第36話「悪友との勝負再び」
「孝也、話がある」
期末テストが終了して、背伸びをし、はちみつ柚子茶で一服しようとしたところへ吉崎が話しかけてきた。今回は神谷と一緒に勉強したおかげか、家に帰ってもいいテンションで机に向かう事ができたので中々の手応えだ。
なのに充実感を覚えた後のご褒美の一杯を邪魔されたとあっては対応も厳しくなる。
「なんだ吉崎、期末テストの愚痴なぞ、聞かんぞ、俺は。お前が赤点とるのはいつもの事だろう。黙って補習にそなえてろ」
「――ぐっ、テメー、せっかく期末テストが終わって開放されているところで、嫌な事いうんじゃねーよ」
否定できないところが、悲しいところだな、ええ、吉崎よ。
ざまーみろと思い、俺はキャップを開け、一口飲む。
ふー、癒される。
「ゆるんだ顔しやがって、孝也、テメーの気分を引き締めてやるぜ」
「なにいってんの、お前?」
馬鹿なの? いや馬鹿なのは知っているけど、何様なのだ。お前なんて元々おつむがゆるみっぱなしだから、毎回、赤点をとるのだ。先に自分の頭のねじを締めとけ。
そう思いながら半眼でみてやると、吉崎は鼻息荒く、こういってきた。
「もう一回、勝負だ」
「勝負ってなにでだよ?」
「クリスマス・イブに彼女とちゃんとしたデートをする事で、だ」
……こいつ。
そういう手で来たか。
しかし、この前デートしようといってテンプルに一発お見舞いされたからな。クリスマス・イブを一緒に過ごそうとかいったら、とてつもない連打をくらって病院送りにされるかもしれん。嫌だなー、病院で迎えるクリスマス・イブは。看護婦さんは天使かもしれんが、俺だけのものじゃあないし。
「イブだからって彼氏と過ごすとは限らないだろう、家族と過ごすかもしれないし」
「かもしれないし?」
俺の言葉に吉崎はピクリと反応する。
「もう十二月なのに、彼女の予定聞いてないのかよ? あっれー、おっかしいな。普通そういう話はもうしているもんじゃね?」
ちっ、馬鹿のくせに変なところで頭がまわりやがる。
「付き合って間もないし、お前と違って期末テストの勉強でそんな余裕はなかったんだよ」
「んじゃー、これからって訳だ。大丈夫かよ、お前ら、そんなんで」
「放っとけよ、人の心配する前に、お前のところはどうなんだよ?」
そろそろお前の馬鹿さ加減が分かって、別れ話にでもなってるんだろう。そうに違いない。
「ふふん、彼女御用達のイタリアン・レストランで食事するわ。その後、彼女のショッピングに付き合う為に街を歩いて、ツリーみてって感じだな」
おおっ、何こいつ? なんでリア充みたいな事いってんの? お前はどちらかというとカップル狩りに加わるアウトロー組だろう。なんでうまくいっているんだよ。世の中はどれだけ間違っているんだ。
「……というかなに女にエスコートされてるんだよ、お前がひっぱっていけよ、情報通」
俺は精一杯の嫌味をいってやる。じゃないと吉崎に彼女がいるという、世の中の歪みに耐え切れず、正気を保っていられない。
「おやおや、まだクリスマス・イブの予定も決めれてない、甲斐性なしにいわれたくねーな」
皮肉気に笑い、吉崎は俺を見下してくる。
言い返したいのに言い返せない。
かつてない屈辱だった。
「おっ、なになに、またなんか勝負すんの?」
横沢が話しに入ってこなくていいのに、混ざりに来る。
うっとおしさ倍増だ。
「おおっ、クリスマス・イブに彼女とちゃんとしたデートするっていうのでな」
「ええっ? それ勝負する意味なくない? 彼女いんのにこの時期予定決まってないとかないでしょ? 俺も彼女とアミューズメントパークで遊ぶ計画だしさ。クリスマスパレードみたいって彼女うるさくってさ」
聞いてもいないのにだらしない顔をして、クリスマス・イブの予定を話し出すな横沢。ああっ、マスコットの着ぐるみ着て園内侵入して、横沢をデート中に凹ってやりたい。
「だよなー、でも孝也は、まだ予定決まってないらしいぜ。相手の予定がどうなっているかも把握してないんだってよ。お前大丈夫かって話だよな」
「マジで? 付き合ったばかりなのに、それはないよねー。一番盛り上がる時期っしょ」
そういって二人ニヤニヤと俺を肴に笑い続ける。
俺は机の端をしっかりと掴んで、怒りを抑える。我慢我慢。ここで下手な勝負に出ても、神谷にぶん殴られて、吉崎と横沢にさらに笑われて終わるだけだ。
無視、無視だ、無視。
「おおっ、静かになっちゃたなー。しゃーねー、ハンデをやろう。俺は彼女とクリスマス・イブにデートする事だけど、テメーはクリスマス・イブまで彼女と別れてないでいいや。それでちょうどいい勝負の釣り合いとれんだろう」
ふわっははっは、と吉崎の高笑いが耳に木霊する。
無視を決め込もうとした俺の心の壁はもろくも崩れ去った。
――馬鹿にされた。――コケにされた。――下にみられた。――なめられた。
吉崎なんかに、吉崎なんかに、吉崎なんかにー!
「……上等だ。お前ハンデをだした事、後悔するんじゃないぞ? 罰ゲームは当然ありなんだろうな?」
「当然」
ニヤリと嫌な笑い方を示してくる吉崎。
クソが、いらつくな。俺をのせた事を後悔させてやる。自爆しろ吉崎め。
「そうだな。前回と同様に『一生一人、俺一人、自分だけを愛します』って書いて一日過ごすこと。後、プラスして名前を呼ばれたら『彼女がいない事に定評がある樋口孝也です』って一言入れてから話し出せよ」
「それじゃあお前は『彼氏と思っていたら、都合のいい男だった吉崎です』って一言入れてから話せよ」
「こりゃー、カメラだけじゃなく、ビデオも緒方からかりねーとな」
「そうだな。吉崎らしい青春の一ページをしっかり残してやらないと」
俺と吉崎はにらみ合い、火花を散らす。横沢は「……わー」といいながら、周りの
クラスメイトと一緒に腰を引いていく。
こうして吉崎との男の勝負、第二回戦が始まったのだった。
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