第10話 原状回復精算
「よっし、後は骨を埋めるだけだな」
レフと新規のハンターたちが退去してから四日ほど経過した頃。
俺は仕留めた飛竜の解体をマンションの中庭で行っていた。
レフと新規客のハンターたちは、四日前にまた十日後に来ると言って笑顔でここを去っていった。
ミリーがまた朝から帰りたくないニャとか駄々をこねて、ベラに怒られてたけど。あの子は猫なだけあって本当に綺麗好きで、お風呂にどハマりしているからな。ヘヤツクがデザイナーズマンションの流行り出した2000バージョンになれば、大きなジャグジーバスがあるから設置した時の反応を見て見たいな。
そうそう、カルラさんたちもその二日後には全員が怪我から回復し、ダリアさんとエレナさんにすぐに戻ってくるからと言って急いで街へと戻っていった。その際に棘の戦女のみんなからダリアさんのことをお願いされたよ。
クロエちゃんなんてお金を渡そうとしてきたけど、友達だからと言ってそっと返した。そんな俺の言葉に彼女は一瞬驚いたあと、コクリとうなずいてくれた。その口もとは少し笑っているように見えたので、お金を受け取ってもらえるより安心してくれたようだ。
クロエちゃんはずっとダリアさんに抱きついて泣いて謝ってたからな。自分を庇ったせいで腕を失わせてしまったことに、相当責任を感じているみたいだ。
あの日の翌日に精神力が回復してからは、中庭でサラさんと一緒に炎のギフトの練習をずっとしていたし。もっと自分が強ければって思ったんだろうな。
そんな彼女の気持ちを察しているのか、ダリアさんはクロエちゃんの前ではずっと笑顔だった。辛くないはずがないのに、クロエちゃんに責任を感じさせないように。
カルラさんたちが退去した後もダリアさんの回復は順調で、今朝ダリアさんがエレナさんと一緒に完治したと報告してきた。
それでその時に何か手伝わせてくださいと言ってきたんだ。良い部屋に無料で住まわせてもらったことと、美味しい料理を毎食作ってもらったお礼をしたいらしい。
俺はシュンランたちが友達のためにしていることだから、気にしなくていいんですよと言ったんだけど、与えられたままなのは気が重いらしい。
それならと、俺は退去した部屋の掃除を二人にお願いした。
一部の部屋は破損があったけど、基本的にみんな綺麗に使ってくれていたから、掃除機と拭き掃除くらいで済むと思うしな。
今朝のそんな一幕を思い出しながら、俺は地上げ屋のギフトで『奈落』を発動した。そして中庭の地面に大きな穴を開けて飛竜の骨を埋めていった。
そして切り分けた肉をラップに包んでいると、ふと貸し倉庫の横にブロンドの三つ編みの女の子がいることに気づいた。エレナさんだ。
「ん? もうそんな時間か」
彼女は今朝俺と一緒に物干し竿に干した、布団とマットレスを取り込もうとしているようだった。
貸部屋の布団はもっと早い時期に干そうと思っていたんだけど、レフたちが退去してからはずっと曇り空だったので干すに干せなかった。それで今日やっと晴れたので干そうと思ったら、エレナさんが私がやりますというので一緒に干したんだ。
これがまた大部屋のマットレスもあって数が多い。エレナさんは今朝干している時に、取り込むのは一人でできますって言っていたけど数が数だしな。
俺は解体を中断し彼女のところへと向かい、2組の布団を抱えている彼女に声をかけた。
「エレナさん、もう取り込むの? なら手伝うよ」
彼女が持つ布団を取り上げながらそう言った。
「だ、大丈夫です。一人でできますから。ずっと畑仕事と荷物持ちをしていたので力はあるんです。ですからリョウスケさんはお仕事を続けてください」
エレナさんは、そのそばかすの残る顔を恥ずかしそうにうつむかせながらそう答えた。
「女の子が重労働している横で、黙って見ていることなんてできないよ。それに飛竜の解体はもう終わってるんだ。後は新しく作った倉庫にしまうだけだからさ。ほら、今朝みたいに俺が全部運ぶから、エレナさんは各部屋に置いていってもらえるかな? 」
「は、はい。その……ありがとうございます」
「いいっていいって」
