父のヴァイオリン

 若菜は両親の結婚式の秘蔵影像を発見した。父は母のために余興でヴァイオリンを演奏していた。弓を引くと錆びた鉄の扉を開くような汚い音がぎいぎい鳴った。お世辞にも上手くはなかった。それでも父は額に汗を浮かべて必死に演奏をしていた。

 あの父がヴァイオリンを弾けるなんて。若菜は自分の結婚式の準備をしながら、昔の父の知らない一面に驚愕した。そして、気がつくと自分の披露宴でもヴァイオリンを弾いて欲しいと父におねだりしていた。普段物静かな父が顔を引き攣らせて、そんなものはとっくに捨てた、と苦々しく声を震わせた。父はあまり知られたくなかったのだな、と若菜は思った。

 披露宴当日、お開きの段になって、父はサプライズでまさかのヴァイオリンを弾いてくれた。初老を迎えた父の演奏する姿は、品がよくて様になっていた。若菜の隣りでは夫が感極まって号泣していた。音だけは昔のままだったけれど、でも若菜は胸が一杯になった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る