第12話 退去立会い




「あ〜ボルトンさん。装備を外さないままソファーに座りましたね? ほら、ここが思いっきり破れてます。あと洗面所の鏡がなぜ外れてるんです? まさか持って行こうとしたわけじゃないですよね? 」


 俺は目の前で罰の悪そうな顔をしている中年の人族の男性に、薄すら笑みを浮かべながら言った。


「い、いやそんな事しねえって! あまりによく映るから裏側がどうなってんのかなと思って見てみただけだって」


 男性は両手を前に出して振り、慌てて否定した。が、その目は見事に泳いでいる。


 これまで何百回と退去立会いをしてきた俺に、そんな誤魔化しが通用するわけないだろうに。


「そうですか……まあいいです。そうですね、原状回復費用として銀貨2枚追加でお支払いください」


「ゲッ! 清掃費用のほかにそんなに取るのかよ! 」


「普通に使っていただけていれば発生しなかったお金です。ボルトンさんのパーティの他の皆さんは最初に頂いた清掃費用で補える程度でした。これでもタルシンさんの紹介のお客さんなのでお安くしてるんですよ? 」


 まあギフトで直せばそんなにかからないんだけどな。この男は鏡だけじゃなくて、色々と持って帰ろうとした形跡がある。こういう人間には甘い顔をしたら駄目だ。というかCランクのくせにケチくさい男だな。


「グッ……しかしいくらなんでもこんくらいの破損でそんなには……」


「そうですか。俺も忙しいので、払うのが嫌だというのでしたらもういいです。その代わりボルトンさんのパーティのご利用は今後お断りさせていただきます。ではこれで」


 このあとまだ8部屋の退去立ち会いが残ってるし、いつまでも時間を掛けてはいられない。こんなことを言えば評判は悪くなるだろうが、ゴネたら負けてもらえると思われるよりはマシだ。


 そんなことが広まったら今後この何十倍も時間が掛かる。部屋の設備を壊す客や、支払いを渋る客は切り捨てていかないと仕事も増えるし利益も減るだけだ。


 そう考えた俺はいつまでも支払いを渋る男に、最終手段としてもう払わなくていいと告げて玄関を出ようとした。


 すると男は慌てた様子で追いかけてきた。


「ま、待ってくれ! 俺が悪かった! 払う! いや、払わせてください! だからまた利用させてくれ! 俺のせいで利用できなくなったらパーティの皆にフクロにされちまう! ほら、銀貨2枚だ! 受け取ってくれ! 」


「……お支払いいただけるのでしたら問題ありません。はい、確かに。ご利用ありがとうございました。それではお昼までに退去をお願いしますね。失礼します」


 俺は男が頭を下げながら差し出した銀貨を受け取ったあと、玄関を出て次の部屋へと向かった。


 まったく、手間のかかる男だ。こりゃ紹介以外の客だったら、日本の時みたいに脅してくるのも出てくるだろうな。こっちの客の方が激昂したハンターが剣を抜きそうだから厄介だけど。


 ほんと、退去立会いは日本もこの世界も嫌な仕事だよな。でもやらないわけにはいかない。原状回復のギフトもタダじゃないんだし。


「ハァ……次行くか」


 俺はため息を吐きながら、次の立ち会いがある隣の部屋のチャイムを鳴らすのだった。



 ダリアさんたちを雇うことに決めてから二週間ほどが経ち、13月も半ばになった頃。


 俺は真冬のこの寒い中。早朝から神殿の地下でハンターたちの退去の立ち合いに追われていた。


 二週間前に昼から夜にかけて立て続けに入居したお客さんたちも、カルラさんたち以外は今日でみんな退去してそれぞれの街へと戻っていく。


 この世界でも年末年始は狩りを休みゆっくりするらしく、街に戻ったらみんなそれぞれの国に帰るそうだ。そういったこともあり、今回来たハンターたちは今年最後の稼ぐチャンスだと張り切っていた。


 Cランクのハンターたちは俺が作った森道のおかげで、前回よりも奥に行くことができ帰りも楽になったと好評だった。カルラさんたちなんて、荷車を持っていけるじゃんって大喜びしてたよ。


