第10話


一体に何が起きた!?!?


何故こんな事になっている!!?


「ぅ……」

「リディ!!」


隣に寝転がされているリディを見やる。

暗くてよく分からないが、手と足を縛られているようだ。



目が暗闇に慣れてきた……

目に映るのは、今にも崩れそうな屋根に腐りかけた床板…窓から入る月明かりに、今は夜だと分かる。


「うぅ……こ、こは」


気を失っていたリディが、呻き声をあげうっすらと目を開けた。


「ヴ……ェルさ、ま?」

「ああ、大丈夫か?!」

「あ、わたくし……は」

「無理して喋るな、リディ」


俺も手足を縛られている……あのとき、確か……


俺達はカフェから出て馬車に向かっていたはずだ……

何気ない道のり、大通りで人の往来も多く、連れ去りなんて出来るはずかない。

ましてや、俺達には遠くない場所に護衛の騎士が数人控えていたはず…なのに、何故こんな事になっている?




「あら、お目覚めですかぁ?ヴェルさまぁ」

「お、前は……!」


ガチャっと音をさせて入って来た奴は、リディの妹メディアーナだった。

ランプを持って俺たちを照らし目が覚めているのを確認すると、部屋の中のロウソクに火を灯した。


「めでぃ……あー、な?」


掠れた声でメディアーナの名を呼ぶリディ。


「はい、そうですよ。悪役令嬢さん」

「貴様!こんな事して只で済むと思っているのか!?」

「声を荒げないでヴェルさま、仕方ありませんでしたの。リディアーナが邪魔なんですもん。邪魔だから消えてもらわないと…」

「リディに……何をするつもりだ」


メディアーナは恍惚とした顔で俺を見下ろし、憎しみを込めた目でリディを見下ろした。


「安心して?殺しはしないわ。でも、そうねぇ、ほんの少し男達の慰み者になって欲しいの」

「な、なんだと?!」


《メディ、アーナ……?な、なんで……?》


リディの心の声が恐怖に怯えている。


「私だけが証人じゃ、真実味がないかも知れないから……だから、ヴェルさまの前で犯されたら、ヴェル様も信じられるでしょ?」

「なっ……!」


言葉を失った。


俺の前でリディを犯す……だと?

そんなものが許される筈がないだろう!


「さっ、お前達入ってらっしゃい!」


メディアーナの張り上げた声に、ドカドカと入ってきたのは数人の男たち。

1人2人じゃない…10人近くはいる……。


「ひっひっひ、このお嬢様かい?好きに犯していいのは?」

「そうよ!泣き叫ぼうが拒もうが、好きにしてちょうだい。私達はここで見てるから」

「待て!何故こんな事をする!リディはお前の姉だろう!!」

「気に入らないからよ!この女、悪役令嬢の癖に、ヴェルと親しくくっついてんのが気に入らないの!ヴェルは、私のなのにぃ!」


普通じゃない……

メディアーナの目は異常をきたし、言動も行動も、もう普通じゃなかった。


「なぅ」


(っ!……猫?……この猫は……)


「にゃうぁ~」


俺が猫に気を取られている間に、男たちは下卑た笑みを浮かべリディに近づいて行く。


「止めろ!リディに近付くな!」

「あ……い、ゃ……ヴェル様ぁ!」

「リディ!!」

「フシャーーー!!!!」


男達の手がリディに触れる瞬間……

猫の威嚇した鳴き声が響く。


「グァッ」

「ギャア!」


何が起きたのか分からなかった……

だが、リディに触れようとした男達が床に伸びている。他の男達は唖然とし俺達に近付いてこない。


リディはショックで、再び気を失ったようだ。


「な、なに?何やってんのよ!」


メディアーナの焦ったような声も響く。

そしてどこからか、低く厳かな声も響く。


「にゃう」

『鈴音、僕の忠告を無視し、事に及んだ罪は重いよ』


「にゃん」

『それからヴェルグ、安心してくれていいよ。リディアーナは僕の力で寝かせておいたから…この先の事を、彼女には知られたくないからね』


猫が喋りだしたことに驚いていると、それはさらに驚くべき事を話し出した。

気を失ったと思っていたリディだが、猫が言った通り穏やかな顔で寝ているようだ。




「はぁ?私の邪魔しないで!私には神様に貰った加護があるんだから!」


そこに、メディアーナの怒鳴り声が響き渡る。


「わぉん!」

『その加護なら、返してもらった』


「な!?何でよ!お詫びはどうしたのよ!私を幸せにするって!」


「わぅ~ん」

『君の言っていた世界と、この世界は似ているようで違うと何度も言っただろう?この世界の住人はゲームとは違うんだ。現実に生きている…なのに、君が歪めてしまった。君は自分で幸せを無に返したんだ』


「ふしゃー!」

『この世界の歪み、正させてもらう』


「はぁ?!冗談じゃないわよ!」


銀の猫が淡く光り始め、同じようにメディアーナも光に包まれる。


「な、何よ!これ?!止めて!私はヴェルと幸せになるんだから!!?っつぁ!」

『ああああ!痛い痛い痛い痛い痛い!何よ!これぇ!?』


微かに発光していた彼女は浮き、メディアーナの頭上に半透明の女が現れた。

その女は、腹を丸め痛みに悶えている。


「うにゃ~」

『メディアーナ、君には申し訳なかったね。君の魂は僕が責任もって幸せな家族の元に送るよ。生まれ変わって幸せになりなさい』


半透明の女が抜けたメディアーナは、優しい顔つきになって薄く微笑んでいた。


「ヴェルグ殿下、お姉様……お幸せに」


メディアーナは最後の言葉を俺に伝える。そして、リディを見つめ「お姉様、わたくし、お姉様の事、大好きでしたわ」と告げ静かに目を閉じた。


「にゃ~」

『ヴェルグ、すまないけれど、メディアーナを連れて行くよ。君たちの記憶から、メディアーナを消させてもらう』


「記憶……を消す?なら、何故リディを眠らせた?最初から記憶を消す気なら、なぜ?」


「わふん」

『たとえ記憶を消しても、心の奥底にある気持ちは消せねぇ。メディアーナの死は辛い気持ちとし残る事になる。例えメディアーナを覚えてなくても』


「にゃ」

『これ以上、リディアーナを悲しませたくはないだろう?』


そう言って、光に包まれたメディアーナを連れて猫と犬は消えていった。


俺たちを縛っていた縄はいつの間にか解かれ、周りにいた男達は全員が床に伸び、顔や手に火傷を負っていた。


アレは、何だったんだろう?

神様の類いなのだろうか?

---の記憶を消すと言っていたが……ん?

誰の事だったか……?



思い出せない名前に悩んでいると、静かに扉を開ける音がした。中に入ってきたのは、数人の騎士。俺たちの姿を認め、床に伸びていた男達を外に連れ出して行く。


そう言えば、護衛の騎士は何をしていた?

後で問い正さねばなるまい。


リディを抱き上げ、何か……何かを忘れてしまったような気がするが、今はリディの事だ。今回の事件で心に深い傷を負ってなければいいが……早く王城の医師に見せないと。

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