第30話 皇帝起動:魔王システム

 帝都の奥深く。

 そびえ立つのは、天を衝くような巨大な尖塔。

 その中に、皇帝と呼ばれる存在がいた。


 広大な空間は、帝都の心臓と呼ばれる場所。

 心臓にて、皇帝はただ一人、玉座にあった。


 全身が甲冑に覆われ、肉体が露出している部分は一つもない。

 甲冑は黄金に輝き、それは周囲の光を反射しているのではなく、自ら内部から発光しているのだった。


 玉座の肘掛けを使って頬杖を突き、皇帝は微動だにしない。

 このままの姿で、帝国に命令を下してきた。


 実に、数千年もの間である。

 だが今、皇帝が動き出そうとしていた。


 黄金の面頬の中に、赤い輝きが灯る。


『帝都に接近するものあり、とな』


「陛下」


 覚醒した皇帝の前で、跪く男。

 髪も衣服も、何もかもが白い。

 白い男だ。


 彼は、最初のロイヤルガード。

 皇帝を守るために帝国に残った、魔王だ。


「西部辺境地区より、異端審問官ヴェラトールから記録が送られて来ました。魔女三名、そしてアストロノーツとなった魔女の騎士三名、光の街道を接近中です。前代未聞の事態と言えましょう」


『そうか』


 皇帝の口から、ひどく無機質な声が漏れ出た。

 その声色からは、皇帝の性別や年令を測ることはできない。


『全てのロイヤルガードを配置せよ。アストロノーツを迎撃せよ。教育の終了した魔王は、儀礼典礼を省略し、即時打ち上げに移れ。全てはこの宇宙に魔王の種を撒くため。アストロノーツを一分、一秒でも足止め・・・せよ』


「足止め!?」


 ロイヤルガードは驚きの表情を露わにしつつ、皇帝を見上げた。


「倒せと仰ってください、陛下。我らロイヤルガードは、その日のためにこの塔を守っているのです!」


『帝国は永遠には続かぬ。それは分かっていた。どのような星も、魔のはらとしたものは、滅びてきた。必ず、世界が準備を整え、我らを滅ぼすべく牙を剥く』


「何を仰っておられるのですか、陛下……!?」


『魔王作り出す、魔王製造の魔神たる余に刻まれた、遺伝子の記憶がそう伝えてくるのだ。あれは世界が反転しようという動き。今見えている流れは、より大きくなる。足止めをせよ。全ての魔王を打ち上げるまで。足止めを』


「必ずや」


 灰色の魔王は立ち上がる。

 そして、皇帝の言葉を復唱しなかった。


「滅ぼしてみせましょう、アストロノーツを!! 帝国を、奴らなどに汚させはしません。魔女と、魔女の騎士! そんなものに、数千年続いた帝国をくれてやってなるものですか!! この、魔王ジェラルドの名に賭けて……!!」


 そうして、去っていく灰色の魔王。

 塔のあちこちで、控えていたロイヤルガードが動き出す気配があった。

 その全てが魔王。


 軍隊を持たぬこの帝国において、ただの一人で一軍に匹敵する戦果を上げる化け物たち。

 だが、そんな彼らを持ってしても、帝国に攻め寄せるアストロノーツには勝てぬと。

 皇帝はそう言った。


 皇帝は一人になり、頬杖を突きながら瞠目する。


『ロイヤルガードか。人の名と意識を捨てられぬ身で、半端者の魔王がどこまでやれるものか。期待はせぬ。さあ』


 皇帝の静かな呼びかけに応じて、塔の内部に明かりが灯っていく。

 壁面そのものが、幾何学模様に輝いているのだ。


『打ち上げよ、真なる魔王たちを。最後の魔王は、二名か。南部地方のヨルガ……魔王の卵ヨーグレイト。西部地方のアセリナ……魔王の卵アセロリオン。余の代で打ち上げた最強の魔王、オルゴンゾーラに比べれば小粒だが……これ以上育成を続ける暇はない。打ち上げよ。打ち上げよ……』


 巨大な尖塔は、その先端を開いていく。

 そこから、天に向かって梯子が伸びていく。


 これこそが、魔王を世界の外へ、星の世界へと撃ち出す射出装置。

 天の梯子であった。






「おお、なんか遠くに見えてるなあ。なんだあの細長い空に向かって伸びてるやつ」


「なんだろうねー?」


 俺とエレジアで並んで首を傾げる。

 サッパリ分からん。

 だけど、めちゃくちゃ離れてるはずなのに、こうやって視認できるのだ。


「近くで見たらすげえでかいんだろうなあ」


「大きいんだろうねえ」


 光の街道の途中である。

 ここにいる六人は、誰も帝国の中に入ったことなど無い。

 全員、辺境生まれ。


「ラプサ、分かるか?」


「……分からないわ……」


「マーチは?」


「わっかんないなー」


「ストークは?」


「走査してもいいが、波が行って返ってくるまで半日かかる」


「あ、じゃあ調べてもらっていい」


「構わない」


 仲間たちとそんな話をしていると、レンジが割り込んできた。


「おいおいおい、なんでオレに聞かねえんだよー!!」


「レンジは聞くまでもなく知らないじゃん」


「なんだとお!? 聞いてみなくちゃ分からねえだろうが!!」


「そうかよ。じゃあ、レンジ、あれがなんだか知ってる?」


「知らん!!」


 うわあ、こいつすげえいい笑顔で言いやがった!

 周りが思わず吹き出す。

 みんなの想像通りだったってことだな。


 しかしまあ、あの辺りって帝国の帝都があるだろ。

 で、帝都にあるでかいひょろっと伸びたもの。

 絶対にろくなものではない。


 あ、しかもなんかそれの戦端が伸びて、さらに細いのが伸びていく。

 おお、伸びる伸びる。

 どんどん伸びる。


 どこまで伸びるんだろうなあ。

 見上げていたら首が痛くなった。

 あれ、空に突き刺さって、空のさらに遥か向こうまで伸びていくのでは?


 ゆっくり動いているから、しばらく先のことになりそうだが。


「とりあえず、帝国が変なことをしているのは分かった。よし!」


 俺は決めた。


「帝都に行って、あのひょろっとしたのをへし折ろうぜ!!」


 決めた。

 今決めたのだ。


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