 カルラさんは前回2日以上遅れてここを出たのに、レフたちがやってきた翌日の早朝にはやってきた。ここを去るときに言っていたように、ダリアさんのことが心配で急いで戻ってきたようだ。


 そんなダリアさんが回復し元気に受付を手伝っている姿を見て、カルラさんたちは皆ホッとした様子だった。


 そしてその日の夜に、ダリアさんとエレナさん。そしてカルラさんとサラさんを家に呼んで、俺が二人を雇いたいとカルラさんに頼んだ。


 カルラさんもサラさんも、まさか俺が彼女たちを雇いたいと言い出すとは思っていなかったらしくかなり驚いていた。その後カルラさんはダリアさんとエレナさんに意思を確認し、二人がここで働きたいと言ったら承諾してくれた。俺のところなら安心だと、ここに来ればいつでも会えるからって。


 ただ、カルラさんはパーティを抜けてもダリアさんの治療費は、棘の戦女で工面すると言い出した。これにはサラさんも頷いていた。


 彼女は自分の指揮が未熟なせいで怪我をさせてしまったのだし、治さないとクロエちゃんが責任をずっと感じたままになる。なにより怪我をしたからパーティから追い出したと思われたら、治療を待っている街にいる子たちが不安になるから必ず治すと言っていた。


 そんなカルラさんにダリアさんは、行くあてもない私たちを拾ってくれた大恩あるパーティには迷惑をかけたくないと。ここで働いてお金を貯めて自分で治すから気にしないで欲しいと。クロエには私から言い聞かせておくと反論した。


 でもカルラさんは一切折れることなく、必ず治すから少し待っていてくれの一点張りだった。


 これは話がまとまらないなと思った俺は、シュンランに目配せをされ二人の中に割って入ることにした。


 俺はカルラさんにダリアさんはもう棘の戦女のメンバーではなく、うちの従業員になるので個人の意思を尊重して欲しいとお願いした。


 そしてダリアさんには、カルラさんもクロエちゃんも守れなかったことを悔やみ、その気持ちを糧に狩りを頑張ろうとしているんだからその気持ちもわかってあげて欲しいと伝えた。


 俺の言葉を二人は理解はしてくれたがそれでも何か言おうとしていたので、ならお互い治療費を折半にすればいいじゃないかと提案した。


 その結果。二人は渋々だけど俺の提案を受け入れてくれた。どちらも譲る気がないことを察したのだろう。


 その後、棘の戦女の皆にはカルラさんとサラさんから説明してもらい、ダリアさんとエレナさんが皆に挨拶回りをしたあと。晴れて二人はうちの従業員になったわけだ。


 棘の戦女の皆は街で買ってきた服や化粧品なんかをダリアさんたちにあげたりして、絶対に治すから待っててと励ましていた。


 俺はその姿を見て、わかってはいたけど本当に固い絆で結ばれているパーティだなと改めて思った。そしてそんな彼女たちから預かった二人を大事にしないといけないなとも。


 その後ダリアさんたちは、住居用に改装した管理人室に住みながら一生懸命働いてくれた。


 シュンランとミレイアが作ったお弁当の販売から消耗品の管理や補充。入居者への対応にマンションの共有部分の掃除まで、今まで手が回らなかったことを全部やってくれている。階段や通路は部屋じゃないから原状回復ギフトの範囲外だから本当に助かる。


 俺も仕事が減ったし、シュンランたちも後回しにしていた新しい部屋のナンバープレートの作成や館内地図の作成などができるようになった。


 そんな彼女たちのおかげもあり、今回のお客さんもこのフジワラマンションに大満足してくれたようだ。狩りの方は餌不足の冬で魔物が凶暴化していることもあり、通常の季節より怪我こそ多かったようだけど、死者を出すことなく多くの魔物が狩れたと喜んでいた。


 俺の飛竜狩りは全然だったけどな。飛竜は飛んでるんだけど、北風が強くてまったく気付いてくれなかったんだよ。


 だから日中は燻製作りをほどほどにして、シュンランたちと家でぬくぬくしてた。リビングに新たに設置した掘り炬燵こたつに入り、俺が作った双六をみんなでミカンに似た果物を食べながらやったりしてね。


