第8話 念願のマイルーム




 しばらくすると魔法陣から発せられた金色の光が収まっていった。


 もう大丈夫そうだと思い、顔を覆っていた腕を外しゆっくりと目を開いた。


「……玄関」


 俺は見慣れた鉄製のドアを背に、玄関に立っていた。


 目の前には茶系のフローリングの短い廊下があり、その途中には左側に二つのドア。右側にはキッチンと冷蔵庫など電化製品があった。そして短い廊下の突き当たりには白い木製の扉があった。


「ははっ……本当に部屋ができたよ」


 俺はしばらく玄関で感激したあと、靴を脱ぎ廊下へと足を踏み入れた。


「ああ……洗浄便座付きトイレ……紙もある……おお、洗濯機に風呂もある。温度調整もちゃんとマイコン式だ」


 俺はまず廊下の途中にあるドアを開きトイレがあることに感動し、そのあと隣のドアも開けて脱衣所に洗濯機を見つけその奥に風呂もあることに感激していた。


 設備は日本で使っていた物よりも遥かに古いタイプの物だ。それでもちゃんとしたトイレで用を足せなくて、ハンカチを濡らして身体を拭いていた俺にとっては天の恵みとさえ感じていた。


 トイレと風呂を確認した俺はキッチンを確認し、一口ガスコンロにため息を吐きつつも、電子レンジや冷蔵庫に食器や調理器具を確認した。そして次に短い廊下の突き当たりにある扉を開けた。


 そこにはフローリングの床の上に布団の敷かれたベッドと二人掛けのソファー。そしてテーブルとエアコンが置かれている8帖の部屋があった。


 壁も天井も青白く光る石ではなく、しっかりと白い壁紙が張られている。


 間取り図通りの設備と部屋の形。間取り図通りの家具と家電。


「ハ、ハハ……ハハハハ! やったぞ! マイルームを手に入れたぞ! 」


 俺はあまりの嬉しさにそう叫んでベッドにダイブした。


 ああ……布団だ……柔らかい。今日からもう土の上じゃなくてここで寝れるんだ。


「……ん? 」


 ベッドにダイブし布団の温もりを感じ終え仰向けとなった俺は、天井にある照明が点いていることに疑問が湧き上がった。


 電気がどうして点くんだ? 


 ここは異世界だ。しかも森の中にある神殿だぞ? そもそも女神がこの世界は文明が遅れてると言っていたから、電気があるとは思えない。


 ならどこからこの電気はきてるんだ?


 俺はベッドから起き上がり、キッチンへと向かった。


「水も出る……ガスも使える……どういうことだ? いったいどこから……」


 蛇口は壁に埋まっており、キッチンの下の配管も地面に埋まってる。


 俺は動力源や水源がどこなのか、部屋の中のクローゼットやらなんやらを開けて探し回った。


 カーテンを開けてバルコニーに繋がる窓の外も開けたが、バルコニーは壁に囲まれていた。地下なのを忘れてた。


 色々部屋とキッチンや浴室まで探したが、それらしき物はどこにも見つからない。


 そういえばと俺は玄関のシューズボックスの隣に、洗濯機が入りそうなほどの大きさの収納ボックスがあったことを思い出した。


 初めは洗濯機が入っていると思ったけど、洗濯機は脱衣所にあった。


 俺はそこが怪しいと思い、玄関へと向かい収納を開けた。


 するとそれらしき物を見つけた。


「なんだこの銀色のタンクみたいなの……お? 何か書いてあるな。うーん読めな……え? 読める? 魔石……魔石式エネルギー……供給装置? 」


 収納の中には俺の背丈ほどある銀色の大きなタンクが置かれており、アラブ文字に似た知らない文字で何か書かれていた。


 しかし最初はその文字を読めなかったのに、数秒ほどその文字を見ていると理解できてしまった。まるで最初から知っていたかのように自然に読めてしまった。


「なんで俺は読めるんだ? 女神が何かしたのか? 」


 よく異世界転移物の小説である言語理解とかいう能力か? 


 魔物の姿といいレベルアップといい、なんか勇者召喚物の小説みたいだな。


 タワーマンションを建てる使命を持った勇者……ないな。


「まあ読めるならいいか。というかなんか言葉も話せそうな気もするし……」


 とりあえずこの世界の言語がわかる能力のことは置いておこう。話す相手いないし。


 それより魔石式エネルギー供給装置か……どう考えてもこれが原因で電気と水道が使えるんだろうな。なんか魔石口とか書かれている小窓もあるし……ここに魔石を入れろってことか?


 この0から30までの目盛りのついたメーターみたいなのは、残りエネルギーの表示かな? 今はメーターの針が1のところを指しているな。30までの目盛りってなんだ? 30日てことか?


「つまり魔石を入れれば電気と水道とガスが使えるってことか。なんというか……まあありがたいからいいんだけど」


 俺は色々ご都合主義過ぎないかと思ったが、正直この方が助かるので黙って受け入れた。


 そして試しにカバンから角兎の魔石を取り出し、小窓を開き一つ放り込んだ。


 するとメーターの針が右に動き6のところで止まった。


「角兎の魔石一個で5メモリか。ほんと1メモリ1日とかだったらいいんだけどな。人によって使う量が違うからなぁ。まあ何にせよ角兎の魔石の使い道があって良かった」


 間取り図のギフトでも使えないし、どうしようかと思ってたら光熱費としての使い道があった。無駄にならなくてよかった。


「とりあえず謎は解けた。あっ! そうだ! 備品のチェックをするんだった! 防災避難セットを確認しなきゃ! 」


 俺は部屋を手に入れたら必ず確認しておこうと思った物を思い出し、部屋に戻り先ほどクローゼットの中で見かけた、防災避難道具の入っているリュックサックの中身を確認した。


