第58話「球場で語る③」

「俺も昔、野球をやっていて、ポジションがピッチャーだった。本当に馬鹿の一つ覚えみたいにさ、野球ばっかしてたな、あの頃は。朝も昼も夜も本当に野球に関係する事ばっか」


 隣にいる神谷は黙ったままなので、俺はそのまま話を続ける。


「始めの頃はいい成績が残せなくて、色々試行錯誤したんだが、だんだんと実績がついてくるようになった。高校もな、幾つかのチームから誘われていて、強豪校のどこかに行く予定だった」


 六番バッターが打席に立ち、最終回裏の攻撃が開始される。

 相手側のピッチャーは先発のまま、好投を続けており、まともなヒットはわずか二本。点をとられたのも、味方のエラーが原因であり、未だ球威も衰えていない。


 延長に入っても、控えのピッチャーも優秀な選手が残っている為、この回に逆転しないと、良太のチームの勝ち目は薄そうだった。


「自分の進むべき道ができていて、俺はただがむしゃらにその道を進めばいいと思っていた」


 六番バッターが外角、内角へと鋭いストレートを投げ込まれ、最後はチェンジアップで調子を外され三球三振。


「でも、事故にあった」


 続く七番はバットに当てはしたが、球威に押され、レフト側外にゆるいフライをあげてしまい、アウト。

 これでツーアウト、後がない。


「医者にな、もう二度とボールを投げる事ができないっていわれた時、茫然となった。ピッチャーを取り上げられたら、俺は何をしたらいいのか、分からなくなった。恐ろしい事に、本当に自分の内側をのぞいてみても何も残ってなかったんだよな」


 当時の事を思い出し、暗い気持ちが蘇ってくる。


 バッターになるという手もあったが、俺にはセンスはなく、なにより、俺はピッチャーとして野球人生を全うしようとしていた。それが全てだったし、それ以外は考えられなかったのだ。


 ただ、こんな形でピッチャーを終える事になるとは思わなかったが。


「荒れたよ。学校も遅刻しがちだったし、休む日もあった。意味もなく、夜、町中を徘徊したりしたっけな。なにも見つかる訳ないのに馬鹿みたいだった、いら立ちばかりがつのる日々だったよ」


 そこで八番が出てくるかと思いきや、代打登場となり、ようやく良太が現れた。

 良太のチームからは諦めムードが漂っており、監督も将来の経験として良太を打席に送っただけかもしれない。


 ただ、何度かスイングをする様子を見て、良太自身は諦めるつもりなど毛頭ないという事を、俺は理解していた。


「がんばれよ! 良太!」


 俺は声が届くように精一杯声を張り上げる。

 涼太がバットを俺へと振り上げたのをみて、俺は過去の話へと戻っていく。

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