第3話 水曜、深夜

 書類の山を片付けて、うちに着いたときには午前零時を回っていた。

 帰り道で買った焼き鳥に冷蔵庫の缶ビールを開けつつ、スマホを確認する。


『何時でもいい、電話ください』


 母からのメッセージだ。

 いつもの様子伺いとは違う切迫した雰囲気を感じ、すぐに発信ボタンを押した。

 この時間だというのに、さして待たずに通話が繋がったことで、余計にどきりとした。


「遅くにごめん。今帰った」

『あんた、いつもこんな時間まで仕事しとんの?』

「あ……うん、まあね。でもほら、土日は休みだから」

『無理せんといてよ、あんた小さい頃から頑張り屋さんなんじゃけ』


 母の『頑張り屋』という言葉には、心配と、それにもちろん労りと、少しの誇りが含まれている。

 その誇りに、ありがたさと嬉しさ、そして言いようのない息苦しさを感じながら、声は冷静なままで問い返した。


「それで、なに? 何か急ぎの用事って?」

『あんた、できるだけ早いうちに帰って来れる?』

「なんでいきなり」

『ばあちゃんの様子が、だいぶ』


 私ははっとして口を押えた。

 以前から長く病みついていたから、覚悟はしていた。けれど――


「……危ない、感じなん?」

『お医者さんが言うには、もうちゃんとは起きれないじゃろって。多分、一週間は保たないって。うとうとしとる感じで、時々ぽつぽつとは喋るんじゃけど』


 つまり、祖母と話せるのはこれが最後になるかもしれない、ということだ。


「土日は今のとこ仕事入ってないし、明日はさすがに無理だけど、明後日には……できるだけ帰れるようにする」

『そうして。まあ、でも無理せんでね。身体に気を付けて。早よ寝なさい』

「うん、ありがとう」


 電話を切ってから、すぐに自分のスケジュールを確認した。

 手元の仕事は大体片付いているはずだ。明日は退職手続きに立ち会う必要があるので突然には休めない。

 だが、その翌日――金曜なら、お休みを取ってもなんとかなる……かもしれない。


 どうしても語尾が曖昧になってしまうのは、経験上『絶対』とは言えないからだ。

 就業規則上はお休みのはずの土日に、なんだかんだで前日に出勤が決まることもざらではない。

 社長から突然呼ばれて「新しい人事制度を」とか「HPの刷新を」なんて言い付けられたりだとか。

 そういうとき、社長は拙速でもスピードを求める。基本的に、翌日には骨子案を提出しなければならなくなる。


 ただ、さすがに……今回は、お休みを貰ってもいいんじゃないだろうか。

 空けた缶ビールを見下ろしているうちに、お酒の好きだった祖母の笑い声を思い出した。前回、帰省したときは、私と杯を酌み交わせることをとても喜んでくれていたから。


 小さい頃は、あんなに可愛がってもらったのに。

 成人してから何度会えただろう。

 指折り数えながら、ぬるまっていくビールを飲み込んだ。

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