エピローグ マンスリーマンション経営



「りょ、涼介。ご飯のおかわりはいいのか? 」


「あ、ああ。もらおうかな」


「あっ、涼介さんお水がなくなってます。そ、注ぎますね? 」


「うん、ありがとうミレイア」


 俺はシュンランから茶碗を受け取り、コップに水を注いでくれたミレイアに礼を言った。


 昨夜あんなことがあった後なだけに気恥ずかしいな。


 シュンランとミレイアも目が合うと慌てたように目をそらすしな。


 告白しちまったんだよな俺。二人も俺になら抱かれていいと思ってたんだよな。くっ……


 いや、あれでよかったんだ。冷静になって考えてみれば、彼女たちの俺への気持ちは吊橋効果的な物の可能性もある。俺しか頼る者がいないんだ。俺を好きになろうと無理しているのかもしれない。


 どちらにせよ彼女たちの足が治り自立できるようにならないと、俺も彼女たちの言葉を信じられないか……


 よし、もう昨夜のことを考えるのはやめよう。


 俺は二人の視線を時折感じつつも朝食を食べるのだった。



 ♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢




「Bランクが1、Cランクが31、Dランクが65にEランクが82か……失敗したな」


 朝食を終えた俺は二人に干した肉の様子を見てくると言って部屋を出た。


 そして隣の倉庫に行き貯めていた魔石の数を数え、思っていた以上に少ない魔石の数に俺は肩を落としていた。


 二人をここに連れてきて1か月経つというのに、その間に狩った魔物の数が少な過ぎる。


 食料採取メインで、それを邪魔する魔物を狩ってただけだったしな。二人が心配するから早めに帰ってたし。


 Cランクの魔石なんかオーガキングの群れを倒して以降、11個しか増えてない。Cランクの魔物が多くいる神殿の北は、一度行ってみてちょっと難易度高そうだったからそれ以降行ってないんだよな。擬態する猿とかいてめちゃくちゃ厄介だったし。


 うーん、まあなるべく低コストの1Rを作るようにすれば15部屋くらいは作れるだろう。


 作る部屋のタイプを決めた俺は、どう部屋を設置していくか考えるため地下神殿を改めて見渡した。


「やっぱ体育館2つくらいはあるよな。通路を作っても40部屋近くは作れそうかな? 壁の光と女神像は知られるとまずいから石壁で隠すか」


 この地下神殿は地上から階段を降りると正面に女神像があり、左右の壁に4つずつ大きな部屋がある。その中の一つの右側の壁の一番手前の部屋が、俺とシュンランたちの部屋だ。この合計8つの大きな部屋のうち、残りの7つの部屋はそのまま2LDKの貸し部屋にしようと思う。


 それと壁で覆い隠した女神像の両隣は、格安で泊まれる大部屋を設置すればいいかな。残りは全部1Rの貸し部屋でいいだろう。


 俺は階段から女神像までの空間を3つの通路で区切り、1Rの部屋を背中合わせに並べ長屋のように配置することにした。


 だいたいの配置を決めた俺はさっそく間取り図のギフトを発動し、現れた金縁の光のパソコンに表示されたヘヤツク1990バージョンのソフトを開いた。


 このあいだ二人にこの金色のパソコンを見せた時は驚いていたな。その際に間取り図も見せて、俺がどうやってあの1LDKの部屋を作ったのかも軽く説明したんだけど、二人とも頭にはてなマークを浮かべてたっけ。まあ普通はあの図面が現実の部屋になるなんてなかなかイメージできないよな。


 俺はそんなことを思い出しながら新規作成画面を開き、8帖の1R(ワンルーム)を作り始めた。


 ちなみに俺が最初に作った1Kと1Rの違いは、寝室にキッチンがあるかないかだ。寝室とは別に、例えばドアで仕切られた廊下にキッチンがあればそれは1Kと呼称する。ここでややこしいのは同じく廊下にキッチンがあっても、寝室と廊下を仕切るドアが無ければ1Rとなることだ。


 まあ寝室とキッチンがドアで仕切られていれば1Kで、仕切られていなければ1Rだと思っていればだいたい合ってる。



 そうして家具付きの1Rをとりあえず1部屋作った時に問題が発生した。


「Eランク魔石120個!? 」


 俺は作成画面右上に表示されている必要魔石数を見て目を疑った。


 獣人など体が大きな種族がいるから風呂とトイレは大きめのを作ったとはいえ、初めて作った1KはEランク魔石45個で済んだはずだ。それが3倍近くになってるのは何故だ?


