鋼鉄の心を撃つ、希望(◆スチームパンクなディストピア風)
――デー、……メ…ーデー……
ザッ、ザザッ、とノイズ交じりの音をラジオが拾う。耳障りなその雑音に顔をしかめながら、黒いローブを纏った青年は黙々と手を動かした。
止血のつもりだが、果たしてどれだけ効果があるものか。つめたい海の中で流れた血がどれほどのものか分からない以上、青年の処置など気休めでしかなかった。
「……酷い有り様だな」
爆撃を受けた衝撃で、少女の白い肌には無数の傷があった。擦過傷。火傷。切創。柔らかい生身の肌に赤黒いまだら模様を作っている。……避難船を攻撃するなど許しがたい行為だ。
黒煙を上げて沈む巨大な船を見ながら、青年は蒸気艇を動かす。上空にいる飛空艦からは、撃沈させられた船から吐き出される黒い煙が目隠しになっているはずだ。今のうちにここを離れなくては。
――ナンバー、……が、脱走、……知、不可……
――……は、ただちに、……せよ。繰……返す、
うるさいな、と雑音ばかり垂れ流すラジオのボタンをいじる。機械的に喋る声音が不愉快だ。チャンネルを変えると女の伸びやかな声が流れ出した。流行りの歌らしいが青年は知らない。だが、血の通った人間の声は、殺伐とした景色を包み込むアリアのように、一種の神々しささえ感じた。
その歌声に応えるように、横たわっていた少女の瞼が動く。
「う……っ……」
痛む身体に、少女は眉根を寄せる。視線だけを巡らせた少女は、側にいる黒いローブ姿の青年を見て、ぎくりと身体を強張らせた。
「あ、な……、たは……?」
「……ただの通りすがりだ。敵でもないし味方でもない」
青年はローブを口元にあて、くぐもった声を出す。敵でも味方でもない。その回答に、自分が助けられたらしいとわかった少女は警戒を解いた。
「何があったか、覚えているか?」
「……、船の中に、
「……そうか。そんなことだと思った」
この戦争のために作られた、ヒューマノイド型の殺戮の兵器。
「……あの、他の人は……?」
「わからない。俺が拾ったのはアンタだけだ」
「そ、っかぁ……」
少女の目尻から涙が零れた。知らない誰かの名前を紡ぎ、苦しげに胸を上下させる。左脚を縛った布はすでに大量の血を吸い、床を赤く染めていく。この船に医療機器は積んでいない。あるのはメンテナンス用の工具と予備バッテリーだけ。
ラジオから流れる曲はいつの間にかバラードに変わっている。
ふふ、と泣きながら少女が笑った。
「いい歌。わたし、好きなの、彼女の歌……」
色の抜けた少女の唇が音を紡ぐ。けほ、と小さく噎せると、赤い血が滴り落ちた。
「ありがとう、わたしを、助けてくれて。……あなたはとても優しい人ね」
微笑む少女が伸ばした手を、青年はとることが出来なかった。
「……優しくなんかない。俺は、ヒトじゃない」
ローブを捲ると、そこにあるのは硬く、冷たい鋼の身体だ。No,19と左胸に刻印されている。口元は合成音声を紡ぐスピーカーになっており、少女が船で見たらしい機械人間と同じ造りであるはずだ。たくさんの人間を死に追いやった機械は、きっと少女にとって忌避すべき存在だろう。
「俺が謝ってすむ問題じゃないけど、同胞が人間を傷つけたのは許されるべきことじゃない。俺たちは、存在するべきじゃないんだ」
No,19は逃げ出したのだ。
人間を襲う命令を聞きたくなくて。傷つけ合うこの世界が嫌で。
――でも結局自分が逃げ出したところで何も変わらないのだ。たった一人の少女すら救えないという現実に絶望する。
「訂正、するわ。あなたは、優しい“心”の持ち主ね」
少女はふわりと笑って、刻印に指を滑らせる。
「ねえ、それなら、その強い身体で、困っている人を助けて? ……あなたが存在することに、きっと……意味は、ある……はず……だから」
――あなたは私の
終わってしまったバラードの一節を少女が唄う。あたたかく、やわらかで、まぶしい。ひとしずくの、光の欠片のような声だ。その音は、No,19の人工内耳を震わせると溶けるように消えていく。
微笑んだまま眠りに落ちていった少女の身体に触れながら、
*****
(2019/07/16)「光」をテーマにした匿名コン用に執筆したものです。
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