柘榴のオモイデ

彌(仮)/萩塚志月

柘榴のオモイデ

 皆様は柘榴、という果実をご覧になったことがあるだろうか。表皮には毒があり、まるで高揚した少女の様な淡い赤色の果実だ。更に表皮を割ると、宝石の様にきらきらと紅く透き通った粒が所狭しと詰まっている。


 らしい。


 この輝石都市グラナータには、その昔随分多くの柘榴が植わっていた。ある時期になるとその果実は一斉に爆ぜる。甘い果実の香りと、都市の至る所に赤い宝石を散らしたような景色が広がり、それが都市の名称にも繋がっていた。夜になると、その果実は家々から零れる光に照らされ、それはそれは幻想的な表情を見せていた。


 らしい。


 指輪型の機械に内蔵されたホログラムで資料を呼び出しながら、瓦礫と永久凍土に覆われた地面を踏む。白い息を吐きながら、今は消えてしまった世界に思いを馳せた。傾き始めた太陽が、忘れ去られた場所特有の気配を醸し出している。


 現在ここは、限界区域に指定されている。木々が育たないので、手が回らず撤去も清掃もなされていない。かつて柘榴によって美しく彩られていた土地は、今や息を潜めるだけの土地になってしまった。

 手元のホログラムが映し出す古い文字よりも廃れた現状に、心が荒む。例え僕がこのホログラムを再三見続けていなくても、当時との違いは一目瞭然だった。


「ミツグ、準備できた?」

「あぁ、悪い」

「早く、わざわざ夕暮れに来た意味が無くなっちゃうんじゃないの」


 同じように周囲を見渡していたカザリが、僕に声をかける。

 僕にできることは、氷に覆われたままの想いを繋ぐことだけ。


 虚像と同じ景色を、想いを、拾い集めて繋ぐことだけ。


 ホログラムを消し、手を祈りの形に。自身の耳飾りが風に揺られ、リィーンという音をたてた。呼吸を落ち着け、僕は土地や空気に染み付いた透明のオモイデを視る。


 あぁ、そうだよな。


 パキンッ、という音と共に、僕の足元から徐々に永久凍土が溶けて、柘榴の木が形作られ始める。木々はゆっくりと互いを支えあいながら成長し、実をつける。全て、氷の造形。僕が作れるのは、この無色透明の偽物だけだ。

 偽物とわかりながら創る。これが僕らの仕事だから。


「カザリ」

「何色にするの?」

「深紅と、光」


 カザリが、極端に呆れた顔をした。気配がした。いつの間にか僕に背を預けて立っているから、その表情は見えない。ここに来た時からきっと分かっていただろうから、早く納得してしまえばいいものを。彼女を無視して、柘榴の木々を視続ける。

 カザリは、これ見よがしに大きく溜息をついた。


「光は色じゃないんだよ」

「三原色だ」

「完全に屁理屈だね」

「早くしないと、夕暮れに来た意味が無くなるぞ」


 カザリはまだ何かを言っていたが、しばらくして諦めたらしい。


 手を、大きく前へ伸ばした。カザリの周囲にある空気が動き、また二人の耳飾りが揺れた。


 彼女を中心に吹く優しい風は、頬を撫でるように木々を染めてゆく。柘榴の表皮に、水の中に絵の具がじんわりと広がるように染み込んでいく。僕の創り出した偽物が色づく。命が、吹き込まれていく。


 やがて全ての柘榴が色づき、傾き始めた夕日に照らされて輝く。こうして、偽物であっても形になることで、僕らは新たな景色をその目に焼き付けることが出来る。


「……栄えてたんだね、この都市も」

「そうだな」


  この土地に来て視えたオモイデには、終始楽しそうな笑い声があった。これだけ一面に柘榴が植わっていたのなら、他所からの観光客も多かったのだろう。先ほど見た瓦礫の中には、露店の残骸も存在していたかもしれない。


 白い息を吐いたカザリは、遠くを見つめている。


「いつか、全部なくなるのかな、この世界は」

「さぁな」

「なくなったら、どうしよう」

「なくなったなら、また創るしかないだろ」


 カザリの手を柔く握った。

 次第に、周囲が闇に飲み込まれていく。

 カザリが僕の手を握り返した。


「大丈夫だ」


 僕らの周囲にある柘榴が、一斉に爆ぜる。中から光が零れる。ひとつ、また一つと、紅い光が零れてゆく。氷の下に埋まったオモイデが、次第に暖かさを増す。ここが忘れられた土地であることに変わりは無い。僕らがここで美しい偽物を創ることで、また新たに何かが始まるわけでもない。それでも、僕らはこれを生業としている。王国から言われた場所へ赴き、同じように偽物の彫像を作り出してゆく。


 振り返ると、カザリの瞳が、柘榴から溢れる光に照らされていた。


「すごいね」

「あぁ」


 柘榴が冥界の植物だなんて、そんなの嘘だ。

 僕らはしばらく、互いの創り出した世界を見つめていた。

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