第60話「球場で語る⑤」
続く二球は外角上と下、あわやストライクかと思われる絶妙のコースだったが、良太の選球が光り、バットはふらず、ボールとしてカウントされる。
これでツースリー。
続く放たれるボールは今までの速球とは違い、ここでチェンジアップ。
ストライクコースに吸い込まれる、そのボールをしかし良太はからくもバットに当てて、ファールにする。
一進一退で手に汗握る状況。
試合に不慣れな良太のプレッシャーは相当なものだろう。
しかし、俺は良太がどういう奴かという事を知っている。
良太は俺に野球を教えろといいながら、自身はピッチャーになろうとはしなかった。
正直、ずっこけそうになったのだが、話を聞いて理解した。
良太の理想はこうだ。
試合を決めるほどの好投をするピッチャーは確かにかっこいい。
だが、そのピッチャーから点を取るバッターは更にかっこいいと。
我が弟ながら、調子のいい奴だよ、本当に。
ただ、だったらそれを証明する今日は絶好の機会だ。
結果はすぐそこだ。
つかみとれ。
続く球はこの試合でもっとも速いのではないかと思われる渾身のストレートだった。
終盤戦でこんなボールを放れる相手側のピッチャーの潜在能力は驚異的ものだ。
だがしかし、良太はこんな状況が一番おいしいと思って野球をやろうとおもった男だ。
せまるボールに対して、バットが空気を切り裂きながら、距離をつめる。
激突するか、キャッチャーミットにおさまるかの刹那の時。
カアン!
甲高い音を響かせ、ボールは高く内野の頭を越え舞い上がる。
俄かに立ち上がる両ベンチ、ボールはそのまま、まだぐんぐんと伸びていく、レフトが懸命に走る、走る、走る。
ボールの伸びの方が大きくとうとう、レフトの頭を越え、高くからボールが落下、そのままホームから離れボールが跳ねていく。
観客席側、両ベンチやんやの歓声。
通常ならホームラン級の一発だが、この野外球場ではフェンスが存在しない。
ゆえに点を取ろうと思ったら、ランニングホームランしかないのだ。
良太が走り、一塁ベースを駆け抜ける。
二塁ベースを踏みしめた頃になって、ようやくボールに追いついたレフトから送球が返ってくる。中継には内野ではなく、投手が走りその球を受け止める。
三塁ベースにさしかかると同時に、投手から矢のような送球がバックホームへと放たれる。
通常、間に合うはずのない送球はピッチャーの並はずれた投球力により、わずかに早くキャッチャーへと届いた。
良太の目前にキャッチャーがせまる。
衝突したところで、小柄な良太のスライディングタックルくらいで、ボールを落とすとは思えない。
相手ベンチは歓喜の声、味方ベンチは失望の声があがる。
ただ、そこでも良太だけは諦めず、身軽のその身をキャッチャーを回り込むようにすべりこませる。正面からの対応を想定していたキャッチャーはわずかに反応が遅れる。
それはコンマ何秒かの世界。
砂煙がもうもうとあがり、状況が見通せない。
固唾をのみ、砂煙がはれるわずか数秒後。
半円を描くようにすべりこんだ良太の左手がホームをタッチ。キャッチャーは僅か指先程度の差で良太をタッチ出来ず。
良太の、良太のチームの勝利だった。
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