 双六は安い和室の部屋を作って、ふすまに張られているふすま紙を剥がして油性マジックペンで書いて作った。サイコロも木製の6面の物を作った。ちなみにこの世界にも勇者が伝えたというサイコロがあるようなんだけど、それは16面らしい。そういえば古代中国のサイコロってそんなんだったな。


 双六はハンターが出世していく人生ならぬハンターゲームで、魔物と戦いハンターランクを上げてSランクハンターになったらゴールというゲームだ。双六の目で魔物と戦い勝った負けたをしながら進むので、我ながらよくできたと思う。シュンランとミレイアも思った以上に楽しんでたし、二人の喜ぶ顔が見れて俺も嬉しかった。


 ところが夜によく遊びに来るクロエちゃんともやったらそこから皆に広がり、棘の戦女やレフやほかのハンターたちから制作依頼が殺到した。おかげで日中はひたすら双六作りをする羽目になった。作るのは結構大変なので、ある程度数を作ったら今後はマンションの貸し出し用遊具にしようと思う。遊戯室でも作って置いておこうかな?


 もともとは、シュンランとミレイアが喜んでくれればと思って作ったんだけどな。


 そのシュンランとミレイアだけど、二人とは日に日に仲が深まっている。さすがに二ヶ月以上毎日一緒に過ごしていれば、俺が二人の生命線だからとかではなく、一人の男として好意を抱いてくれているのが伝わってくる。


 でもシュンランは俺が無茶をすると本気で怒る。それはもう嫌われてもいいってくらい怒る。そして最後は心配かけるなと抱きしめてくれる。もうそこから愛情がバシバシ伝わってくる。


 ミレイアは真っ直ぐな子だ。彼女は意外と頑固なところがあるけど、自分の気持ちに正直だ。好きなものは好きだし、嫌いなものは嫌いとハッキリ言うし行動にも示す。色んな意味でハンターたちに人気の彼女は、受付の時に色目を使われても臆することなく一蹴する。俺もそのハンターを物理的に一蹴する。浮気された経験のある俺としては、こんなに安心できる子はいない。


 そんな男のハンターに対しては冷たい彼女だけど、俺に対してはすごく献身的だ。毎日俺の身の回りの世話を一生懸命してくれるし、シュンランと同様にいつも俺のことを心配してくれている。何をするにも自分のことは後回しで、本当によく尽くしてくれる。


 具体的には料理は俺が好きなものを中心に作ってくれるし、常に隣でご飯を食べさせようともしてくれる。お風呂から出たら着替えを用意してくれてるし、俺が寝るまでずっとリビングで待って電気を消してから自分お部屋に戻っていく。そのうえ男が苦手な彼女が、いつも俺の隣でピッタリと寄り添っている。そこまでされて惚れない男も、彼女の気持ちを疑うやつもいないと思う。


 そんな彼女たちを一時的にでも、命やインフラを俺が握っているから好きになろうとしているんだと疑ったあの時の自分を殴りたい。二人は俺に媚びたりは一切しないというのに……シュンランがあの時言ったように、二人はそんな安い女性なんかじゃない。


 今ならハッキリと言える。俺たちは両想いだ。彼女たちの口から好きだとか告白されたりはしないが、二人とも毎日態度でそれを示してくれている。


 なんとか二人にもう一度気持ちを打ち明けて恋人同士になりたい。けどあの二人が抱いて欲しいと言ってきた夜以降、なかなかそういう話をする雰囲気にはならない。二人っきりになって話す機会があればまた違うんだけど、二人はいつも一緒だ。寝る部屋も同じだしな。


 だから両想いでも、俺たちはとてもプラトニックな関係を続けている。


 本音を言うならもう一歩関係を進めたい。けどなかなかあの夜のようなチャンスはない。そりゃ女性が勇気を出して抱いてと言って断られたんだ、彼女たちからは二度と来ないだろう。結構ショックだったと言っていたし。


 かと言って二人の部屋に夜這いするわけにもいかない。それはなんか違うんだよな。身体が目当てだと思われるのも嫌だし。やはり二人とゆっくり話をできる機会と雰囲気を作らないといけない。


