第61話「球場で語る⑥」

 歓声に包まれる中、良太はチームメイトにもみくちゃにされながら、体を砂まみれにして笑っていた。


 解放された良太はこちらを見て、手を振り、俺も合わせて手を振った。

 そんな俺達の様子を黙って見ていた神谷の姿はどこからうらやましそうに見えたのは気のせいだろうか?


 分からない。

 ただ、これからが神谷に対しての本題だった。


「前の学校での事、お前の叔父さんから聞いたよ」


 ぴくっと神谷は身を震わすように反応する。


「勝手に悪い。けど、フェアじゃないと思った。だから今日、俺の事を知ってもらおうと思って、話したんだ。お前と仲直りしたいと思っているから」


 俺は今まで神谷に自分について何も話した事がなかった。

 俺達は利害関係者であり、共犯者のようなものだ。

 友達ではなく、恋人のふりをしている他人同士だ。


 けど、だからといって神谷の事がどうでもいいと思っている訳じゃあない。

 俺は神谷の笑った顔を知っているし。

 傷ついた時の顔も見ている。


 近くにいて普段垣間見せないその表情を俺は見てきた。

 だから歩み寄りたいと思った、友達でもましてや本物の恋人でもない俺なりに。

 俺にできる事で。


「……仲直りしたいって、あんたと私はそもそもなんでもないじゃない。ただの利害関係でくっついていた関係でしょう? ――それが今はもう、なくなって一体なんの仲を直すっていうのよ?」


 KKMがいなくなった事により、神谷は俺と付き合う事のメリットがなくなったといいたいのだろう。前にもいわれた事だ。

 だから、元々そんな関係だったのだから、直す仲なんて、はじめからそんなもの存在していなかったじゃないかと神谷はいう。


 確かにそうかもしれない。けど――。


「直す仲があるとか俺には分からん。ただ、俺はこう思っただけだ。今のまま神谷と縁が切れるのは嫌なんだよ。何故なら神谷のいった言葉や表情が俺の中に残っているからだ。お前の事を前より知る事ができたのに、それをなかった事にして、他人のふりなんて今更できやしないんだ」


 神谷に考えさせられた事、真剣に勉強する姿勢や笑った顔、怯えた表情や得意げな顔、色とりどりの記憶が、たった少しの間でも色濃く俺の中に残っている。そんな奴と今更、ただ縁を切るなんて器用な事は俺にはできそうになかった。


「……本当にあんたは勝手だわ」


 神谷は少しうつむき何かに耐えかねるようにそんな言葉をもらした。


「始めの頃からそうだった。関わるなといっているのに、関わってきて、変なお節介を焼いてくる。KKMの時も、私が絡まれていると頼んでもないのにやってきて、邪魔をしたわ。朝霧との事もそう。私が何か言う前に決めてしまっていて、朝霧とKKMを解散させる為に敵対したはね――私は頼んでもいないのに!」


 激情に火照ったその瞳に耐えかねたかのような水面を走る光が見えた。


「あんたが何かするたび、イライラしたわ。本当にイライラした。いってほしくない言葉を聞かされるたびに私がどんな気持ちになったか。なのにあんたは私が落ち込みそうになった時にそういう言葉をいう。ワラでもすがりたくなるそんな時に限って!」

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