第2話 ・神社の境内で狛キツネさんと会話

 数日後……神社の境内を竹ボウキで掃いているサラの姿がありました。

 落ち葉や枯れ枝を一ヶ所に集めているサラに、口を開いた『阿』の狛狐が話しかけてきます。

「ほら、サラ……そこ、まだ葉っぱが残っている」

「あ、本当だ」

 サラは狛犬ならぬ狛狐にせかされながら、ホウキで葉っぱ集めて市から購入指定されている、ゴミ袋に入れました。

「塩尻市の燃やすゴミ袋って他の地域の、ゴミ袋と比べるとメチャクチャ値段が高いなぁ……神主さん、家計に響くってぼやいていた。ただ燃やすだけの袋なのに」


 口を開けた狛狐は続けて、サラに指図します。

「まだ、あっちにも……ほら、そこにも枯れ枝が残っている……ほら、あそこにも」

 サラが黙ってホウキで枯れ枝を集めているのを見かねた口を閉じた『吽』の狛狐が、口を開いている相方の『阿』の狛狐に珍しく苦言をしました。

「……口開きの、そんなにゴチャゴチャ指示をしたら、サラちゃん可哀想だろう」

「口閉じの……オレは親身になって口出ししているんだ、サラちゃんのためにな……ほらっ、そこにも葉っぱが落ちてきた」

「口開きの、御神木が生えている神社なんだから、葉っぱくらい落ちてくる……ところでサラちゃん、今度人間の学校に行くんだって?」

 狛狐の問いかけにサラは、嬉しそうに答えます。

「はい、神主さんが転入の手続きしてくれました……今日、制服が届きます」

「それは良かった」

「口閉じの……何が良かっただ、オレは心配でしかたがない。いいかいサラちゃん、絶対に人間に正体がバレたらダメだ……バレたら人間の世界にはいられなくなる……猟師に鉄砲で撃たれて皮を剥がされるぞ」

「口開きの、今どき鉄砲を担いでうろうろしている猟師なんて見たことがないぞ……第一、キツネは駆逐対象じゃないから撃たれない。

それにキツネの肉なんざ、聞いた話しだと身が少なくて不味くて食えたもんじゃないらしい……その証拠に、キツネの肉がそんなに美味いジビエ肉だったら。キツネ鍋があってもいいはずだろう」

「そうか、少し心配しすぎか……キツネの毛皮製品も、最近はあまり見かけないし。剥製にするくらいしかキツネは利用価値は無いか……ははは」

「口閉じの……それは少し言い過ぎだ、黙れ」

『阿』と『吽』の会話に、サラは複雑な表情で遠方に見える高ボッチの山を眺めました。

 最近はソロキャンパーたちの聖地になりつつある、山からの眺めが絶景の高ボッチの方角から。

 馬のいななき声が聞こえてきたような気がしました。


 ◇◇◇◇◇◇


 玄蕃之丞の祠前に、キャバ嬢っぽい色っぽい美女が一人──腕組みして立って、玄蕃之丞と会話をしていました。

「ちょっと、過保護すぎない? 人間の学校に行くサラちゃんが心配だからって、あたしに教諭に化けて学校でサラちゃんを見守れだなんて」

 山形村・横手ヶ崎のお夏こと、今は夏美と名乗っている。玄蕃之丞の部下女キツネは手首に巻いた高級そうな腕時計の時刻をチラチラと気にします。

「今はこんな状況で休業や時短要請でお客さんも少ないけれど、あたしにだって夜の勤めがあるし、昼間も玄蕃之丞が考えているほどヒマじゃないし」

「そこを何とか頼む……油揚げご馳走するから」

「昨今、キツネに油揚げじゃあねぇ……美味しいもの、いっぱいあるから。

まぁ、あたしもたまには見に行ってみるけれど……それよりも、市の中心街に巣食う『閑古鳥軍団』の奴らの動きが最近活発になっているわよ……そっちの方が心配じゃない」

「町を衰退させる『閑古鳥』か……塩尻がこれ以上、衰退して活気が無くなったら。キツネの祭りをしてもらえなくなるなぁ」

 玄蕃之丞は夏美の言葉を聞いて、祠の中で顔をしかめながら言いました。

「お夏はいいよなぁ、横手ヶ崎の貯水地みたいな場所の近くに、お夏キツネの記念碑みたいなの造ってもらえて……羨ましい、羨ましい……ぶつぶつ」

「いじけない、いじけない」


 ◇◇◇◇◇◇


 サラは神社に届いた学校制服を着て、ご満悦でした。

「明日から学校かぁ」

 鏡の前でポーズをとるサラは、頭からピョコンと飛び出たキツネ耳や。お尻からフサッと出たキツネ尾を慌てて押さえて引っ込めます。

「危ない危ない、学校では、いつもより注意しないと」

 サラは気が緩んだ就寝中に、布団の中で朝になるとキツネの姿にもどっていたり。

 布団の中でキツネから人間の姿に化ける時、寝惚けて衣服を忘れてスッポンポンの少女姿で朝まで寝ているコトも……たまにあったりします。


「一回や二回くらい耳や尻尾が出ていても、巫女がキツネのコスプレしているくらいに見られて誤魔化せるけれど……たびたびだと、誤魔化しきれないからなぁ」

 そう言ってサラはテーブルの上に乗っていた、ワイングラスの赤ワインをクイッと飲みました。

 サラは見た目は十代だが、実年齢は成人年齢を越えています。

 ワイングラスの縁には、妖精の羽根を生やしたワインの女の子妖精『ロゼ』が、コップのフ●子さんのように座っています。

 サラには人間が見えないモノが見えています。

 その時、サラのスマホが着信を知らせるバイブで震えました。

 見るとサラの知り合いの平出の『縄文さん』から、すぐに来て欲しいとの内容の連絡でした。

「なんだろう?」


 サラが住ませてもらっている神社から、縄文さんがいる遺跡までは距離がありますが、サラの妖術ならひとっ走りです。

 サラがワイングラスの縁に腰掛けている、ワインの精に言います。

「空を飛んでいるのを見られて、大騒ぎになるといけないから、自転車で行ってくるね」

 制服姿で印を結び頭に葉っぱを乗せて、サラが呪文を唱えると部屋の中に狐火を従えた化け自転車が出現しました。

 サラは自転車に股がると、神社の社務所兼用住居の二階部屋の窓から屋根へと自転車を飛び移らせ。

 地面に着地するとそのまま自転車をこいで『縄文時代の幽霊が住む』平出の遺跡へと向かいました。

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