第28話 西部砦粉砕:光の街道

 帝国中枢にほど近い町。

 そこに住まう人々はある夜、巨大なものが崩れ落ちていく音を聞いた。


 誰もが、感覚的に理解する。

 これは辺境と帝都を隔てていた、砦が崩れる音だと。


 帝国が支配する世界は、暗い安寧の中にあった。

 自由はあまり無い。

 だが、代わりに危険も少ない。


 変化のない毎日を人は送り、ごく稀に現れる魔王スキルの所有者を、帝都へと送り出す。

 それだけの暮らしだ。


 魔女が現れれば魔女狩りに告発し、不明スキル持ちは追放する。

 これを成すだけで、帝国は何も言わなくなった。


「時代が……終わる……」


 誰かが、遠い空を見つめながら呟いた。

 崩れ落ちる砦。


 帝国の砦を崩すものなど、記録の中には存在しない。

 少なくとも、帝国の歴史が刻まれているここ数千年の間はだ。


 一瞬だけ、猛烈な熱波が吹き付けてきた。

 それは風をまとって町を駆け抜け、帝都に向かっていく。


 通り過ぎた後、空気の温度がいつもより上がった気がした。

 人々は、不安げに空を見る。


 崩れ落ちた砦の方向が、明々と輝いていた。

 炎だ。

 砦が燃え上がっている。


 それこそが、帝国の支配の終わりを告げる狼煙だった。





「やってしまったなあ」


 瓦礫の山となり、今もごうごうと炎を上げて燃え続ける西部砦。

 それを見回しながら、俺は呟いた。


「これ、帝国と全面戦争になるのでは? あ、まあ向こうはやる気だから仕方ねえか」


「そうだねえ。さっきの魔王……ロイヤルガードは帝国最大戦力の一つだから。これを倒したっていうことは、魔女の館が宣戦布告したってことだよ」


 エレジアが分かりやすく教えてくれる。

 なるほどお!

 つまり戦いは避けられず、激化していくんだな。妙に詳しいのは、大魔女に教えてもらってるからかな?


「お……お前たち、何ということを……。私は知らなかった、知らなかったのだ。魔女はただ、狩られるだけの者だと思っていた」


 瓦礫の中で跪き、がたがたと震えている男がいる。

 ラプサ曰く、この男の服装は異端審問官のものだそうだ。


 異端審問官というのは、各砦に配置されている、魔女狩りの総大将のことだと。


「帝国が命ずるから、悪しき教えを広めるから魔女を狩るのだと、そう思っていた……。だが、魔女が育てる魔女の騎士が、まさか……魔王をも滅ぼすほどの強大な力を有しているとは……! 帝国が魔女を狩っていたのは、それが帝国の敵だから、平和を乱す存在だからではない! 魔女は、魔女の騎士は、帝国の存在そのものを根底から脅かす、最悪の脅威となりうるからこそ、狩らねばならなかったのだ……!!」


「きしししし!! その通り!」


 マーチがしゃがみ込み、異端審問官に語りかける。


「間に合わなかったねえ? うちの子たちは、ロイヤルガードを真っ向から粉砕できるくらいまで仕上がっちゃったよ。っていうか、三人のアストロノーツが揃うことなんて、この数千年の間、一度も無かったことだよね? 大魔女様に聞いたんだ」


「おお……おおおお……。アストロノーツとは……それほどまでに恐ろしい存在……!?」


 異端審問官は、すっかり心を折られているようで、へたり込んだまま動かない。

 体つきとか見てると、それなりに腕に覚えがありそうなんだがなあ。


「なんだおっさん! やらねえのか! つまんねえなあ!」


「走査した。挙動に戦いの意思がない。この男は戦わない。僕たちとは戦えないだろう」


「と、なればだな」


 俺はまとめた。


「とりあえず、このまま帝都まで直進してみるか? 魔女の館にいても、もう以前みたいに安全じゃないんだろ? 少なくとも、さっきのアザラシ女は魔女の館に直接攻撃を仕掛けてきてた」


「そうだねえ。なんで分かったんだろうね? もう安全なところは無くなった感じ。ま、私がオービターと会うまで旅をし続けていた時も、おんなじ感じだったけど」


 エレジアが頷く。

 けろりとしたものだ。


「そうかー。じゃあさ、魔女の館に戻って、帝国まで一気に連れてってもらうとかできないか?」


「んー、できないんじゃない? あれ、西部地区はどこでも行けそうだけど……帝都に直接繋げられるなら、前の時代の魔女や雛の子たちが行ってたでしょ? 行けないから、ずっとこの砦が意味を持って建ってたんじゃない」


「なるほどなあ。大魔女、何も教えてくれないもんなー」


「だよねえ。情報不足だよねー」


 二人でぶうぶう言いつつ、そろそろ燃える砦に炙られて暑くなってきた。

 アザラシ魔王が発生させた氷は、既に何もかも溶けてしまっている。


 つまり、残っているのは俺たちが発生させた実物の炎のみというわけだ。

 暑くてかなわなくなってきた!


「よし、降りるぞ! エレジア掴まれ!」


「ほい!」


「うほっ! エレジア、もう気安く抱きついてくるように……俺たちの仲は進展している……!」


「おばか。こうした方が安定感あるでしょ? オービターが飛ぶ時って、しがみついてないと振り落とされそうなんだもの。私、飛べないんだから落っこちるのいやよ?」


「あ、なーるほど」


 ということで、ブラストビームで飛び上がる。

 後を追って、レンジのロケットが射出されてくる。

 そこに残る全員がしがみついていた。


 そうか、レンジのロケットは俺のブラストビームを追ってくるんだな。

 うむ、便利便利。


 異端審問官のおっさんは、燃え上がる砦の中に残ったままだった。

 何だろうな、自分の命のことも考えられなくなるくらいショックだったっていうんだろうか。


 俺らが砦をぶち破って、帝国側にぶっ込んでいくってのは、そこまでとんでもないことなのか?


 そんな事を考えつつ。

 俺は砦を越えた、帝国側の街道……。

 通称、光の街道へと降り立つのだった。


 思えば、こいつは歴史的に重要な第一歩だったらしい。

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