第18話 合同演習②

「よし。やっと一匹目!!」


 木々に囲まれた小さな草地で俺は狩猟器を掲げた。前には魔鹿が横たわっている。額から採取した緑の魔力結晶を見る。決して大きくはないが小魔獣ではなく下級魔獣、れっきとした得点対象だ。


 初めての成果をベルトのポーチにしまったところで、藪が揺れた。出てきたのは四人の同級生だ。もちろん、近づいてきているのは知っていた。


「ちっ!!」


 先頭の男子生徒が俺と鹿を見て舌打ちした。茶色の髪の毛を香油でまとめた一見洗練されて見える男子生徒だ。正確な観察結果に基づけば、生まれながらの騎士の子に合わせようと無理しているのが丸見えということになる。


 寮のお隣さんで名前はゴードン。住居からわかる通り俺と同じ平民出身者だ。残りの三人はゴードンのパーティーメンバーで、同じく平民出身。彼らは明らかにうんざりした顔をしている。


 やっぱりこいつらだったか。平民出身者の中では上位者で、上に行きたいって気持ちだけは人一倍なのに、なんでわざわざ得点を落としてまでこんなことをしている。


 まあいい、こいつらを問い詰めている暇はない。俺は黙って立ち上がり次の猟場に向かう。もちろん、計画書には書いていない、昨夜割り出した場所だ。嫌がらせは無駄だとわかっただろうし、これからは自分たちの成績に集中してくれ。


 …………


「なんでついてくるんだ」


 俺は少し後ろに一定距離を取って付いてくるゴードンにいった。


「おかしなことを言うなよ。たまたま向かう方向が同じだけだろ」

「……言っておくけど、この先は危険だぞ」

「学年で一番弱いお前が向かう場所が危険? 面白い冗談だな」

「…………何でここまでやる。割に合わないだろう」

「何のことか分からないな。まあ、どこかの誰か様によっぽど嫌われたんじゃないのか。身分もわきまえず調子に乗ってたからだ。なんでお前なんかが…………。まあ、退学になったらお前は平民に出戻りだ。王女様の気まぐれも消し飛ぶだろうさ」


