第5話 サーシャ
王女とその騎士団を追い返した後。俺は壁の上にいるカルラたちにもう大丈夫だと伝えた。
するとなぜかライオットの獣人パーティも壁の上にいて驚いた。ライオットたちになぜ上にいるんだと聞いたら、どうやら騒ぎを聞きつけてカルラに加勢するといって上がってきたらしい。
そんなライオットたちに感謝しつつ、皆にここであった事は誰にも言わないように口止めをした。
王女も本意ではなかったようだし、結果的に何事もなかった。ここには王国出身のハンターも多くいるし、わざわざ彼らが他国のハンターから責められるようなことを広める必要はないだろう。
そういった俺の考えをカルラもライオットたちも理解してくれて、今回のことは入居者たちには話さないと約束してくれた。
その後、俺たちは何事もなかったかのようにそれぞれの業務に戻り、今日帰ってくる予定のハンターたちが戻ってきたのを確認して閉門した。
はずなんだが、いま俺は閉門後にやってきた新規のお客を部屋へと案内している。
「なにこれなにこれぇぇ! え? 保冷の魔道具!? うそっ! 氷もできるの!? そんなの見たことも聞いたこともないわ! これがあれば今年の夏は快適ね! あっ! リョウスケ! これはどうやって使うの? 」
「これはエアコンのリモコンといって……」
俺は目の前で大はしゃぎする金髪の女性へ、リモコンの使い方を説明した。
「温度? というのはわからないけど、とにかくこの冷房ってとこに合わせてこの数字を小さくすれば冷たい風があそこから出てくるのね? 」
「ああそうだ」
「すごいわ! こんな遠くから魔道具を起動できるなんて画期的よ! 」
「そりゃどうも」
満面の笑みを浮かべ部屋の設備を褒めちぎる女性に対し、俺はそっけなくそう答えた。
目の前でミスリルの鎧から部屋着に着替えた20歳くらいのこの女性は、160センチほどの身長に金髪の長い髪を後ろでひとまとめにしている。
その首筋から覗く肌は白く、顔は少し幼い印象を受けるが非常に整っている。残念なことに胸は無いが、お尻は大きく歩くたびに形を変えてとても柔らかそうだ。彼女は俺が地球で見た、どんなモデルや女優よりも美人なのは間違いないだろう。
そんな女性に自分が作った部屋を褒められれば、いつもの俺なら頬や口もとが緩んだだろう。だが、この女性に対しては微塵もそんな気分になれない。
そんな事を考えながらリモコンをポチポチしているその女性を眺めていると、リビングのドアが開きエルフの女性と一緒にミレイアがリビングに入ってきた。
エルフの女性は身長165センチほどで、金糸のような細く美しい髪からは長い耳が覗き見える。彼女の顔は恐ろしいほど整っており、その肌はまるで雪の妖精かと思わせるほどに白く透明感がある。
先ほどの女性同様に胸は無いうえに尻も小尻といっていいほどだが、それを補って余りあるほどに美しい。彼女に関しては一日中眺めていたいほどだ。
そんなこの世のものとは思えないほど美しいエルフが、俺のもとへと駆け寄ってきて両手を握り興奮した表情で口を開いた。
「ちょっとリョウ! あのトイレ何なの!? 控えめに言って最高なんだけど! いくらでも払うから私に売って頂戴! 」
「ちょっとリーゼ! 抜け駆けしないでよ! 私も王宮の部屋にシャワーとドライヤーっていうのと、このエアコンが欲しいわ! あっ、冷蔵庫も! リョウスケ、お金はいくらでも払うから私にも売りなさいよ」
「王宮? 」
「馬鹿! サーシャ! 」
「あっ! お、王宮なんて言ってないわ! 王都にある私の部屋と言ったのよ」
「……まったく、いいかサーシャ。ここではお前はただのハンターだ。王女であることを表に出すな。ほかのハンターの前で出した途端にここを追い出すからな? そういう約束でここに泊まるのを許可したことを忘れるな。いいな? 」
俺は真顔でサーシャへそう言って忠告した。
そう、今俺の目の前にいる女性はアルメラ王国の第三王女であるサーシャ・アルメラと、その王女のお守り役であり宮廷魔術師でもあるらしいエルフのリーゼロットだ。
なぜ騎士団とともに王国へ帰った彼女がマンションにいるのかって?
