第2話 三度目の進化




「見えたっ! 喰らえ! ペングニル! 」


 俺は魔物探知機に映るが、姿が見えない5匹の擬猿の位置を注意深く見ることにより二匹の姿を捉えた。そして枝から枝へと移動しながら向かってくるその二匹をロックオンし、手に持っていたペングニルを投擲した。


「『ダブル! 』 」


『『ギャッ! 』』


 投擲したペングニルは俺が念じたタイミングで2本に増え、そして木や葉に擬態し余裕をかましている二匹の擬猿の胸を貫いた。


 その断末魔の声を聞いた残り三匹の擬猿は一瞬動きが止まったが、左右に散り木に隠れながら俺を包囲しようと近づいてきた。


「チッ、散りやがったか。なら……『スケールトルネード《巻尺竜巻》! 」


 俺はバラバラに襲いかかってくる擬猿を千本槍で貫くにはタイミングが難しいと思い、腰に装備しているアンドロメダスケールから帯を射出し高速で回転させながら体の周囲に展開した。


 擬猿からは俺が白い竜巻の中にいるように見えることだろう。決して新体操のリボンに包まれている男ではない。


 そんな360度完全防御体勢の俺を見ても擬猿たちは怯むことなく、爪を立て牙を覗かせながら飛び掛かってきた。


 その結果


『ギッ!? 』


『『ギキャッ! 』』


 アンドロメダスケールに触れた擬猿の指は切り落とされ、顔はズタズタに切り裂かれた。


「毎回思うんだけど少しは警戒しろよ。まあいいや、トドメだ『千本槍』」


 俺は地面に落ち激痛にのたうち回る擬猿へ、トドメとばかりに全方位へ千本槍を発動し擬猿を一匹残らず貫いた。


「もう擬猿も雑魚に思えてきたな……っと、風豹が気付いたか」


 擬猿の魔石と素材を回収しようとアンドロメダスケールを収納していると、風豹がこちらへと向かってくるのが確認できた。


「こいつはいつも戦闘中に奇襲してきやがるな。まあ毛皮が高く売れるみたいだからいいけど」


 しかしすごい速さで向かってくる。さすが風豹と呼ばれるだけはあるよな。まあ速いだけじゃないけどな。


 俺がそんなことを考えながら風豹がやってくる方向を眺めていると、木々の合間からエメラルドグリーン色の綺麗な毛並みをした風豹が視認できた。


 毛皮が傷つくのが嫌なのでペングニルは投げない。


 そうして黙って眺めていると、風豹は俺に気づかれていることに気付いたのかピタリと止まり、草木に隠れながら身を低くしジワジワと近づいてきた。


 それを見て俺はいつ飛びかかってきてもいいように槍を構え腰を落とした。


 すると風豹はさらに身を低くしたかと思ったらあっという間に距離を詰め、その爪を俺の首目掛けて一振りした。


 だが俺は微動だにせずそれを見ていた。風豹の爪が俺の首に届かないことを知っていたからだ。


 そして案の定、風豹の爪は俺の30センチ手前で空を切った。


 が、次の瞬間


 キンッ!


 風豹の爪から飛び出した見えない刃が、俺の首目掛けて襲い掛かってきた。しかしそれは俺の火災保険のギフトにより弾かれた。


「残念だったな。フンッ! 」


『ギャンッ! 』


 風の刃が弾かれたことに動揺したのか、着地し一瞬動きが止まった風豹の腹を俺は蹴り上げた。


「バインド! んで持って『スケール・ザ・仕事人』! 」


『ギャッ……』


 そして倒れた風豹の胴を石の枷で固定し、スケールの帯をその首に巻きつけ一気に引っ張りその首を切り落とした。


「いい感じだ。これはいい毛皮が取れそうだ。」


 風豹を仕留めた俺はその状態の良さに満足げに頷き、擬猿の魔石から回収してから風豹をアンドロメダスケールで木に吊るし毛皮を剥ぎ始めた。


 毛皮の剥ぎ方は部屋の前でシュンランに教わった。もちろん地下に匂いがこもらないように扇風機を買って一階に飛ばしながらな。扉も定期的に開けて換気もちゃんとしている。


 しかし最初は苦戦して何度も痛い目に遭った風豹を、こんなにあっさり狩れるようになるとはな。コイツのこの特殊能力に腕や足を何度も切られたのが懐かしくさえ思える。


 毎回シュンランにバレないよう怪我を隠すのが大変だった。さらに奥の方に生息する黒狼にも何度も頭を齧られてヘルメットを壊されたし。2メートルを余裕で超えるほどの体長の狼の群れとかマジで怖かった……