「そういえば1LDKに拡張する時も、45個から差額を含めなければ250個必要だったな」


 あの時も急にコストが増えて首を傾げたっけ。


 確かに1LDKは1Kより広いし、設備も良いのを設置した。けどそれにしたってコストが5倍以上になるのはおかしい。


 もしかして初回サービス的な価格だった? 


 よくよく考えてみればEランク魔石は1個小銀貨5枚。5千円くらいの価値だ。それが45個だから20万円かそこらであの部屋を作れたのは破格だろう。


 ちょっと俺の考えが甘かったな。120個だって60万だ。これだってゼロから1Rを作るには安すぎるもんな。


 まあ足らないなら魔物を狩ればいい。今の俺はここに来たばかりの時の俺とは違うんんだ。魔物を狩ることくらいもう余裕だ。


「よし、なら早速作るか」


 俺はとりあえず今は作れるだけ作ることにして、作成完了ボタンをクリックし自分の部屋の向かい側に向きながら魔石を投入した。


 ところが前回と同じくEランクの代替えしてDランク魔石を投入した時に、更なる問題が起こった。


「あれ? 2つだけ? 」


 前回1LDKを作った時はDランク魔石一つにつき、Eランクの必要魔石数が4つ減ったはずなのに今回は2つしか減らなかった。


 俺は一瞬混乱し掛けたが、その理由にすぐに気が付いた。


「まさかこれも初回サービスだったってのか? 」


 マジか……いやそれもそうか。Eランク魔石が1個小銀貨5個(5千円)でDランク魔石は銀貨1枚(1万円)だ。これでEランク魔石4つ分の代替えができたままなら、魔物を倒さずにDランクの魔石を買った方が得だもんな。


 失敗……いや、一番最初に作った1Kではなく、1LDKを作る時に代替の初回サービスが使えただけマシか。


 文句言って安くなるわけでもないし、仕方ないな。


 初回より大幅にコストが上がったことにそう納得するようにして、魔石の投入を続けた。その際にCランク魔石も入れてみたら、Dランク魔石5個分。つまりEランク魔石10個分の代替えになる事がわかった。


 なるほど。Bランク魔石は1個しかないので取っておきたいから試せないが、それを除くとCとDと、もともと持っていたEランクの魔石を合わせて387個分のEランク魔石になるわけか。


 1部屋120個必要だから3部屋しか作れないな。


 まあ最初のお客さんを呼ぶまでにはまだ時間がある。その間に気合を入れて狩りをして増やせばいいか。


 俺はそう考えつつ魔石数を投入していった。そして必要数の投入を終えると魔法陣が現れ、神殿中に眩い光を放った。


 俺は例のごとく腕で目を隠し、光が収まるのを待ってから目を開けた。


 するとそこには神殿の床と同じ材質の石壁に囲まれた、高さ4m・幅4mほどの奥に長い長方形の建物がポツンと建っていた。


「何も無い場所で発動すると床と同じ材質の壁と屋根ができるのか。これなら地上げ屋のギフトで補強しなくても大丈夫かな? 」


 最初発動した場所はこの神殿にもともとあった部屋だからな。外側の壁がどうなっているかはわからなかった。てっきり室内の壁の材質と同じ石膏(せっこう》ボードが外に貼られていると思ったけど、ちゃんとした石壁で安心した。これなら隣にどんどん作っていけばいいだろう。


「この大きさだと一列あたり背中合わせに作っていって8×2の16部屋ってとこかな。それが2列だから32部屋の1Rに、7つの2LDKに2つの大部屋で41部屋ってとこか。全部作り終えたら普通のマンションの部屋数と並ぶな」


 一部屋いくらで貸すかはまだ決めていないが、立地と設備から街の宿屋の倍は取れるのは間違いないだろう。かなり良い宿で一泊小銀貨5枚くらいで、最高級宿で銀貨2枚だから銀貨1枚はいけるはずだ。あんまり高くしすぎても借りて貰えなくなるしな。