 こいつもおかしな噂を真に受けた口なのか。


「………………残りの三人はどこに行ったんだ? お前パーティーリーダーだろ」

「さあな、多分有望な狩り場を探してるんじゃないのか?」


 まさかここまであからさまなことをしてくるとは思わなかった。俺の魔力は小さい。一度予想を外してやれば森の中で付け回すなんて無駄なことをしないと思ったのに。


 こいつらが俺の計画を先回りできる理由は一つしかない。退学のことも知っていたということは、教官までグルってことだよな。それだけの影響力があるどこかの誰か様か……。


 くそ、こっちは自分の身だけでなくレイラ姉たちのこともかかっているというのに。


 仕方がない。こうなったらハッタリはやめだ。昨日の計画でもリスクが大きいからと外した場所に向かう。大丈夫だ、さっきの感触なら……。


「最後の忠告だ。この先は下級術式しか使えないときついぞ」

「なにいってる。いまだに練習用狩猟器を振り回してるお前じゃないんだよ。そもそも、俺は三年生になったら……っと、まあお前には関係ない話だな」


 俺は無言で予定よりも奥への進路を取った。俺だって行きたくないんだ。最悪の三番目のプランだ。


 目当ての場所は、横に小さな川が流れる森一角だ。この川を越えたらもはや演習地外というぎりぎりの場所だ。


 そこには数匹の穴熊の死骸と。こちらから目をそらす三人の同級生がいた。徹底的に獲物を探し駆り立てたのか、周囲にはこれまで以上の血が飛び散っている。


 なるほど、リーダーが俺に張り付くことで位置を確認して、その周囲を三人で探索することで先に獲物をみつけたのか。だからって…………。


「残念だったな。とっておきの場所だったろうに」


 青くなった俺を見てお隣さんが言った。


「……お前らこんなことしてただじゃすまないぞ」

「どうただじゃすまないっていうんだ。お前は明後日には平民。俺たちは将来の騎士様だ。王女様にでもすがるか。無駄だと思うぞ、頼りの王女様は今頃――」

「おいゴードン」

「あ、ああ。まあ、物事は収まるべきところに収まるってことだ。お前も下町が相応し――」

「俺うんぬんじゃない。こんなところで不用意に血の匂いなんか振りまきやがって。魔獣が学院の人間事情なんて気にするとでも思ってるのかよ」


 周囲から近づいてくる魔力を感じ取りながら、俺は叫んだ。


 確かに俺の目当てはこの穴熊だった。下級魔獣の中では草食で大きさも小さい狙い目だ。このあたりは地形条件的に、冬を前に集団で子作りをする修正に適した場所だから、上手くいけば数も期待できた。


 だけど、そんないい場所を最初の計画では外したのにはちゃんと理由があるんだ。隣の山地から細い河一つの場所でこんなことをしたら……。


「おいおい、一体何を…………」


 俺の言葉を笑おうとしたゴードンが何かに気づいたように左右を見た。周囲の森に複数の魔力の反応が近づいてきていることに気が付いたのだ。同じ色と特徴の魔力の反応だ。そして、藪の中から一匹の魔獣が出てきた。


 黒い縞の入った茶色の毛皮。逆立った背中の毛。口から覗く鋭い犬歯。胡狼ジャッカルだ。この前死にかけた魔狼ダイアべロスと同じ系統べロスだが、大きさは四分の一もない。傷ついた獲物を狙うのが大好きな、下級魔獣の中では弱い方の魔獣だ。


「ジャ、胡狼ジャッカル


 だが、その人間程度の下級魔獣を見た途端、平民出資者の中では実力者を気取るゴードンの顔が引きつった。そう、今の説明は一匹ならばだ。


「こいつらに囲まれたらヤバイ。後ろだ、河沿いに逃げるぞ」

「おいまて、俺を置いていくな」


 まず三人が河沿いに逃げ出した。それを追うようにしてゴードンも走っていく。

 だが、俺は彼らの背中を見守るだけで動かない、いや動けない。


 四人が河の側を走っていく。その近くの木々から十匹を超える個体が飛び出してきた。一番後ろのゴードンに向かって数匹がとびかかった。血しぶきと共に悲鳴が響いた。


「なんでそっちだけ気配がなかったか考えろよ。こいつらは集団戦の名人だぞ」


 複数のジャッカルに噛みつかれ、必死に狩猟器を振るって引きはがそうとするゴードン。残りの三人も同じだ。狩猟器をぶん回しながら、逃げては追い掛かられ逃げては追い掛かられを繰り返している。


 って、こっちはあいつらのことなんか心配している場合じゃないな。俺の周りには五匹の魔獣が取り囲んでいる。


 先頭の三匹がこちらに近づき、左右の二匹が側面に回り込む。こんな場合じゃなければ感心するような集団行動だ。五匹もそろえば中級魔獣に相当するって話は本当だな。


 だが、こちらだって狩られるわけにはいかない。俺は狩猟器を構え、術式を発動させた。狩猟器に緑の光が宿り、水滴型の刃と盾を兼ねた形が出現した。



…………



 ギャイーーーン!!


 最後の一匹を緑の光刃が切り伏せた。


「な、なんとか片付いたか。これ思った以上に使い勝手がいいな」


 術式を解除し、俺はやっと一息ついた。体を確認する。猟衣の淵はボロボロだが、大きな傷はない。狩猟器の方も無事だ。力をセーブしたおかげで触媒に曇はない。


 だが、油断はできない。魔獣の気配は近くにはないけど、俺の敵は魔獣じゃない。妨害していたお隣さんのパーティーはいなくなった。あの様子だと今日はもう動けないだろう。


 だが、これで終わりだろうか。合同演習の前々日。校庭の木立の中で交わされていた上級生の会話を思い出す。しかも、その後さっきのお隣さんが木立の方に向かっているのも見た。


「…………合同演習では我々は…………」「……しは禁忌じゃ…………」「……だから……を利用するんだろう」「でも…………を嗾けるって、そこまでやるのか?」「…………するな。俺達にはアントニウス様が付いて……」


 明らかにこの演習で何かを企んでいた。「禁忌」というのは騎士同士の争いのことだろう。となると「嗾ける」のは魔獣だ。


 すべてこの状況に合うように見える。魔獣を嗾けて俺を………………。


 …………本当にそうか?