「やっぱりあった! 米! 米が食える! 」


 リュックサックの中には、乾パンや保存水と一緒にレトルト白飯とおかゆご飯が3パックずつ入っていた。


 俺はそれを手にし、久しぶりに米が食べられることに喜びを隠せなかった。


 ちなみに防災避難セットの中身はこんな感じだ。



【防災避難セット】


 リュックサック 乾パン×3缶 保存水×3本 レトルト白飯×3  レトルトおかゆご飯×3 救急セット 寝袋 エアーマット 軍手 ポンチョ ロウソク×3 マッチ ウェットシート(大70枚入) 簡易トイレ 手回し充電式ヘッドライト ヘルメット 十徳ナイフ



 救急セットには痛み止めや解熱剤に、消毒液や包帯が入っているから助かる。いくら治りが早い体とはいえ、消毒もしないで水洗いだけで放っておくのは不安だった。病気になるかもしれないし。


 部屋の消耗品にはずっと欲しかったタオル類もちゃんとあった。他には調理器具に塩とコショウだけだけど調味料と食器。洗面具にシャンプー・リンス・ボディソープ・歯磨きセット・ひげ剃り。それとバスローブもあるけど、これは寝巻きがわりに使う予定だ。


「さっそく飯を作るかな」


 俺はレトルト白飯を手にキッチンへと向かい、電子レンジに入れて温めた。


 その間に外に保管していたウサギ肉を取りにいくことにした。


 玄関から外に出ると神殿の広間が目の前に広がっており、部屋を囲む外壁は石の壁のままだった。どういうわけか部屋の外壁は見当たらない。完全に石の壁にピッタリついていた。


 バルコニーの前も壁だったけど、確かこの石の部屋はもっと広さがあったはず。全部ピッタリ使ったようには思えないんだけどな……不思議だ。


 俺は元々の石の部屋とピッタリくっついている部屋の入り口を、首を傾げながら眺めていた。


 まあいいか。こんなデタラメなギフトの仕組みなんか考えるだけ無駄だろ。


 俺は得意の考えても無駄なことは考えない主義にのっとり、階段の横に干しておいた兎肉を取りにいくのだった。



 ♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢




「あ〜うまかった。ごちそうさま」


 塩コショウの効いた兎肉とレトルトご飯は最高だったな。あの血抜きしてもマズかった兎肉が、塩胡椒を掛けたら化けた。それにフライパンで焼くのと適当に火で炙ったのとは違うな。


 ふぅ、やっと人間らしい生活に戻れた気がする。


 日本が恋しい……別に誰かが待っているわけじゃない。それでも人や物に溢れていて、身寄りのない俺の孤独を和らげてくれた。なんといっても日本なら魔物に殺されて死ぬことはない。過労で死ぬ可能性はあるけど。


 でも帰るにはあの高級タワーマンションを建てないといけない。


 タワーマンションか……最初はどうやって作れってんだよと思ったけど、この部屋ができたことで理解した。


 地上げ屋と間取り図の能力で作れってことなんだろうな。


 地上げ屋でそんな高い外壁を作れないし、土の外壁じゃすぐ崩れるだろう。恐らくこの能力も神器みたいに進化したりするのかもしれない。それで頑丈な外壁や床を作って、間取り図のギフトで部屋を作る。そんな感じなんだろうな。


 間取り図のギフトも現状で作れるのは、ヘヤつくの1990バージョンの部屋だけだ。ヘヤつくは確か10年ごとに新バージョンを出していて、最近2030バージョンが出たのを覚えている。


 ならこの間取り図のギフトも進化して、いつかは2030バージョンが使えるようになるんだろうな。どうしたら進化するかはわからないけど。


 待てよ? 確かあの25階建てのタワーマンションは250部屋以上あったはず。しかもほとんどが1L DKと2LDKタイプの部屋だ。あれを作る? 一部屋200個もEランクの魔石が必要な1LDKと、それ以上の広さの部屋を250部屋以上も? 必要なEランク魔石は5万個とかになるぞ!? ゴブリンや緑狼を5万匹……一日10匹狩っても14年。


 いや、そんなもんじゃない。バージョンが上がれば設備が良くなる。1990バージョンと同じコストとは考えにくい……もしもっと高ランクの魔石が何万個も必要とかだったら……


 あ〜ダメだ……先のことを考えるのはやめとこう。どうせ考えるだけ無駄だ。


 レベルが上がったりギフトが進化したら、案外簡単な答えが見つかるかもしれないしな。


 そうだよ。三種の神器だってギフトだって最初は絶望したじゃないか。火災保険は未だによくわからないけど、それ以外は最初と違って想像以上に良いものだった。


 きっと何か打開策がある。女神はあの時俺に魔物を狩れと言った。そして魔物を狩った結果、レベルが上がり神器が進化した。ならギフトだって可能性がある。


 よし、無理しない範囲で魔物を狩ってレベルを上げていこう。ダメだったらその時にまた考えよう。


 最終目的はタワーマンションを建てて日本に戻ることだけど、今は俺がこのデンジャラスな世界で生き抜く力を手に入れることに集中しよう。とにかく生き残る。生きてさえいれば道は拓ける。


「ふぅ、なんだか色々考えたら戦闘訓練する気がなくなってきたな。今日は風呂入って寝るか。こりゃぐっすり眠れそうだ」


 俺はそう言って食器を片付け、服を脱ぎ下着を洗濯機の中に放り込んで風呂場へと突入した。


 そして髭も剃り、ゆっくりと湯につかってこの世界に来てからの疲れを癒すのだった。




※※※※※※※※※※


作者より


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