龍神族の恋は一度きり

第一幕 天上の戦い

第0話 それは甘くてほろ苦い……

 どうしてこんなことになったのだろう。


 何度考えても、私は自分の現状に納得──というか理解が追い付かない。なぜなら、今、私はダリウスという男の膝の上に座って居るのだから。

 今すぐにでも彼から離れたいのだが、なにせ今の私の体は重傷で安静にしていなければならない。龍神族とはいえ、無茶をしすぎた私の体は少しの事で体が軋む。


「ユヅキ、傷が痛むのか?」

「大丈夫よ」

「ならよかった」


 優しい声音でダリウスは私を気遣う。武骨な手だというのに、頬に触れる仕草はとても優しい。黒い髪に、黒い瞳、端整な顔立ち、龍神族を象徴する雄々しい二本の角はあるものの、私のような純粋な龍神族ではない。彼は人間だ。背格好も軍人というだけあってがっちりしている。この城砦ガクリュウの中でも、それなりに権威がある男のようだ。


「包帯は食事の後にまた取り換えよう」

「一人でできるわ」

「今更だな」


 優しくされて、甘やかされるたびにダリウスとの時間が増えていく。それが嫌ではない──と思うようなことが少しずつ増えてきた。


(この男は、今までの人間とは違う? ううん、彼は自分の目的のために婚約者「役」が必要なだけ……)


 自分で言い聞かせながら、胸がチクチクするのを無視した。そんな私の気持ちを見透かしているのか、ダリウスは私を抱き寄せる。


「難しい顔をしてどうした?」

「やっぱり、この距離は可笑しくないかしら?」

「俺の婚約者なのだから、このぐらいの距離は当然だろう」

「婚約者「役」よ」

「ほら、わかったら食事にしよう。今日も消化にいいものを用意させた」

「自分で食べられ──」

「口移しと、食べさせてもらうのはどちらがいい」

「なにその二択!?」


 声を荒げる私に、ダリウスは楽しそうに笑う。またからかったのだ。いや笑っているが、これ以上駄々をこねたら問答無用で口移しされる。男の思惑に乗るのは癪だが、それでも口移しよりはマシだと腹をくくった。


「……食べさせて」

「ああ。喜んで」


 満足そうにダリウスは用意されたスープの皿を手にする。必然的に前のめりになるので、私との距離がさらに近づき、彼の唇が私の頬に触れた。


「!?」

「俺の婚約者殿は可愛いな」

「だ・か・ら、婚約者「役」でしょう」

「今はな」


 意地悪で、強引で楽しそうなダリウスに、私はこの慣れない環境に恥ずかしさと、戸惑いでいっぱいだった。

 どうしてこうなったのか。

 私は天界から「ある男」を追いかけてきたというのに──。

 そう思い、数日前の出来事を思い返す。




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