俺は頭を下げるエレナさんにそう言って笑いかけ、10組ほどの布団を両肩に担ぎマンションの入口へと歩き出した。
まだあまり目は合わせてくれないけど、薄っすらと残っているそばかすといいブロンドの三つ編みといい。純朴な田舎娘って感じでいいよな。こんな子でもカルラさんたちに身を守る術を教わり、ゴブリンをナイフで倒しちゃうんだからこの世界の女性はたくましいよな。
それからエレナさんと各部屋へと布団を設置し終え、俺は飛竜の素材と肉を新たに作ったオーナー用倉庫へとしまった。皮と鱗の処理は後日、解体所でやるつもりだ。
この倉庫は飛竜を狩るようになってから、解体所の隣に作った物だ。中には大型の冷蔵庫が大量に設置してあり、岩猪や火熊に飛竜の肉が冷凍されている。飛竜以外の魔物の素材は少しづつレフに渡し、街で売ってきてもらっている。けどここで狩った4匹分の飛竜の素材は、かさばるためそうもいかない。
かといって持っていても仕方ないので時期を見てレフに獣人の商人を紹介してもらい、まとめて引き取りに来てもらうつもりだ。
獣王国に知られるリスクはあるが、人族連合と教会に知られるよりはマシだろう。
というのも、この神殿がある土地は千年以上前は人族の国があったらしい。確かに岩場というか、もとは建物っぽい瓦礫を森の中で見かけたことがある。
そしてここから北に十日ほど行った場所には教国があったらしく、聖地認定されているらしい。
人族の国は王国と帝国があるんだが、それぞれ失った土地を取り戻すために日々滅びの森に軍を派遣し魔物を狩っているそうだ。森のあちこちにに不自然に拓けた場所があるのは、軍の野営場所だったり、駐屯地を作ろうとして失敗した跡らしい。
どうも王が変わる度に大規模な進軍をするようで、一時はここよりさらに2日ほど北に行った場所まで進軍したことがあるらしい。その都度魔物の襲撃によって失敗に終わっているようだけど。
教会の目的は聖地奪還で、そのために人族の国や獣王国に協力しているそうだ。腐敗しまくっている教会が、聖地を本気で取り戻す気があるか怪しいけど。
そんな人族の国や教会にここを知られれば、間違いなく奪いに来るだろう。時間の問題なのはわかっているが、なるべく遅れさせたいので商人は時期を見定めてから呼ぶつもりだ。そのためにオーナー専用の大型のMy倉庫を作ったわけだ。
そのMy倉庫に飛竜の素材をしまった俺は、日が暮れてきたこともあり家へと戻った。
そして掃除を終えたダリアさんとエレナさんを誘い、一緒に夕食をとった。
二人とも掃除を頑張ってくれて、部屋がすごく綺麗になっていた。
俺は楽しそうにシュンランとミレイアと話している二人を見て、もう大丈夫そうだなと思い翌日から日中の狩りを再開することにした。
そして翌日。
日課の朝練……といってもずっとペングニルで突きと払いの型を反復しているだけだが……どうも俺の身体能力は異常なほど高いから、それを最大限活かせる突きと払いを極めるべきと言われた。なのでひたすら毎日反復してるわけだ。
気を抜いた突きをするとシュンランにすぐバレて怒られるから、結構な緊張感がある。
朝練をシュンランに見てもらいながら行ったあと、朝食を食べ終え二人に見送られながら家を出た。
そして神殿の石扉を閉じ、森の北へと木々を倒し道の横に避けながら進んだ。
木を倒しながら進むのは、今後Cランクのハンターたちが増えた場合に備えて、少しずつ歩きやすい森道を作っておこうと思ったからだ。整地まではしないが次にカルラさんがくる時までに、北方面に人が3、4人は並んで歩けるくらいの道をざっとだけど作ろうと思う。
もちろん道を作りながら狩りも当然した。俺なりに頭にきていたので、風豹っぽいのがいたらこちらから近づいて狩りまくった。
そしてマンションに帰った時にその毛皮をダリアさんの前に並べ、仇は取った伝えたんだ。少しは気を晴らしてもらえるかと思ってさ。
そしたら彼女は笑いながらありがとうございますって言ってさ、一緒にいたエレナさんもシュンランもミレイアまでクスクスと笑ってた。
ちょっと子供っぽかったかな。失敗した。
