15.勉強会

 部活も終わり、シャワーで体を綺麗にした俺は、学校の図書館にいた。さすが進学校というべきか、我が綺羅星高校では月に一度の学力測定テストがある。そしてえぐいことに毎回順位が張り出されるのである。今回の科目は国語と数学、英語である。国語と英語はそこそこできるんだが数学が苦手なんだよなぁ。



「今日のノルマはこれだよ、大和にもわかりやすいようにまとめておいたから。さすがにこの程度もわからなかったら赤点だからね」



 そういって意地の悪い笑みを浮かべているのは里香である。今日はテストが近いので里香と図書館で勉強をしようという話をしていたのだ。それにしてもこんな澄ました顔しているけどこいつは俺の部屋でメイド服を着て恥ずかしそうにしていたんだよなぁと思うと途端に可愛らしくなるものだ。



「なにをにやにやしているんだい? 気持ち悪いやつだな」

「ああ、悪い。里香って可愛いって思ってさ」

「ふーん、そんなみえみえのお世辞を言われても手加減しないよ。まあ、そういわれて悪い気はしないけどね。私に勉強を教えてもらえるのがそんなに嬉しいのかな?」

「そういう里香だって、俺と会うのが楽しみでずっと前からいたんじゃないか? まだ約束の時間の三十分前だぞ」

「何を馬鹿な事を言っているのかな? まあ、確かに待ち合わせよりはだいぶ早く来たけれど私だって自分の勉強くらいするのさ。別に君と会えるのが楽しみで早く来ちゃったなんてことはないからな。自意識過剰は恥ずかしいよ、大和」



 そういって飄々とした顔で、準備を始める里香だったが心なしか口元がにやけている気がする。俺は彼女が作ってくれたノートに目を通す。それは俺が苦手な部分を強調して赤ペンでなどで注意書きがされている里香特製の俺用の勉強ノートだ。中学から続いている勉強会は俺にとって習慣のようなものだ。凡人である俺が天才である彼女についてくためのノート。最初は教えるのが苦手だった彼女も、すっかり上手になったものだ。



「いつもありがとう、里香がいなかったら俺は綺羅星学園には入学できなかっただろうな」

「礼には及ばないよ、私としても復習は勉強になるからね。それに、私の方こそ大和に感謝しているんだよ。君が私と同じ学校にきてくれたからこそ、私の高校生活は楽しいんだ」



 このことを話すときだけは俺達は素直になる。催眠術を使わなくても軽口をたたくこともなく、お互いに気持ちを素直にぶつける事ができるのだ。俺と里香が同じ高校に入ったのは偶然なんかではない。俺と里香の努力の成果である。そして、俺達が一緒にいたいと思ったからこその結果だ。

 大体、里香はさ、俺にありがとうっていうけれど、綺羅星高校に入学をすることを決めたのは俺の意思でなんだよな。むしろ、俺のために時間を割いてくれてありがとうって感じである。まあ、素直にそう言うのは恥ずかしいよな。



「なんのことだかね、俺は最初からこの高校が志望校だったんだよ。いい大学入って楽をするんだ」

「ふふ、そういうことにしておこうか。さあ、時間は有限だ。勉強をはじめよう」



 そういって珍しく優しく笑った彼女と共に俺は勉強を始める。里香は元々勉強が好きだし、俺も腐っても進学校に入学できた程度の勉強はそこまで苦ではない。ましてや今は優秀な先生がいるのだ。



「ここはどうやるんだ?」

「ああ……これはね……」



 そんなこんなで勉強は進んでいく。教えやすいように隣に座っているのいつもより少し近い。里香から甘い匂いがするなぁと思いつつ俺は勉強に励む。大体三時間ほど経過したときだろう。里香が休憩を言い出した。



「そろそろ休もうか、それで大和は前回何位だっけ? 私のライバルを自称しているんだ。二桁くらいかな?」

「くっ、知っているくせに……131位だよ」

「嘘だね、確か135位だったろ? 順位を盛るのはみっともないんじゃないかなぁ」

「うるさいなぁ、てか、何で俺の順位を覚えているんだよ。俺の事好きすぎない?」

「フフ、ライバルの順位くらいは覚えておくに決まっているだろ? そういう大和だって私の順位をおぼえているんじゃないかな?」

「ずっと一位じゃないか……忘れられるか」

「ふふ、大和の方こそ私順位をすべて覚えてるんだな。私の事が好きすぎないか?」

「毎回毎回一番上にあるから目に付くんだよ……」



 俺が悔しそうに呻くと、里香は意地の悪い笑みを浮かべた。でも、その後に彼女にしては珍しく優しい目で嬉しそうな顔をした。そして少し恥ずかしそうに言うのだった。



「でも、私は大和が一緒の高校に来てくれただけで……」

「あれ、赤城さんじゃないか? それに、お前は普通科の緑屋か」



 里香の言葉は突如現れた乱入者によってさえぎられた。俺達に声をかけてきたのは、黒髪で皮肉気な笑いをしている男子生徒だ。ちなみにうちの学校は入学時に上位成績者を集めてた二クラスとそのほかに振り分けられており、特進科と普通科などと言われている。とはいっても、生徒たちが勝手に言っているだけなんだけど。まあ、そんなことわけで特進科の一部は普通科の人間を見下しているやつもいるのだ。彼もそのうちの一人だろう。



「なあ、里香、こいつ誰だ?」

「さあ、私に男性の知り合いは大和しかいないんだが……」

「赤城さんちょっと待った。同じクラスの灰崎だ!! 結構話してるだろ」



 里香の反応に灰崎君が、慌てたように叫ぶ。そして里香は怪訝そうな顔をしていたが、彼の事を二、三秒見ていった。



「この前、しつこくお昼に誘ってきたやつか!! 君には言ったろ、私は興味のない奴と話す気はないんだよ。時間の無駄だからな」

「じゃあ、なんで、そいつとはいるんだ? そいつは普通科だろ。そんなやつといると赤城さんまで馬鹿になるぞ」



 里香に冷たくされた八つ当たりなのか、俺の方に飛び火してきたな。だが、俺に会話の流れがくるなら都合がいい。これ以上里香になんかいうつもりだったら、邪魔をしてやろうと思っていたからちょうどいいからな。俺が適当に相手をしようと口を開こうとすると、里香が無表情で体を震わせていた。どうしたというのだ。すごい怖いんだが……



「そんなやつだって? 君が大和の何を知ってるって言うんだ? 大和は君なんかよりずっとすごいんだぞ!!」




 普段の飄々とした態度とはうってかわった里香の様子に灰崎君が固まる。そしていきなりの大声に図書館中の視線が集まる。これ以上目立つのは良くない気がする。ああ、でも俺のために怒ってくれているのは少し嬉しいななどと場違いに思った。



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