 だがそれももう昔の話だ。


 進化した神器を持つ俺の敵じゃない。


 そう、今から5日ほど前にやっと三種の神器が進化したんだ。


 まずペングニルなんだけど、長さは1.5メートルとそのままだったが、矛先が少し大きくなった。それになんか前より槍が放つ青白い光が強くなった気もする。


 そのせいか貫通力が大幅に向上し、レベルアップした身体能力と合わせて森のやたら堅い木を三本くらいは一撃で砕けるようになった。


 んで上がったのは貫通力だけかなと思っていたら、槍の柄の部分にⅠとⅡという文字が彫られていることに気がついた。最初なんだろうと思って柄を捻ったりしていたらカチリと音がして、Ⅱの部分が薄く光ったんだ。しかしそれ以上なんの変化もなくて、試しに投げてみたら途中で分裂して2本になった。


 俺はマジか!ってビックリしたと同時に大喜びしたよ。


 だって知能の高い魔物や人間には初見殺しの武器だったのが、一気に戦術の幅が広がったからな。そりゃ喜ぶよ。


 それから色々試して、念じることで好きなタイミングで槍を2本にできることもわかった。それでさらに戦術が広がった。


 次にアンドロメダスケールなんだけど、これは巻尺が若干大きくなり帯の長さが10メートルから20メートルと一気に伸びた。何よりずっと願ってやまなかった帯に刃が付いたんだ。


 これにより守りながら反撃できるようになった。俺に触れると怪我するぜってやつだ。


 俺はさっそく色々と技を考え、さっき披露した身体の周囲に竜巻のように展開し身を守る『スケールトルネード』と、魔物の四肢に巻き付けてちょん切る『スケール・ザ・仕事人』。そして帯を鞭のように振るい魔物を切り刻む『スケールウィップ』という技を編み出した。ウィップはまだまだ練習が必要だけど、これで槍と地上げ屋以外の攻撃手段ができて魔物との戦いが一気に楽になった。


 最後に魔物探知機だけど、これは探索範囲が200メートルから300メートルへと一気に拡大した。そしてそして! 何とマッピング機能も付いた。俺が歩いた地形が魔物探知機に映し出されるようになったんだ。さらに俺が歩いた足跡みたいなのも地図上に表示されるようになった。


 もうこれで木に目印をつけなくて済むし、日が暮れても道に迷わないで済む。


 そんな感じで神器が進化したことにより、これまで数やその特殊能力に苦戦していた擬猿や風豹を楽に狩れるようになったわけだ。


 そうそう、ギフトもランクアップしたのを忘れてた。


 ギフトは火災保険がランクアップした。


 どうランクアップしたかというと、風害・水害特約というのが付いた。台風と豪雨や洪水の保険てことなんだろう。


 うん、文字通り風と水系の攻撃無効化だな。地震特約に台風に洪水特約。次は雷かな……


 まあそういうわけで風豹の特殊能力である風刃も無効化できたわけだ。初見の時は腕を切られたからな。それ以降もこの飛び道具には苦労した。わかってしまえば避けるのは俺の身体能力ならそう難しくないんだけど、コイツはいつも他の魔物と戦っている時に奇襲してくるんだよ。それで何回か被弾したんだよな。