 銀貨1枚ならDランク魔石一個で支払ってもらえばいい。となれば大部屋と2LDKもとりあえず銀貨1枚で計算したとして、ひと月27日だから一部屋につき銀貨27枚以上。27万円以上は稼げる。それが41部屋だから月の収益は白金貨11枚の1100万円になるな。1年で白金貨120枚の1億2千万か。それでも治療費を貯めるのに5年掛かるのか……いや、常に満室なわけないし、部屋の修理やらなんやら出費もあるからもっと掛かるな。


 なら神殿の1階と外にも作るか? 部屋数が増えればそれだけ早く稼げる。でも家賃として得た魔石で部屋を増やすだけ増やして、さあこれからは全部利益だって時に国に目を付けられたら最悪だな。まずはこの地下神殿の41部屋を作り、それから増やすかどうかは様子を見ながらにするか。


 俺一人で彼女たちを守らないといけないんだ。マンションを狙う者たちに対抗するためにレベルをできるだけ上げておくことはもちろんだが、リスクも最小限になるよう行動しないといけない。


「うん、だいたいの道筋は決まった。最後に一つ試してからシュンランとミレイアを呼んで説明するか」


 俺は今後の計画をだいたい決めた後、最後に確認したいことがあったので再び間取り図のギフトを発動した。そして予想通りの結果を得られたので、部屋へとシュンランたちを呼びに行った。



 ♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢



「こ、これは家!? 」


「しかも3つもあります……」


「そうだよ。新しい部屋を作ったんだ。こないだ見せた間取り図のギフトでね」


 俺に椅子を押されながら家を出てきた二人は、今まで何もなかった場所に3棟の建物ができていることに驚いていた。


「ああ、あの金色の……本当にすぐできてしまうのだな」


「ビックリしました。実際に涼介さんが作ったお部屋に住んでいるので疑ってはいませんでしたが、それでもまさかこんな短時間で3つもお家ができるとは思っていませんでした」


「ギフトを発動すると目を瞑っていても痛くなるようなほどの光を発するけどね。できるのは一瞬だよ。今度見せてあげるよ」


「それは是非見ては見たいが……しかしなぜ急に部屋を作ったのだ? 私たちと別々に暮らしたいということか? 」


「え……そうなんですか? 涼介さん」


「それはないよ。二人とはずっと一緒に住んでいたいさ。これはお金を稼ぐために作ったんだよ。昨夜言ったろ? 白金貨600枚を稼ぐ方法があるって」


 俺は寂しそうな顔をする二人に手を振り否定しながらそう答えた。


「お金を稼ぐために部屋を……? ハッ!? まさかハンターを住まわせる気なのか!? 」


「ええっ!? や、宿屋さんをやるということですか!? 」


「そうだよ。宿屋ではなく家具付きの部屋を貸して家賃をもらう方だけどね。俺の世界ではこれをマンスリーマンション業と言うんだ」


 宿屋なんて食事の用意をしないといけないからな。家具付き貸家。まあマンスリーマンション業という所だな。


「家具付きの貸部屋業を、涼介のいた世界では『まんすりーまんしょん業』というのか? ふむ……確かにここは滅びの森で狩りをするDランク以上のハンターにとって立地が良い。ここを拠点に狩りをすれば効率よく狩れるだろう。それにあの設備を体験すれば、直ぐにハンターたちは集まることだろう。しかし神殿のことが教会に知られれば、奴らは自前の聖騎士たちを送り込み神の名の下に奪いに来るぞ? 」


「そ、そうです! 教会もそうですが、涼介さんが創造した特殊なお部屋を狙って商人連合国や王国や帝国に魔国までもが手に入れようとするかもしれません。そうなったらここを追い出されてしまいます」


「確かに知られたら奪われるかもしれないね。だから国や大きな組織の耳に入らないよう、街でもギルドでも宣伝はしないよ。ハンターの紹介という形で利用者を集めるつもりだ。教会は壁の青光石の光と女神像を、俺のギフトで壁を作って覆うからバレないと思う」


