさいー!」


 落下してくる火竜の頭めがけて赤い王女の赤光の剣が大きく膨らみ、そして叩きつけられた。己の体よりもはるかに大きな魔力の剣が、巨大な赤い獲物の眉間に向けて振り下ろされる。


 赤と赤の光がぶつかり、そしてはじけた。さっきの炎以上の光が俺の視界を焼いた。巨大な咆哮が山を震わせた。



 後で聞いた話だがその光と音はリューゼリオンまで届いたそうだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る