 だがもう俺には通用しない。風豹なんか毛皮にしか見えない。


 あと他のギフトの間取り図は相変わらずそのままで、地上げ屋はレベルが上がったことと熟練度的な物が上がり、今では土の千本槍なら三百本は出せるようになった。



「こんなもんかな。まだシュンランみたいにはいかないけど、徐々に上手くなってきているな」


 毛皮を剥ぎ終えた俺はそれを丸め、持っていた蔦で縛り背嚢へと縛りつけた。


「もう暗くなりそうだ。どんどん日が短くなっていくな」


 もう季節で言うと冬になったせいか魔物も少なくなってきた。北の山の近くまで来たというのに、今日は18体しか狩れていない。


 冬は夜の狩りにチャレンジしないと厳しいな。でもシュンランとミレイアが心配するんだよな。オーガの巣とか見つからないかな……


 俺は50体はいると言われているオーガの巣が見つかれば、ボーナスタイムなのになと思いながら駆け足で神殿へと帰るのだった。



 それから2時間後。


 俺は5メートルほどの高さの石の壁の前に立っていた。


 目の前には深く掘られた堀がある。そして堀の向こう側には、人が3人並んで通れそうなほどの高さ3メートルの入口が見える。


 そう、これは神殿を囲む壁だ。マンション経営をする時に備え、毎日少しずつ俺が作っていった物だ。


 入口はハンターが踏み慣らしてできた道が近い東側に一つだけ作った。神殿のある岩山が南なので、神殿を出ると右側に入口があることになる。


 この入口に門はない。まだみんなで製作中だ。


「さて……よっと! 」


 俺は堀から少し下がり、入口へ向かい助走をつけてから飛び堀を飛び越えた。


 橋板はもう作ってあるけど、掛けっぱなしにしたら魔物が入ってきちゃうから外してある。マンションがオープンしたら掛けっぱなしにするつもりだ。その頃には門もできてるしな。誰か雇わないとその門も開けるものがいないけど……レフさんに誰か紹介してもらおうかな。


 堀を飛び越えた俺は、入口を潜り壁の内側へと入っていった。


 壁の内側は周囲の木をペングニルと地上げ屋で伐採して慣らし、陸上競技場ほどの広さにまでした。地面は雨が降っても大丈夫なようにギフトで石畳にして、西側の壁に向かって水が流れるように斜めになっている。もちろん側溝も掘ってある。これは壁の外に掘った大きな穴に続いているので、いずれその穴は池になるだろう。


 神殿の入口横には、大きな建物がいくつも立ち並んでいる。これは間取り図のギフトで作った解体所と倉庫だ。


 解体所は高さ4メートルほどのただの箱だ。中には複数の洗面所とトイレと、俺が地上げ屋のギフトで作った石の大型テーブル。そして魔物を吊るすためのY字型の柱がいくつもある。


 倉庫の中は4帖ほどの小部屋がカラオケボックスのようにいくつも並んでいる。全ての部屋の扉には鍵がついており、入居した1パーティに1部屋無料で貸すつもりだ。部屋に魔物の素材を入れられても汚れるからな。


 退去後の清掃は流石に俺一人では回らないし大変なので、その都度部屋全体を丸ごと間取り図のギフトで買い直すつもりだ。消耗品も補充しないといけないしな。


 が、新品と中古ということで差額を払わなければならない。この分は清掃費用ということで、最初に徴収しようと思う。入居中に部屋や設備を壊したら追加請求になるけどな。


 まあ出ていく時は魔石も魔物の素材もたんまり持っているはずだから徴収はできるだろう。文句を言ってきたら次から入居を断ればいい。それができるくらいの価値があるマンションだと思うし。マンションオーナーには、入居者を選ぶ権利があるもんだ。


 俺は神殿の入口の両側に立ち並ぶ建物を眺めながらそんなことを考えつつ、神殿の岩戸を開け中へと入っていった。


 この岩戸もオープンしたら開けっ放しになるな。


 というのも外側から岩戸を開けられるのは俺だけだったんだ。


 5日ほど前にシュンランたちもいつまでも地下にいたら気が滅入ると思って、部屋にあった棚を改造して背負子を作り、まずはシュンランをそれに乗せて俺が背負って森の中を散歩したんだ。手を繋ぎながら背中合わせに会話したりしてデートみたいで楽しかった。シュンランもよく笑っていて、久々の外で楽しそうにしてた。