 身動きが取れない二人はそりゃ心配だろう。でもこれしか大金を稼ぐ方法がないんだ。


「ハンターたちにだけ知らせるということか……確かにある程度時間は稼げるが……」


「大丈夫。兇賊くらいなら追い返せるように俺も強くなるし、もしも国に狙われたら作った部屋を全て引き払って二人を抱えて逃げるさ。そしてまた滅びの森のどこかで部屋を作って三人で過ごせばいい。その後ほとぼりが覚めた頃にまた宿屋をやる。それを繰り返していけばいずれお金は貯まるはず。何年かかっても必ずやり遂げるよ」


 そう、いざとなれば部屋を引き払えばいい。


 と言っても一度作った部屋を消滅させることはできない。しかし何の設備もないただの部屋にすることはできる。その際に差額が間取り図の右上の必要魔石の欄にプールされることは、さっきシュンランを呼びに行く前に確認済みだ。


 部屋をバージョンアップする時に差額を払えばできるなら、グレードダウンした時に魔石が戻ってくると思って試したらビンゴだった。


 全額ではなかったが、8割は戻ってきたから場所を移してもすぐにマンスリーマンション業を再開できる。そこでまたハンターを集めればいい。一度俺のマンションを体験した者なら喜んで集まるだろう。軍よりもこっちは身軽なんだ。どこまでも逃げて、何度でも繰り返してやるさ。


「そこまでして私たちのことを……まいったな、こんな男は初めてだ……」


「涼介さん……こんなに私たちの為にしてもらっているのに私は何も……」


「ミレイア、もう忘れたのか? 二人にもしっかり働いてもらうって言ったろ? 二人には入居者の受付をしてもらうつもりだ。前払いの家賃の徴収と入居時の注意事項の説明に、退去時の手続きと掃除かな。ああ、それと宣伝係もお願いするよ。顔見知りのハンターも多いだろ? その人たちに、素行の良さそうなハンターを紹介して連れてきてもらってくれ。俺は部屋への案内や設備の使い方。退去時に壊された設備などがあった時の清算にトラブルの対応をやるから。三人で力を合わせてマンスリーマンション経営をして、大金持ちになって足を治そう」


 俺は熱っぽい視線を送るシュンランに照れながら、また勝手に恩を感じてるミレイアに仕事内容を告げた。


「涼介……ふふっ、それなら歩けない私たちにもできそうだ。確かに顔見知りのハンターも多い。大勢のハンターを連れてきてもらうとしよう」


「や、やります! 計算は得意ですし、私も知っている方にたくさんハンターの人を呼んでもらいます! 」


「よし、なら注意事項とか今後作る部屋の種類や間取りは今夜話し合って決めよう。俺はこのあと部屋を作る魔石を稼いでくるからさ、二人はお弁当の用意を頼むよ」


「ああ、任せてくれ。ミレイアと美味しいお弁当を作ろう」


「はい! 涼介さんの大好物をいっぱい詰めておきますね! 」


「頼むよ。三人で力を合わせて頑張ろうな」


 俺はそう言って二人の椅子を押しながら部屋へと戻っていった。


 機嫌の良さそうな彼女たちの後ろ姿を眺めながら。


 よかった。シュンランもミレイアもやる気になってくれたようだ。


 あとは魔石の確保と、屈強なハンター相手にトラブルを解決できるように強くならないとな。最低でもオープンまでに神器の進化をさせたい。あとは地上げ屋のギフトで、地中の砂鉄を圧縮して固める練習もしないと。


 こんなに強くなることと、魔石を稼ぐことに明確な目標ができたのは初めてかもしれないな。


 やっぱ男はいい女のためならなんでもできるんだな。


 絶対に二人の足を治して喜ぶ顔を見てやるんだ。そして昨夜のあのシーンをもう一度!


 そのためならなんだってやってやる……やってやるさ。



女神にタワーマンションを作れと言われ無理やりこの世界に飛ばされた俺は、その女神より与えられたギフトでマンション経営をして金を稼ぐことを決めた。


この世界で出会い、好きになった子たちのために。


この選択がこの世界を救い勇者と呼ばれる未来に繋がっていることを、この時の俺は想像すらしていなかった。




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