懐かしく新しく
にんじんうまい
懐かしく新しく
「秋に出会いなんかありません。秋っていうのは恋人達が飽き飽きしてくるそういう季節なんですから。」
私は仕事の帰り道、この閑古鳥がなく商店街の小さな居酒屋『
顔を赤くして意気揚々と話す私を、千代はハッハと笑い飛ばした。
「あんた、もう三十路もいいところだよ?そろそろ相手見つけてこないと、乗り遅れちゃうよ?子供は可愛いよ〜まあ夜泣きは大変だったけど。」
1歳児の母でもある千代は、母親になってからどうも世話を焼きたがるようになった。母親の性さがかなんだか知らないが、子供じゃないんだ。私だって将来のことは考えている。
「ああ、そういえばまた、うちんとこに不動産屋がやって来たよ。若い人で、顔はいいんだが言うことはいつも同じ、オタクの物件を売りに出しませんか〜って」
授乳のため酒は控えている千代は、仕方なくカルピスの入ったグラスをぐいっと飲みほす。目を細めて空の器に話しかける。
「そりゃ、着物屋なんてこのご時世客は昔なじみのお得意様しかいませんよ。ですが、こっちだって潰さないように毎日気張っているんだ。死ぬ間際の獲物を待つハゲワシのようにうちへ通うのはよしてもらいたいよ。まあ、この商店街全体がまさに死の崖っぷちに立たされちゃいるんだけどさ。」
私はゆっくりとこの小さな店内を見渡した。私たちのような年半の世代はあまりおらず、年寄りや地元で長く通っているご近所さんばかりだった。この店が初めて商店街で開店したのが由来という噂が本当ならその「
****
「おじさん、こんばんは!今日もいつものやつで。」
当たり前のように店に入るとなんだか様子がおかしい。
低い声でざわざわと数人の話声、それに構わず一人だけ必死な若者。
「ですから、この商店街を私はよくしたいだけなのです。皆さんと心の元は同じなんです。聞いてください、ここに私たち明香ホールディングスは商店街と住居一体型の新住宅方式を完成させたいんです。この商店街でないといけないんです、ですからどうか話だけでも…」
「帰った、帰った。酒がまずくなる。こんなところまで押しかけやがって、若造が。」
顔なじみの皆は彼に対して好印象ではないらしい。
小さくした背を後ろに店内から去っていく彼とそれにかまいもせず我が物顔で飲みを再開させる常連客達。
私は気づくと彼を追っていた。
「ま、待ってください!」
****
小さな公園のベンチで私たちは暖かい缶コーヒーを手に少し話した。
晩秋は肌寒く、コーヒーの熱が冷えた手に安心感を与えてくれる。
この商店街は、彼の父方の実家付近で、昔から記憶に色濃い場所だったそうだ。しかし、久しぶりに訪れたこの道は廃れ、シャッター通りへと化し、それはもう別世界だった。客足も新規はほとんど見かけず、古い者がそのまた昔を夢見るようなここは、時間の歪んだ場所だと思ったそうだ。昔に回帰するやり方では新しい客や考えに出会うことはままならないと感じた彼は、開発事業に自分から加わりこれまで交渉を続けて来たらしかった。
「僕、工事って三段階あると思うんですよ。まず取り壊して、組み立てて、最後にお披露目して。工事自体が、そのあたり一体を別世界に三回も変えるんです。工事して新しくすることは決して古いものを全く取り除くことにはならないんです。なんでも古いものは連続した流れの中で、一度解体されそれを組み替えて新しくなっているもんなんだと思います。それは、ここの住人の皆さんと時を刻みながら。」
そう言って小さく笑った彼の笑顔が忘れられなかった。
****
私は新しいこの商店街にいた。
肩が触れ合ってしまうくらいの人混み、見上げると街灯に飾られた旗や提灯が賑やかな風で揺れている。
なぜ新しいとわかるのか、それは見たことがない人たちで溢れているからだ。
人の活気は、通りの活気は、この場所の価値は。
古いを繰り返すだけでは、それを越すことはできない。
新しいものと混ざることで、この土地は成長していくんだ。
****
ベッドの上でそんな夢を見て目が覚めた。そしてあの新しい風景を見てふと感じてしまう自分がいた。
それは新しい懐かしさだった。
懐かしく新しく にんじんうまい @daydreaming-stone
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