ファンタジー・プロフ
久賀広一
○第一部 鍛冶屋の恋見にぬかりなし
武具職人であるワシは、ほとんど喋ることがない。
何故かって?
そりゃあ冒険者にバカが多すぎるからじゃろう。
だいたいあやつらは、
豪剣でシールドバッシュのような無理押しをしたかと思えば、敵の鎧に真っ向から鋭刀をたたきつけるアホがおる。
そんな鍛冶屋のワシが唯一、客に口を開くとすれば、それは見事な損耗の武器を見せられた時じゃ。
「こんにちは」
・・・おう。
今週もやって来おったか。
いまゴトリとカウンターに曲刀を置いた女は、どうやら『
フラれた男や、嫉妬からくる女たちの言葉では、『何なのあいつ、お高いエルフかっての。ビッチ。いやハイビッチ!』などと酷い噂を立てられているが、ワシには分かる。
彼女の持ちこむ曲剣には、いびつな歪みが一つもない。
無茶な戦闘をせず、敵の防具に対して下手に刃を立てたり、
「・・・仕上がりは、三日後の午前九時じゃ。遅れるなよ」
「えっ」という女の表情が見えたが、そこは気づかないふりをした。
『黎明の霧塔』を探索している彼女は、おそらく夜型の生活をしている。
昼になれば
だが、レアな敵やアイテムも多数報告されており、長い時間をかけて挑戦する人間が後を絶たない。
・・・ワシはあえて、そんな彼女の生活リズムを狂わせても、受け取りの日時を指定していた。
”この店の仕事は、修理だけじゃないのだよ”
いかつく頑固な横面を向け、さきほどまで
ーー コォン!
火の
ーーーーーーーーー
実のところ、彼女ーー”クラスタ=メイフィール嬢”の曲刀は、一日もあれば本人に返せた。
しかし、あえてそれをしないのが、ワシのやり方なのじゃ。
ーー?
「
馬鹿抜かしおって!!
これだから、利益だけを求めて世界をさすらう、あげく承認欲求のかたまりの赤んぼ
いや、そんな話をしていたのではない。
つまるところ、皆思いは同じだと言いたかったのだ。
冒険に夢を賭けるものたちは、誰もがぼっちでいたいわけではない。
だが、ワシが無口なせいなのか、この店に来る客たちは、何故か誰もがソロプレイヤーばかりなのだ。
「・・・何? この鍛冶屋。陰気くさ~い」
「職人酔いだな。ガンコさが格好いいと思ってるのさ。他の店をさがそう。こういう所は、持ち主に合わせて武器を作る器量がないからな」
そんな言葉が、店内に残されていったこともある。
ワシは何度も、
「・・・ふふっ。悔しかったなあ・・・」
それは苦難の道じゃったよ。
そもそもぼっちの客には、
「ん・・・? しかし、これはどうしたことじゃ。
ソロプレイヤーの中で、変な
だから、ある日それを発見したのは、偶然じゃなかったと思う。
「先ほど来た、クラスタ=メイフィールという女と、ほとんど同じ損耗の武器を持ち込む男がいるーー」
すでにそれは、四組目の発見だった。
何と言ったらいいのかのう・・・。
ほら、パズルなんかであるじゃろう。
たくさんのピースの中にある、
・・・ないか?
まあそこで、ワシら鍛冶屋には、”魔法”が使えるようになるんじゃよ。
そこはそれ、後日のおたのしみ、ということで・・・。
ーーーーーーー
「あなたの戦いを、何度か見たことがあります。不思議と気になっていました。
今のダンジョン攻略が落ち着いてからでかまいません。いつか僕と、パーティを組んでくれませんか?」
どうにか目をそらさずに話すことができた青年は、頬をぐっとこすって、その震えを隠そうとしていた。
もちろん、男に話すだけでも緊張するのに、独り身の女性相手では、その動揺は計り知れなかった。
(そこじゃ! 答えい!! クラスタ=メイフィールよ! お主と同じ方向を向いてくれるパートナーは、いま目の前におるんじゃあ!)
こくりと下を向くクラスタを見ながら、ワシは拳をふるわせていた。
孤独な人はどんなに強くとも、二人連れの弱者が持っている広がりには敗北することがある。
商売はまさにその神髄で、ワシはまずこの世界においてファミリーを客に取り入れたかったのだ。
「はい・・・。私はこれまで、長く一人でやって来すぎました。攻守ともに、バランスをくずすことになりますが、人に合わせた戦い方が、次のステップになると信じたいです・・・」
ガッチガチの脳筋回答だったが、そこはやはり青年もぼっちである。
同類の高揚したうなずきで、お互いに握手を交わしていた。
(ーーふう。やれやれ)
誰にも、おそらく当人たちでさえ見えなかった、細い橋渡し役をしたワシは、ニヤリと笑って店奥から二つの武器を見つめている。
(損耗の仕方がよく似てるってことは、戦い方、つまりその先に見てる理想が近いってこった。
巨星がぶつかり合うような人的
そのカウンターの上には、まったく違う系統の曲刀と双短刀が、奇妙に馴染んだようにおり重なっていたのだった。
『鍛冶、よろず加工、
平板化された工芸の粋、”高硬度”文字看板より、その店に訪れる客たちは、無口な店主の恋見の噂を聞いて、扉を叩いたという。
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