エピローグ

「――ダ、ダメじゃダメじゃ! そんな望みは存在するはずのないものじゃ!!」


 まあ分かりきっていたことだが、その願望は即座に却下されていた。

 けれど、別段それが規約ルール違反になっているわけではないことは、彼女の反応を見ていれば判る。


(フム)

 ここで押しておけば、後々あとあとずいぶん取り引き――いや、話し合いなんかが楽になるだろう。クルトの気持ちに嘘はなかったが、むしろ仕事根性まる出しで、彼は口説きにかかった。

「……けどエノーラ。俺があんたに一目惚れしたのは本当だよ。その思いにだけは、正直に答えてくれないか?」


「う……」

 数十年もポツンと荒野で暮らしてきたせいもあるのか。

 近くに人がいる今でも、実は異様になつきやすい性格である彼女は、そのままもごもごと黙ってしまった。

 どんな過酷さがあってこういう人好きになったのかは知らないが……まあ自分の寿命もかかっている以上、青年には利用させてもらおうという思いがある。……魅入られたのも(蒼玉サファイアの妖しさにではあったが)嘘ではない。

 勝手な理屈にうなずき、ふかぶかと納得しているクルトだったのだ。


「お、お主は、『儂に触れたい』と――?」

 ……お?

 そんな風に、ちょっと可愛い反応が返ってきた時が、二人の進展が終わる時間だった。

「な、何だこれはぁ!」

「ドレウス! ……あそこに見えるのは、おかしらか!? いったい何があったってんだあ!」


 うお。

 ボヤボヤしていたら、遠くに追っ手として散らばっていた仲間が、帰ってきてしまった。

 クルトは、眼前の地上にひろがった小さな砂漠から、自分たちがいる丘の上にも人が登ってこようとしているのを見つけた。


「とりあえず、逃げるか。このままもし捕まったら、なぶり殺しは確実だろうし」

「そ、そうじゃ。戯れ言を申している場合ではない。お主も足だけなら、充分に使える男かもしれんのじゃからのう」

「ふっ。俺に、身体のすみずみまで触らせたあとでも、同じことが言えるかな?」


 ――バ、バカ者!

 そのセリフをその場に残して、クルトは駆け出していた。

 今度の走りは、これまでのどんな逃走よりも、体の軽さを感じられるものになっていた。


 ……父親から、そして母がふと見せることがあった悲しい横顔から、自分は解き放たれたのだろうか。

「たのむから、走ってる途中で話しかけてくるなよ! 舌噛むからな」

 青年は、誰よりもはやく砂地を越え、森の中を疾走していた。


 ……遠からず、彼らは『キョウバク』――悪夢を食べてくれる架空動物のように、凶悪集団を壊滅させてゆく暗殺者アサッシンへとクラスアップするのだが、その呼び名は、当人たちにははなはだ不本意な二つ名だったらしい。

 ――いま、クルトの駆け抜けていく獣道には、木々の合間から朝日がそそぎ始めており、二人にはこれまた不似合いなきらめきが、未来を照らしていたのだった。


 

 

 

 

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