そして翌日も道を作りながら狩りを続け、部屋を作れるほど魔石が貯まったので夕食前に作ろうと地下で『間取り図』のギフトを発動した時だった。
いつものように金色に光るパソコンが現れヘヤツクが開くのを待っていると、画面に『ヘヤツクver.1990』と『マンカン』という二つのアイコンが表示された。
「は? なぜマンカンが? 」
マンカンとはヘヤツクを開発している会社が作った、『マンションを管理しよう』の略称だ。これはいわゆるマンション管理ソフトと呼ばれるものだ。
マンション管理ソフトとは賃貸マンションの場合なら、建物の修繕(補修工事)や入居者の家賃や契約の管理を簡単に行えるように作られたソフトのことをいう。
簡単に言うとヘヤツクは部屋や建物の図面を作るソフトで、マンカンは建物全体とそこに住む入居者の管理や家賃収入等を管理するソフトだな。
俺もこのソフトを使ってはいたが、基本的に入居者の契約期間や家賃の滞納状況の確認。そして退去時の原状回復工事費用の計算や、入居するうえでのルール等の書面を作ることくらいでしか使っていない。
建物の修繕やエレベーターなどの各種設備の管理は、別の部署がやっていたしな。
しかしなんでいきなりこんなのが現れたんだ?
「あっ! この間シュンランが言っていた派生ギフトってやつか! 」
同じマンション繋がりのギフトだし間違い無いだろう。
しかしヘヤツクのバージョンが上がるより先に、派生ギフトを取得したってことかよ……てっきりバージョンアップが先だと思っていたのにな。
建物を建てるのに必要な『募集図面』を派生ギフトとして取得すると思っていた。それなのにまさかマンション管理をするギフトが先とはな。
入居者を募集して貸すことを始めたわけだから、その管理が先というのもわからなくはないが……
とりあえず開いてみるか。
俺はとりあえずソフトの確認をしようと、マンカンのアイコンをクリックした。
すると画面の右端の中央部分に『原状回復精算』という文字だけが現れた。配置的に上や下に明らかに他の項目もありそうだが、どれも暗くなっていて見えない。
「原状回復精算だけか。入居者管理があれば良かったんだけどな。そしたら契約期間の管理ができて便利だったのに。今は紙に書いてるしな。ということは原状回復精算用のチェック画面と、見積もりの表だけってことか」
原状回復とは、部屋を借りた時の状態に戻すことを言う。
入居者が退去後、不動産会社の職員が立会いのもと部屋を確認し、床・天井・エアコンなどの備え付けの設備や電化製品。そしてベッドやソファーや寝具など、清掃やクリーニングをしただけでは落ちないほど汚れていたり壊れていたら入居者に追加請求する。
この『原状回復精算』には、その時に部屋の間取り図と設備等の状態を確認するチェック項目のフォーマット。そして内装業者からの見積もり金額などを打ち込む表などがある。
俺はこんなもの使えてもなぁと思いつつ、『原状回復精算』をクリックした。
しかし画面に現れたのは、俺の知っているものではなかった。それどころか右上に必要魔石0と書かれている以外は、真っさらな画面だった。
「なんだこれ? これでどうやって退去立会いしろってんだ? 」
せめて部屋の間取り図でもあれば……ああそうか。部屋の中でしか使えないってことか。
俺は部屋の外では使えないのかと思い、入居者がシャワーヘッドを落として壊し、ソファーの革も破いてしまった1Rの部屋へと向かった。この部屋はあとでヘヤツクで買い替えようと思っていたので、ダリアさんたちに掃除をしなくていいと言ってあった部屋だ。
そして部屋の中に入り、背もたれの部分が破れているソファーの前で再び間取り図のギフトを発動した。そしてマンカンをクリックし『原状回復精算』を開くと、予想通り画面に今いる部屋の間取り図が映し出された。
その間取り図の右上にはE魔石×3と表示されており、間取り図上に表示されている浴室とソファーが赤く光っていた。
「こ、これは……超便利!! 」
マジか! 自動で直すところを見つけてくれて、見積もりまでしてくれんのか!
