水無瀬さんが気になります。
夜々
変わったクラスメイトとの出会い
「ん、んんんー……」
不意に微睡んでいた意識が覚醒を始めた。
重たい瞼を擦りながら上体を起こす。
場所は高校。2年C組の教室。俺のクラスだ。
「やば……寝てた」
視線を窓の外にやれば橙色の陽光が目に差し込んできた。グラウンドから走り込みをしている生徒の掛け声やら、野球部がバッティング練習をしていると思しい打球音が響いている。
教室の正面に掛けられている時計で時間を確認すると丁度5時10分前。そろそろか……。
4月の18日。今日は新学期を迎えて初めて俺〈
日直は朝早く来て教室を開け、帰りは午後5時まで残って教室を施錠し、鍵を職員室に返しに行かなくてはならず、これらをサボると次の日も日直をさせられる羽目になる。
もちろん教室は無理に5時まで待たずとも他の生徒全員が出て行った時点で施錠してしまっても構わないが、部活やアルバイトに行くやつはともかく、特に理由もなく教室に残る連中も少なからずいる。あーいう奴らの気持ちはイマイチわからん。
大抵の生徒……特に陽の民ならば「最後に残った人戸締り頼むー」と、一言掛けて爽やかに青春の汗を流しに行くのだろうが、ところがどっこい。まだ進級したばっかりでクラスに馴染めていない俺はそういうわけにはいかない。1年の時も馴染めてたとは言い難いが……。
まぁ結局俺はクラスメイト全員が教室から出るまで寝て時間を潰してたわけだ。
お勤めご苦労様ですっ、と自分を労う。さっさと職員室に鍵返して帰るとするかね。
軽く伸びをして席を立ったその時だった。
「ん……?」
視界の端に人影が映った。なんだ、まだいたのかよ。
俺より右斜め前の方の席で残っている生徒がいたのだ。
透き通った白色をしたロングヘアーの女生徒。後ろ姿からわかるのはそれくらい。名前は……いつかわかるだろう。
ピシッとした姿勢を見るに、俺と同様眠りこけてたわけじゃなさそうだ。
どうせここまで待ったんだ。急かさず待つか。
と、俺は上げた腰を再び下ろし、なんとなくスマホを弄って時間を潰すことにした。
俺ももう一人の女生徒も音を立てることはなく、外からの音だけが耳朶を打ち時間が流れていく。
少しするとキーンコーンカーンコーンという5時を告げるチャイムが鳴った。しかし女生徒が席を立つ気配はない。
もう10分だけ待ってみるも、結果は変わらず。いったいあいつは何してんだ?
「さすがに限界だ」
俺は女生徒に退室を促すべく席を立った。
ん、んんん……と、喉の調子をたしかめまず一言。
「な、なあ」
「……」
返事がない。ただの屍のようだ。なわけあるか。
「なあ、ちょっと」
「……」
今度は少しボリュームを上げて言ってみるが、女生徒が気付く素振りは皆無。
もしかしたら自分が声を掛けられていると思ってないのでは?
一抹の懸念に思い当たり、俺は女生徒の前へと歩き出した。いくら何でも自分の目の前に現れた奴が声を掛けてきたら気付くだろ。
正面から女生徒を見下ろすと、どうやら文庫を読んでいたらしい。集中して読んでいるからと言って、人の声が聞こえないのはどうかと思うが。
「ちょっと、いいか」
三度俺は女生徒に声を掛けた。
結果は……無視! なんでだよ。
腹立つのも通り越して呆れてきたぞ。
「そんなに面白いの?」
「……ん」
腰を屈め駄目もとで訊いてみると初めて反応があった。ようやく文庫本から視線が離れた女生徒と目が合う。
白髪もさることながら、おっとりとした雰囲気を醸し出す眠たげな碧眼。喜怒哀楽に乏しそうな表情は、本を持つ袖からちょっとばかし出た小さな手と相まって高校生にしては幼い印象を受ける。
端的に言えば美少女だ。
これほど高水準の顔面偏差値を持つ生徒は校内でも多くはいまい。
内心ドキッとはしつつも平静を保って俺は用件を伝える。
「もう5時だから。外、出て」
「ご、じ……」
俺の言葉の意味をゆっくりと理解するように自らの口で呟き、時計を見上げ……しまった、と言うように元から大きな瞳をさらに見開いた。
女生徒はそそくさと机の横にかけていたリュックに文庫本を入れ立ち上がると、ペコッと女子の中でもかなり低い位置にある頭を下げた。
「……ごめん」
「ん、別に構わねーよ。これも日直の仕事だし」
どのみちこの子がいなくても今くらいの時間までは俺も残ってただろうし、気にする必要などない。
あらかじめ帰り支度はしていたようで、ものの数分でリュックを背負った白髪碧眼の女生徒は教室を後にした。
これで正真正銘この教室に残っているのは俺だけになった。やっと帰れる。
「えーっと、黒板良し窓良し……」
最後に戸締りやら諸々の点検を済ませていると。
――――ガラッ。
教室の扉が開く音がした。
振り返ればそこにいたのは、先刻教室を出たばかりの女生徒。
「忘れ物か?」
何とはなしに訊くと女生徒はフルフルと小さく首を横に振って否定した。
じゃあ何しに戻ってきたんだ?
気にはなるが名前も知らない女子について詮索するのも野暮ったい。
そのうち帰るだろうと放っておくが……。
なーんか視線を感じる。
「なんか俺に用?」
今度の返事はすぐには返ってこなかった。目の前の女生徒はおどおどと小動物を彷彿させるように俺の顔と自分の手元を交互に見やる。
やがて意を決したようにその手が肩の高さまで上げられ、控えめに左右に振られた。
「……バイバイ」
「お、おう。また明日な」
それだけ言うと今度こそ女生徒は教室に戻ってくることはなかった。
まさかさっき初めて話した俺なんかに今のを言うためだけに戻ってきたとでもいうのか?
ナイナイナイナイあるわけないだろ。
俺は問答無用でその可能性を切り捨てた。
だけど他に何かをやっている素振りはなかったし……いいや、やめよう。きっと教室でずっと居座ってたことからの罪悪感とかそういうので言ったのかもしれない。
気にする必要なんてねーのに。
「変な奴」
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