第37話「クリスマス・イブなんてありません」
「あんた馬鹿じゃないの?」
その日の昼休みに昼食を持参して、非常階段前の芝生の上で俺は神谷ににらまれていた。
ちなみにボディーに一発、先にいただきました。ご飯を食べる前の挨拶じゃないんだぞ、痛いわ、本当。
「あのさ、ああいう馬鹿な事いうのやめてくれない? 私、あんたの彼女って事になっているんだから、すごい迷惑ね。恥ね。死んでもらいたいくらいよ、あんたに」
「……はい、すいませんでした」
ひどいいわれようだが、俺は平身低頭で謝る。逆らったらもう一発ボディーにもらいそうだ。食欲がなくなってしまうので、それは避けたい。
「だいたいクリスマス・イブだからどうしたっていうのよ、くだらない」
はき捨てるようにいったその言葉に、俺はやっぱり何かの間違いで誘わなくてよかったなと自分の考えの正当性に安堵した。ただ、そこまではき捨てなくてもよいのではないかとも思う。カップルは爆発したらいいが、イルミネーションはきれいだしな。
「いや、まあ、イベント事だしさ。別に恋人だけが楽しむもんでもないし。子どもが小さいところなんて、楽しいイベントじゃないか?」
うちの良太にも毎年クリスマスプレゼントが贈られるし、俺はもうもらってないけどな。
去年、親父にねだってみたら、土産の柿を渡されたよ。食い飽きたんだよ、それは。
「私にそんな思い出はないわね。くだらない」
ふんっと、不機嫌に首をふる神谷。
「えっ、ガキの頃とかもないの? こうなんだ。親父さんがサンタの役目をおって、こっそりプレゼント用意したりとか」
俺の親父はそういう事してたな。主に良太に対してたけど。
「私の家、物心ついた頃から、父親はいないしね。母親は仕事で忙しいし、基本一人ね」
「……そうですか」
重い話になりそうだった。
しかし、神谷にとってはクリスマス・イブにまつわる話には溜まっているものがあるようで、話が続く。
「家族団らんで、楽しくご飯食べて、眠っている間にプレゼントをもらうとかないわね。外食産業や玩具メーカーの戦略よ。きっとこれから少子化が進むから、今度はクリスマス・イブ以外にもサンタが出張してくるようなイベントでも作るんじゃない?」
いやー、さすがにそれないだろう。
というか、神谷の発想に俺は少し引いてしまった。
「……ちょっと、なにかわいそうな子を見るような目になってるの? 殴るわよ?」
そういってビンタを軽く一発お見舞いして下さいました。
「すでに殴っているじゃないか、お前は!」
「叩いただけじゃない。グーではないわね」
しらっと、いってくる神谷がマジむかつくな。じゃあ、聞いてやろうか、そんなかわいそうな神谷さんが今年はどうするかって事をな。
「それで今年のクリスマス・イブはどうするんだ? 休日だけど、どっか出かけるのか?」
「家にいるわ。勉強でもしているんじゃないかしら」
友達もいなさそうだもんな、お前は。学校の奴らも拒絶しているし。
そういう事を至極、当然のように答える神谷になんだか、居心地の悪さを覚える。俺と話すようになったとはいえ、相変わらず他の奴とは話さないし、基本、こいつは独りなのだ。
暴力的で、自意識が高くて、口が悪く、人を拒否する。
美しい容姿をもち、勉強もできて、運動神経もよさそうなのに。
神谷はそういった自分をすぐに否定するのだ。
こいつと付き合えば付き合うほど思う。
神谷かえでは不器用な奴だと。
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