第47話「勝負のとき⑦」

 決着がついた。


 その途端、割れんばかりの歓声が館内を包む。

 神谷と俺は勝ったのだ。

 あふれんばかりの達成感が胸を包む。


「すげー、最後どうなったんだ?」「あれだよ、空中で回し蹴りした後にもう一撃放ったんだよ!」「ああっ、神谷さんうちのクラブに入ってこないかな」


 館内は興奮のるつぼとかした。

 俺はいう事をあまりきかない足で、神谷へと近づき手を差し出す。


「……ふん」


 神谷は不機嫌そうに俺の手をとり、立ち上がる。


「やっぱ、お前すごいな。最後のあれなんだよ」

「腹の立つ顔が近くにあったから、もう一発蹴ってあげただけよ」


 少し顔を赤くしてそういった神谷をみて、言い草が実に神谷らしいと思った。

 それがおかしくて笑う俺に神谷は「……なんなのよ」と視線をそらす。実におかしい。


「神谷、手を」


 そういって俺は左手をあげて、神谷もいぶかしみながら左手をあげる。

 俺は上がった神谷の左手を叩き、お互いの左手を鳴らし合う。


「おめでと、勝ったよな、俺たち」

「…………そうね」


 神谷はなぜか視線を自分の左手に固定したままだった。

 俺は吉崎にざまーみろと中指を立ててやる為に、姿を探すと何やらKKMの副会長であるぽっちゃりへと耳打ちしているところだった。


 吉崎に何かをささやかれ、ぽっちゃりは急に立ちあがっだ。


「今の勝負は無効だ!」


 その叫びに、館内の生徒の視線がぽっちゃりへと集まる。


「樋口への攻撃と、会長への攻撃を比較すると、明らかに後半、会長への攻撃の方がハードだった。その証拠に最後の攻撃のような大技は樋口へとなされていない。大方、最後の攻撃が始まる前に樋口が神谷嬢へと話を持ちかけたんだろう。八百長を申し入れたに違いない!」


 このぽっちゃりの言葉を受けて、館内が色めき立つ。


「そういわれれば確かに」という言葉も聞こえ、ある一定の理解を得られている様子だった。


 吉崎め、面倒な事をいいやがって。

 そんな館内の混乱した空気をよそに俺はいら立ちのまま答えてやる。


「馬鹿らしい。八百長なんてあるわけがない」

「では、なぜ会長とお前との攻撃が違ったのだ!」


 そうだ、そうだと同意の声が他のKKMからあがる。

 朝霧は倒れたまま、まだ意識を失ったままだ。


「お前らはなにも分かっちゃいない。朝霧への攻撃の方がきつかったのは、神谷が怒っていたからだ」

「それがどうした!」「そんなのはいつもの事だ!」「だかこらその我々KKMが存在しているんだ!」


 そういってKKMの連中は言い返してくる。

 隣で神谷の機嫌がまたみるみる悪くなっていくのが分かる。


「だからお前らは馬鹿だといっているんだ。神谷は確かにすぐに怒るが、一度怒れば、怒りは収まる。けどお前らはいつも神谷を怒らせ続けるだろう。お前らは神谷の激情を受け止めるといっているが、お前ら自身が神谷の怒りを買っているんだよ! それでよく『神谷かえでを愛でる会』だなんていえるな! お前らのはただの私利私欲じゃないか! 殴られたい為にいたずらに神谷を怒らせるな! そんな奴らに神谷を任せられるか!」


 いつもそれでどれだけ俺が迷惑をかけられたと思っている。お前らは猛省するべきだ。俺の貴重な青春の時間を消費させた事と、なにより神谷を傷つけた事を。

 だからこそ今ここで宣言してやる。



「聞け! 神谷に殴られていいのは俺だけだ!」



 俺は館内へと響き渡るように叫んだ。

 その俺の発言に館内は再び歓声に包まれる。


 KKMの反論はその歓声の中に飲み込まれていった。

 これで完全勝利だ。


 どいつもこいつも神谷に手を出して、俺の時間を削ってくれるなよ、本当に。


「………………あんた」


 まるで地の底から聞こえるかのような声に俺は、はっとする。

 隣を見ると真っ赤な顔をして怒りにプルプルと震えている神谷がいた。


「……ええっと、いや、これは違うくて、いや違わないのか? ああっ」


 なにかいわないといけないのだが、神谷の表情に呑まれ、思考がまとまらない。


「大人数の前でなにいってるのよ!」


 そういって俺も結局、神谷にはり倒された。

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