今から1時間ほど前のことだ。夕食を食べながら恋人たちと今日は散々な一日だったなと話してたら、突然部屋のインターホンが鳴ったんだ。
それに出てみるとカルラが困った顔で立っていた。そして王女とエルフが戻ってきて、空から敷地内に侵入してきたと伝えてきた。
どうやら騎士団の姿はなく二人だけらしく、俺に取り次いでくれの一点張りで出ていってくれないらしい。
いったいどういうつもりだと首を傾げながらも、俺はシュンランとミレイアを連れて外に出た。
そして敷地の中央でカルラたちに囲まれている王女とリーゼロットに何のつもりで戻ってきたのかと聞くと、二人はここに泊まるためだとシレっと答えた。
俺はそんな二人の態度に青筋を浮かべながら、さっきここを攻め取ろうとしたのを忘れたのかと告げた。すると二人は今の私たちはただのハンターだと答え、EとDランクのハンター証を俺に差し出した。
俺はそれを見てそう来たかと舌打ちした。
さすがに王族がハンター登録しているなんて予想していなかった。
どうやって切り返そうか考えていると、王女が『ハンターならここに泊まれると聞いたわ。私たちは王国とは何の関係もない善良なハンターなの。ここを追い出されたら、民間人で低ランクの私たちは夜の森で死んでしまう』と、そう敷地内中に響く声で叫び、俺の良心を攻撃してきた。
エルフがいるのに何が低ランクだ! 早く出ていけ! と言い返したかったが、別館から何事かと王女のことを知らない獣人や魔国のハンターがワラワラと出てくる姿を見て口をつぐんだ。
ここで俺が低ランクの女の子二人を夜の森に放り出せば、入居者に鬼畜呼ばわりされるだろう。
サーシャたちはこれを狙ったなと苦々しく思っていると、リーゼロットが王国はこの土地を攻め取ることはないと。もしもそのようなことがあれば、私の命を懸けて阻止をすると。それをこの場で精霊に誓うと言いだした。
その言葉にカルラたちが驚いたのを見てどういうことかと聞くと、エルフが精霊に誓うというのは相当重いことで、絶対にその誓いは破らないそうだ。
そこまでしてなぜここに泊まりたいのか逆に疑問が湧いたが、これ以上騒ぎが大きくなるのは避けたかった。
だからシュンランとミレイアと相談して、王女がここでは身分を捨ててハンターとしてマンションのルールを守るなら泊めてやることにした。その代わり王女には、王族の身分を出したらすぐに出ていく事を約束させた。
もうあの騎士団から王国に伝わるのは時間の問題だ。そこでマンションの設備を知られたからといって、何かが変わるわけじゃない。ならもしも王国の貴族が来た時のために、王女がいた方がいい。自国の王女がいるここを攻めようとは思わないだろう。自分の騎士団長すら制御できない王女だから不安は残るが、少なくとも時間稼ぎにはなるはずだ。
そういう打算もあって泊めることにしたんだが、この二人は売上に貢献してあげるといって一番広くて良い部屋を要求した。
余計なお世話だしもっと低ランクハンターらしくしろとか思ったが、目の届く場所に二人を置いておいた方がいいとも思い、神殿の一階奥にある2LDKの部屋を貸すことにした。
この部屋はフジワラマンションで一番広い部屋で、カルラの仲間である街にいた女性たちをいっとき泊めた以外は誰にも貸したことはない。
賃料は一泊銀貨4枚に設定したんだけど、サーシャはもっと高い部屋はないのかと受付で不満気だった。
そんな低ランクハンターの言葉とは思えない発言に俺は再び額に青筋を浮かばせながらも耐え、ダリアとエレナにこの生意気な王女を部屋へと案内するように頼んだ。
そしたらサーシャは俺に案内して欲しいと言い出して、ダリアとエレナも恐縮していたしで仕方なくミレイアを連れて案内することにしたわけだ。
サーシャは最初は玄関に入るなり狭いだのとブツブツ言っていたが、キッチンや浴室の設備の説明をしたら目を輝かせて凄い凄いの言葉を連発しだした。
リーゼロットもトイレを気に入ったようだ。
そして終いには王宮の部屋にも欲しいから売ってくれときたもんだ。そんないきなり約束を破るサーシャに、俺は呆れながら注意をした。
「わかってるわよ。ちょっと口が滑っただけよ。でも売って欲しいのは本当よ。ね? いいでしょ? 」
サーシャは俺の警告に唇を尖らせながら言い訳をし、そのあと猫なで声で再度売ってくれとお願いをしてきた。
「残念だがここにある魔道具は、この部屋の中でだけ動く仕組みになっている。ああ、部屋から持ち出すこともできないから無駄なことをしないように。構造を調べようと分解もするなよ? どうせ分解してもわからないから。それに魔道具を故意に破損した場合は、弁償だけじゃなく悪質な入居者ということで出ていってもらうから」
「ええ〜、ここ以外で使えないの? 魔道具なのに? 」
「ここから持ち出せないってどういう仕組なのかしら? 」
「秘密だ。とりあえずこれで説明は終わりだ。使い方がわからなくなったら、今後は管理人室のダリアに聞いてくれ。間違っても俺の家に来ないように。じゃあ俺たちはこれで。ミレイア、帰ろう」
「は、はい! あ、それではリーゼロットさん、サーシャさん。おやすみなさい」
不思議がる二人を置いて俺はミレイアの手を取り出口へと向かった。
リビングからまだ聞きたいことがあるとかいうサーシャの声が聞こえてきたが、俺はそれを無視して部屋を出た。
まったく、今日は一日中あの王女に振り回されたな。
見た目は良いんだけどな。でも中身があんな自己中じゃな。
はぁ……しかしとんでもない客を泊めることになっちゃったな。
あの二人大丈夫だろうな? ほかの入居者と問題を起こさなきゃいいけど……
まあ、あんなんでも王女という身分だし、そんな長居はしないだろう。契約も一週間だけだし、少しの我慢だな。
俺はミレイアの腰を抱き、そんな事を考えながら家へと帰った。
そしてシュンランとミレイアに、この大変な一日の疲れをお風呂とベッドでたっぷりと癒やしてもらうのだった。
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