魔石が必要という事は、壊れた物を直してもくれるんだろう。
これがあれば一斉に退去する入居者の部屋を急いで確認しに行って、隅から隅まで見ていたあの重労働から解放される!
これなら……マンカンを使えば一瞬で退去精算ができる!
よしっ! とりあえず試してみるか。
俺は興奮しつつも本当に直るのか確かめるため、右下にある実行ボタンを押した。
するとヘヤツク同様に画面に魔石を投入してくださいという表示が出たので、魔石入れの皮袋からEランク魔石3つの代替えとしてDランク魔石を1つとEランク魔石を1つ取り出し投入した。
その瞬間。
部屋の天井に魔法陣が現れ眩い光が部屋を包み込んだ。
俺は咄嗟に目を瞑り、腕で顔を隠し光から目を守った。
やがて光が収まり目を開けると、そこにはピカピカに磨かれた床と新品のソファーが目に映った。
「清掃費用も込みだったのか!? これは買い換えるより安いな……」
浴室も確認するとシャワーヘッドも直っており、消耗品のシャンプーや石鹸も補充されていた。さらにはバスタオルやシーツ等もクリーニング済みとなっていた。
ヘヤツクで買い替えたら差額だけとはいえ、同じ数の魔石が必要だったはず。それなのに清掃とクリーニングまでしてくれてこのコストは安い。
これは楽だ。ダリアさんたちがカルラさんのところに戻ったら、消耗品を手動で補充し部屋も設備も全部買い替えようと思っていた。
人の手で掃除するよりもコストは掛かるが、俺一人で掃除はキツイ。シュンランたちでは他の部屋まで自力で移動できないしな。そもそも1Rには手すりがないから、彼女たちでは掃除ができない。
それが部屋に立って原状回復精算を発動するだけで、早く安く壊れた部分が直り、部屋の掃除にタオルやシーツのクリーニングまでしてくれる。
最高だ。なんて最高なギフトなんだ。
しかしなんで今になって派生ギフトが現れたんだ?
レベル……は多分、今は32かそこらだと思う。新しいギフトを覚えるには半端な数字だ。神器は10レベルづつ進化してるっぽいしな。
3週間振りに部屋を作る前に現れたから、部屋をたくさん作ったから覚えたというわけでもないだろう。
となるとハンターに部屋を貸したことか。入居者を管理するために、このマンカンのギフトを取得したっていうなら納得なんだけど……でもそれならプレオープン初日に派生ギフトが現れているはずだしな。
あと考えられるのは、貸していた期間が一定の日数に到達したからとかか?
俺はマンスリーマンションの管理と募集の仕事をしていたから、契約は1ヶ月単位だ。その1ヶ月に到達したから、退去の時に必要な原状回復精算を覚えた?
えーっと、確かレフとカルラさんたちに無料お試しで1週間貸したな。そのあとレフたちと、彼らが連れてきたハンターに2週間……1ヶ月に満たないな。
レフとカルラさんたちが帰ってからは誰にも貸してな……いや、貸してたな。
ダリアさんたちに貸してた。彼女たちは今日で6日目だ。
この世界の1年は13ヶ月で1ヶ月は27日だ。
レフたちが利用した日数が7日×3週間で21日。それにダリアさんが治療のために6日。合わせて27日。ちょうど1ヶ月誰かしらに貸していたことになる。
これっぽいな。作った部屋を1ヶ月人に貸したから、派生ギフトが現れたっぽい。ほかにはこれほど説得力のある理由が思いつかないし。
でもヘヤツクはバージョンアップはしていないんだよな。また別の条件なのか?
うーん、バージョンアップのことは考えるのはやめよう。今まで散々考えてきてわからなかったんだ。考えるだけ無駄だ。部屋を作り続けていればいつかはバージョンアップするだろう。
今はこのマンカンという新しいギフト内にある、原状回復精算ギフトを得たことを喜ぼう。
部屋を作ったらシュンランとミレイアに話すか。二人とも驚くだろうな。
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