 んで神殿に帰ってきた時に、シュンランに岩戸を開けてもらおうと思ったんだけど開かなかった。何度窪みに手を入れても駄目で、俺がやったら一発で開いたんだ。


 神殿を出る時に内側からシュンランが開けることはできた。けど、外側からはできなかった。その事からやはりこの神殿はもともとこの場所にあった物ではなく、俺のために女神が用意した物だということがわかった。


 内側から開くのは俺が誰かを中に入れることを想定していたんだろう。開かなかったら俺が外で死んだら出れなくなるからな。岩戸は分厚いしやたら固い石なので、破壊するのは無理っぽいし。


 しかしどうせ俺のために作ったなら、森の外にして欲しかったけどな。なんで滅びの森の中なんだよ……まあ外だったら俺は絶対に魔物と戦おうとは思わなかったけど。人の頭の中を読んだだけあって、よく俺のことを理解している女神だよ。


「とりあえずレフさんのパーティが泊まれるくらいの部屋数はできたな」


 岩戸を閉め階段を降りる途中で俺は立ち止まり、地下神殿全体を見渡しながらそう呟いた。


 俺の部屋の前には長屋のように背中合わせに6戸づつ立ち並ぶ12戸の1Rと、壁で隠された女神像の隣に2戸の大部屋があった。


 全ての部屋のドアの前には外灯がついており、そのおかげで壁で覆い隠した青光石の光がなくても地下を明るく照らしていた。


 マンスリーマンション業をやろうと決めたあの夜から二週間近く。日中は森に狩りをしに行き、夕方からは部屋と外壁作りをする毎日だった。この間で稼いだ魔石は全てCランクで、今日のも入れれば230個くらいにはなると思う。


 その魔石で1Rの部屋を12戸と大部屋。そして外の建物を作った。今日稼いだ魔石では、1階に事務室を作る予定だ。


 シュンランとミレイアと一緒に考えた大部屋は定員20名で、食堂が15帖の寝室が20帖の大型1LDKタイプの部屋となる。設備はキッチンが2つに電話ボックス状のシャワールームが3つにトイレが3つ。そして2段ベッドが10台配置してある。


 冷蔵庫や電子レンジやドライヤーは設置していない。消耗品はタオル類はなく、トイレ紙と石鹸とシャンプーくらいだ。ベッドもマットレスだけ敷いてあるだけで、その上で自前の寝具を使ってもらうつもりだ。安い価格設定にするつもりだし、入れ替わりが激しくなる部屋だからなるべく簡素にした。


 まあ恐らく利用するのは荷物持ちになるだろうからな。ちなみに荷物持ちだけ外で野営させるのは禁止するつもりだ。彼らは戦闘能力が低いので、ハンターと離れて夜の森で野営するのは命取りだ。そんなことをしようとするパーティには最初から部屋を貸さない。だから大部屋の賃料は安くするつもりだ。


「さて、今日の夕ご飯は何かな〜」


 明日はいよいよレフさんたちを招待するプレオープンの日だ。そのプレオープンの前夜祭ということで、二人とも豪華な夕ご飯を用意してくれるって言ってたんだよな。


 最近また二人との距離が縮まった気がする。彼女たちも以前にも増して無防備になってきたし。だって着替えを買ってきたのに、お風呂上がりにバスローブのままリビングにいる時が頻繁にあるんだよ。いや、嬉しいんだけどさ。


 それにソファーで一緒に座っている時も、二人ともくっ付いてくるんだよな。これも相変わらず色々見えたり押しつけられて嬉しいんだけど。


 やっぱり二人も俺のことが……いや、やっぱりライフラインを俺が握ってるからだよな。


 男に依存してこなかった彼女たちに、あんなことをさせてしまっているこの現状は良くないよな。早く二人の足を治してあげなきゃな。そして初めて会った時のシュンランのあの凛とした姿をまた見たい。


 待っててくれシュンラン、ミレイア。


 必ずこのマンスリーマンション事業を成功させてみせるから。


 何があっても必ず。





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