短編をまとめておく所
深見アキ
恋愛じゃない系
水深1,3メートルから、Nへ(◆現代ドラマ)
母校が廃校になると決まったらしい。
遅い盆休みで帰省した
「やっぱりねぇ。少子化だし、しょうがないわよね。今、六年生なんて十人もいないんですって。お隣さんのお孫さんがね、今度小学校に上がるそうなんだけど……」
息子の返事を待たずに喋る母親に、縁側に吊るしてある風鈴がちりりんと返事をする。
小学校の思い出なんてそんなに大したものじゃない。一クラスしかなかったせいでクラス替えの楽しみもなかったし、サッカーも野球も男子の人数が足りなかった。
少人数だったせいで「気の合う誰かと仲良く」というよりは、「皆で仲良く」していたが、中学や高校に上がるとぐっと交遊関係が広がり、疎遠になっていったやつも多い。
帰省のタイミングで同級生に合う回数も減ってきたな、とぼんやりしていると、低い生け垣の向こうから「和樹?」と声が上がった。
「えーっ、やだ、何年ぶり? 久しぶりじゃーん!」
「……
「アラッ、
「お久しぶりです、おばさん」
生け垣を挟んで、母と奈穂子が挨拶をする。実家が三軒先の彼女と会うのも何年ぶりだろう。化粧をしてすっかり大人びた顔をした幼馴染をしげしげと眺めてしまう。
「和樹も帰省してるっぽいってウチのおかーさんから聞いたの。ね、暇なら小学校覗きに行かない?」
どこの家でも同じ話題かと苦笑する。付き合ってよ、と言われてサンダルを引っかけた。
「和樹、今仕事なにやってんの?」
「エンジニア。そっちは?」
「あたしはウェディングプランナー。あ、結婚の予定があれば、幼馴染価格で受け付けるよ」
「あー、悪いけど予定はねーわ」
残暑きびしい坂道をタラタラとのぼりながら互いの近況を喋る。誰々が結婚しただの、海外勤務になったらしいだの。ああ、あいつか。元気かな、懐かしい――。
開けっぱなしの小学校の校門をくぐり、グラウンドに足を踏み入れる。廃校の噂を聞きつけてやってくる卒業生は珍しくないのだろう。サッカーに興じる子供たちはチラと和樹たちの方に視線を投げかけたが、すぐにボールに意識を戻した。
「うわっ、なつかしー! ここ歩いてプールまで行くのが本当に嫌でさあ」
奈穂子が指差す先はフェンスに囲われたプールだ。各教室から丸見えの渡り廊下を歩くのは、当時、女子たちから不満の声が上がっていた。
「いいなあ。今、プールの授業ないんだって。
「え、可哀想だな」
「男子だけだよ、そんなこと言うの。水着って恥ずかしいし、焼けちゃうし」
プールはもう手入れされてないらしく、フェンス越しに覗くと緑色の藻がびっしり浮かんでいるのが見えた。四角い囲いの中に貯められた水底にも大繁殖しているらしい。底無し沼のような闇が広がっていて、おもわず「うげっ」と顔をしかめた。
――そうか、このプールもう使ってないのか。俺は水泳の授業、結構好きだったんだけどな。
――そう言えば、ナカヤンっていただろ。メガネの。あいつと放課後にプールに忍びこんだことがあってさ。このフェンスよじ登ってたらソッコーで先生に見つかってさ……。
思い出を語る和樹に、奈穂子がくしゃりと顔を歪めた。あのさ、と和樹から目を逸らし、プールサイドのフェンスを握る。
「……ナカヤン、亡くなったって」
絶句した和樹の顔を見た奈穂子は、痛ましげに視線を伏せた。
「……やっぱり知らなかった……よね。私も知らなくてさ、こないだ芽衣の結婚式で、リカから聞いて……」
「何、――なんで、いつ」
「五年前。川で溺れた友達を助けに入って、そのまま……だったみたい。ニュースにも流れたらしい、けど……」
かつての友人が死んでいた。
五年前――就職したばかりの頃だ。朝も夜もニュースなんてロクに見ていない。でも。
「連絡とかは。俺のとこに、何も」
何も来ていないし知らなかった。母親だって知らないのではないか。こんなに狭い田舎町なのに。
奈穂子はゆるく首を振った。事故にあったのは彼の就職先のある他県で、実家ももうこの辺りから引っ越している。ニュースで流れたどこかの誰かの死が、まさか息子たちの同級生だなんて気付かないだろう。
「……五年も経つのに、私も最近まで知らなかった。同姓同名の別人なんじゃないのって。なんか、信じられなくて」
「……別人じゃねーの?」
「そんな縁起でもない冗談、流れるわけないじゃん……」
目線を落とした奈穂子が、スニーカーの爪先で地面をいじるのをぼんやりと見つめる。
亡くなったという事実と、自分がそれを知らなかったことに打ちのめされる。
忙しかった。新しく出来た友人もいたし、ここ何年も連絡なんかとっていなくて。そうやって疎遠になっている奴は一人二人じゃない。
ごめん、と呟いた言葉は奈穂子に対してか。それとも亡き友に対してだろうか。
小学校まで来て、ようやく思い出した友人。今さら友達面するなと――泣く資格もないかもしれない。この先、年を重ねていけば、こんな風に風の噂で誰かの死を知ることは珍しくなくなるのだろうか。二十代の和樹には分からない。同世代の死は重かった。
プールサイドの金網に指をかけた和樹は、行き場のない感情をぶつけるようにフェンスをよじ登る。ガシャガシャと金網が激しく揺れる。そうだ。あの日、こうしてナカヤンと登ったんだ。
かつての友の影はそこにない。
かつての友との思い出の場所も、もうすぐなくなってしまう。
プールサイドから水面を見下ろせば、すっかり変わってしまった自分の姿がそこにあった。ぽたりと落ちた波紋が、さざなみのように記憶を揺らす。
*****
(2019/07/16)「闇」をテーマにした匿名コン参加用に執筆したものです。
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