ブラックコーヒーは苦いけど、俺は昔好きだった女子に告白したい
夢野ヤマ
第1話 謎の少女
今日も疲れた。
薄暗い中、誰もいない夜道をふらふらとしながら俺、黒丸影は歩いていた。
一体何に疲れたと言うと、ずばり仕事だ。大学を出てパソコンが得意ってのもあり、中小企業だがIT関係の仕事になんとなく就職先を決めた。
それからかれこれ五年以上は勤めているのだが、ここがなんと俗に言うブラック企業だったのだ。つまり社畜ってやつだ。
残業がとにかく多く、終わるのは二十二時過ぎになる。どうだ、凄いだろ?
なんて自慢にもならない自慢をしても意味はないんだがな。仕事終わりはいつも疲れ、家に着けばすぐに寝てしまう。飯もろくに食べない。こんな生活を続けていれば、もちろん彼女なんて出来るはずなく、恥ずかしながら彼女いない歴年齢だ。
三十歳を超えたら魔法使いに、四十歳を超えたら賢者になれる噂を聞いたことがある。その歳になれば魔法が使えるのか……。なんて一瞬、期待を膨らませたが、普通に彼女が欲しい。かと言って、人生の中で全く好きな人がいなかったわけではない。片思いぐらいあるさ。
時を遡れば、高校生の頃。
奇跡的に三年間同じクラスで、しかも隣の席だった女子がいた。
彼女は地味でぼっちな俺とは真逆で、明るく愛想も良くて周りからも絶大な人気があった。こんな俺にさえも、気さくに話してくれるんだ。
小動物のような可愛らしい容姿に、黒髪のナチュラルボブは随分と似合っていた。
今思えば、彼女、四季水彩葉のことが好きだったのかも知れない。いや、好きだったんだ。なんせ今でも、当時告白しておけば良かったと後悔しているぐらいなんだから。
あれから大学では悲しいことに別々になってしまい、俺の中の唯一の最高の青春はあっという間に風に拐われてしまった。
戻れるなら、あの時に戻りたい。過去に戻りたい。そう思った日が何度もあった。だけど悲しいことに、現実は一度過ぎてしまった過去には振り向いてくれない。常に一秒ずつ、未来に近づいていってるだけなんだ。それが世の中の仕組みだ。
今更過去について考え込んでも遅い。
俺の今やるべきことは、帰って寝る。そして明日、また会社にいく。それだけ。それにしても、普段より忙しかったせいなのか、今日はやけに疲れた。
「ブラックコーヒーは好きですか?」
幻聴が聞こえるほどに。
……って、え?
今、声聞こえたよな?
女の子の声が。
しかも、ブラックコーヒー?
「あの」
さっきと同じ声だ。
微かにだが、小さくて優しい声が聞こえる。
推測するに、横から聞こえる謎の声に俺は思わず声の方を見てしまう。
反応に困った。
何故なら、俺に声をかけた人間がまさかぱっと見、中学生くらいの少女だったとは。背は低く、艶のあるさらっとした白銀色の長い髪が特徴的な少女がブラックコーヒーの入った缶を両手に持ち立っていた。
迷子にでもなったのだろうか。ブラックコーヒーを宣伝するバイトでもしてるのだろうか。
てか中学生ってバイト出来るのか? そもそもこんな小さい女の子が夜中外にいたら危なくないか?
「ブラックコーヒーは好きですか?」
「別に嫌いではないが」
普通に答えてしまった。
俺の返答を聞いた少女は微笑み、近づいてきた。それから持っていたブラックコーヒーを俺に渡すと、静かに息を吸った。
「素敵な出会いがあるといいですね」
意味が分からなかった。
何故こんな夜中に一人で少女がいるのか、ブラックコーヒーを渡して出てきた台詞が何故それなのか。聞きたいことは山程あったが、初対面どころか出会って十分も経っていないであろうから、あえて聞くのをやめた。
俺にブラックコーヒーを渡し目的は達成したのか、お辞儀をしてから少女は去って行った。止めようとはしなかった。貰ったブラックコーヒーは温かかった。
少女が見えなくなるまで完全に去ったことを確認したら、せっかく貰ったので缶の蓋を開け飲んでみることにした。
怪しいとは思ったが、少女の様子から見てまさか命に関わるものは入っていなさそうだったので飲んだ。何、ただの勘さ。
「……ったく、ブラックは会社だけで充分だ」
なんて愚痴をこぼしながら。
よく人からは珍しいと言われるのだが、学生の頃から苦いものは嫌いではなかった。ブラックコーヒーも例外ではない。けれど、ブラックコーヒー自体を飲んだのは久しぶりだ。
飲みながらそんなことを考えているうちに、突然頭の中が真っ暗になってきた。もしや、やられたのか。
やばい、意識が……。
この時はすでに、意識を無くしていた。
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