 上級生、それもデュースターの御曹司と一緒にいるような連中だ。要するに騎士院クラスの家の子たちということだ。アントニウス・デュースターは準騎士だ。そのパーティーということは全員が現役騎士に殉ずる力を持っている。


 そいつらが頭を突き合わせて俺を陥れる計画を熱心に練っていた?


 絶対におかしい。平民上がりが生まれながらの騎士からどう思われているかはよくわかっている。ましてや俺如きの為にそこまでしない。大体、その後退学って言う話が出ている。


 そう、せいぜい自分の言うことを聞く平民上がりを嗾けて妨害する程度が相場だ。


 全くこの事態を予想していなかったゴードン達の慌てぶり。そもそも、俺がここに来ることは予想できない。つまり、この魔獣の襲撃は計画じゃない。半ば偶然だ。


 ならば、彼らが魔獣を嗾けようとしていたのは別の誰かだ。そこまでするだけの相手がいるとしたら…………。


 それはこの合同演習に参加している学生の中でも一人、いやあのコンビだけだ。


 あんまり馬鹿なことをやってくれたので頭に血が上っていたが、ゴードンが最後に言った「頼りの王女様も今頃」という言葉。それが答えだ。


 回収しようとしていた髄液を放り投げて、俺は立ち上がった。


 …………


 森を抜け河原に出た。周囲の森から出てきた学生たちが騒がしい。扇状地の奥の方から、学生たちが走り出してきている。いやな予感がどんどん高まっていく。


 俺は河原につけられた小舟を見つけた、そちらに走った。


「レキウス。無事だったのか?」

「無事? 今、状況はどうなってるんだ」

「ああ、何でも上流の方で上級魔獣が出たらしい。ちょうど、平民出身者がそっちに居たって話で、それがそのだなお前だって話で……」

「それで王女様が向かったってわけか」

「そうだ」


 上級魔獣の出現はとんでもない脅威だ。でも、王女様にとってはこれまで二回も狩りを成功させている獲物だ。今回は特別な狩猟器まで持っている。それを考えれば、そうそう後れは取らないはずだ。


 つまり、俺が何かする必要はない。事態がここまでならば…………。


 だけど、俺の頭の中にはこの演習のために調査した情報が詰まっている。二つの山に囲まれた地形。奥にある魔脈の本流。それに、あの支流の一本がリューゼリオンに向かう通過点でもある。


 それに、王女様に魔獣を嗾けた人間だって、彼女たちの実績なんて百も承知だ。


「あと一つおかしいことがあってな、逃げてきた奴らの話を聞くと――」

「出現した魔獣の種類が一致しない、か」


 俺はクライドの言葉を遮り、当たって欲しくない予想を被せた。


「よくわかったな。最初の話だったらベア系って話だったのに次の話では狼――」

「最後の確認だ。卒業前に生徒が演習中に死んだら、実家はどうなる?」

「あ、ああ。……ええっとだな確か騎士に叙任されたことにする、扱いだったはずだ……」

「わかった」

「おいレキウス、お前いったいどこに……」


 クライドの言葉が終わる前に、俺は上流に向かって走りだしていた。本当ならこんなことに関わるわけにはいかないのに……。王家もデュースター家も、力ない平民出身者を二者択一を強制イジメするんじゃない。


 それに何よりも、あっさりとこんなエサに引っかかったお人よしの王女様には、説教の一つもしてやらないと気が済まない。

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