 けどどうやってそんな機会や雰囲気を作ればいいんだか……


 俺は二人との関係を進展させることに頭を悩ませながら、残りの部屋の退去立会いをこなしていくのだった。


 そして全ての部屋の退去立会いが終わり、レフたちや今回利用してくれたハンターたちが、1ヶ月後の年明けに来るからと言い残してマンションを後にした。


 その翌日にはカルラさんも退去手続きを終え、ダリアさんたちを全員が抱きしめたあと街に帰ろうとしていた。


「んじゃあ今度は1ヶ月後に来るからよ! ダリアとエレナのことよろしくな! 二人がおとなしいからって手を出すんじゃねえぞ? イシシシ! 」


 マンションの入り口で、カルラさんがいたずらっ子のような目で俺にそう言ってからかった。


「出しませんよ。二人は大切な従業員なんですから」


「まあアタシより上玉のシュンランたちにも手を出してねえんだもんな。アタシの誘いも全部断るくらいだし大丈夫か。まったく、いつも胸の谷間を見てるくせに意外と奥手なんだからよ。女として自信を失っちまうぜ」


「そ、そんなことは……」


 ぐっ……バレてたか。


「あっははは! 相変わらず可愛い男だな! でもそろそろシュンランとミレイアを抱いてやれよ? 二人は待ってるんだぜ? だってこの間夜に話した時によ……」


「カルラ! 」


「カ、カルラさん! 」


 カルラさんが続けて何か言おうとすると、シュンランとミレイアが顔を赤く染めながら割って入った。


 え? 待ってる? いったいどんな話をカルラさんとしていたんだ?


「あっといけね! イシシシ! じゃあまたな! 」


 カルラさんはそういってパーティを連れてマンションを去っていった。


 最後に残した言葉が気になる……聞きたかったな。


「まったくカルラは! 」


「あの人は口が軽すぎです……」


「その……カルラさんと話したことって」


「な、なんでもない! 涼介は知らなくていいのだ」


「そ、そうです! なんでもないです。忘れてください」


 俺はなんのことか詳しく知りたかったが、やはり二人が素直に話してくれるはずもなく諦めることにした。まさか夜這いを待ってるってわけじゃないだろうし……だったら嬉しいんだけど。


「涼介。カルラのことはいいから、早くやろう」


「あ、うん。それじゃあみんな帰ったし、ダリアさんとエレナさんは大部屋の清掃をお願いします。俺は新しい部屋を作るので」


 俺はシュンランに促され、ダリアさんたちに地下の大部屋の掃除をするようにお願いした。俺たちはこれからここで新しい部屋を作らないといけないからな。


 そう、今日は1階に俺たちの新居を建てる日だ。お客さんたちがいる時に1階に作るわけにはいかなかったので、みんなが退去した今日に作る予定だった。


 地下には作れるだけ部屋を作ったし、追加の部屋も作る予定だが先に新居を作ることにしたんだ。


 魔石は今回の収益でDランク魔石500個以上。Eランク魔石換算にすると千個以上得たから問題ない。割引しまくってもこれだ。他にも現金収入として、弁当の販売の収益もある。一つ銅貨5枚と、この世界の弁当の倍の値段がするのに毎回完売したおかげで2週間で銀貨60枚も稼げた。


 新居はこの日のためにシュンランとミレイアと三人で間取りを考えたし、荷物もすでにまとめてある。建てたらすぐに引っ越しができる状態だ。


「はい。1階に新居を建てられるんでしたね。それでは1階に行かないようにします」


「お願いします」


 ダリアさんたちはシュンランに言われているのか、いつも知らない間に部屋ができてもどうやって作っているのか一切聞いて来ない。気の利くシュンランもそうだけど、ダリアさんたちも物わかりが良い子たちで助かっている。


「では清掃してきます」


 ダリアさんはそう言ってエレナさんを連れて階段を下りて行った。


「それじゃ建てようか」


「ああ、涼介と考えた私たちの家か。楽しみだな」


「たくさん話し合って決めた間取りなので、どうなるのか楽しみです」


「そうだな。俺もどういう部屋ができるか楽しみだよ。それじゃあ一番手前に建てるか」


 俺は地下ほどではないが体育館1つ分はありそうな1階のフロアを見渡し、太陽の光が入るよう石扉のすぐ隣。管理人室の向かいの場所に立ち、間取り図のギフトを発動するのだった。




 ※※※※※※※


 作者より。


 次話でいよいいよ三人の関係が一気に進みます。









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