第47話 ジャルジャルート・ガルデンハイト

眼前に迫る変異種。


アレックスは、まさか異形の変異種が髪と血から生まれるとは思っていなかったので完全に油断していた。


「くっ.....。」


咄嗟に身体を捻りながら、後方へバク転をした。


タ、タタァァーン....


だがタイミング的に、少し反応が遅かったので脇腹もしくは足の一部くらいは喰われるだろうな、と諦めてはいた。

しかし、アレックスが後ろに反り返った瞬間、横から赤く光る鞭がブウォンっと、身体スレスレに通過した。


「とりゃぁぁぁぁっ!!」


見ると、ネフィがブルウィップで変異種2体をぶん投げていた。


「アレク!ぼさっとしないっ!気を引き締めて!!」と、ネフィの叱責が飛ぶ。


「悪りぃっ、助かった!」


アレックスは、すぐに体勢を整えた。

迫り来る変異種に、集中する。


ネフィとアレックスの位置が離れてしまったので、それぞれに1体ずつ襲いかかってきた。

どうやら、コイツらは異形と違って、意思があるようだ。

ジェ・スーの命令に従って、周りの騎士達には目もくれない。


(動けない騎士達を守らなくていいぶん、少し助かったか?

だが、ネフィと違って、俺は避けるので精一杯だっ!

今こそ、『無勝無敗の最終兵器』の名を発揮するとき!! 

しっかしっ、速ぇぇっ!祝詞唱える余裕がない!

避けながら、戦略を考えなくてはっ。)


ヒュンっ、ヒュン、グワッ!!


ヘドロ状の腕が伸びアレックスの服を切り裂く。

避けても避けても差が変わらない。

ジリ貧だ。

気を抜けば、虚無の口がグワっと襲ってくるので、神経がジリジリとすり減ってくる。


チラリと、他の騎士を観察するが、まだ動けるものがいない。

誰か1人でも動ければなんとかなるか?


アレックスは、聖女を視界に捕らえた。

聖女は、周りが意識を保っている中1人だけ失神している。


(マリーナさんの意識さえ有れば、その場で祈るだけで済むのにっ!

【威圧】に対抗できる魔術何かないか!?

状態異常なら魔術でどうにかなるのに......。

元々の気の弱さが原因じゃどうしようもない!

考えろ、俺っ!魔術じゃダメなら、前世の知識はどうだ!?

プレッシャーで尻込みするなら、気持ちを楽にさせればどうだ!?

精神薬?ちょっと弱いな....。

麻薬でラリさせる?危険か?

医療用麻薬ならいけるか?1回くらいなら常習性も出ないはず。)


アレックスは生成の魔法陣を浮かべながらも、虚無の口から避け続ける。

身体強化もかけ続け、出血したら回復魔法もかけ、擬似太陽も浮かべ続け、もう何が何だか訳がわからなかった。

先程までは、ジョッシュがいたので安心していられたが、今は動けない騎士その1に成り下がってる。


(くそがぁぁっ。俺は、肉体労働は苦手なんだ!

無理っ矢理っ、身体強化で動けているが....辛いっ!

あーーーーっ、無理無理無理無理っ!死ぬっ!

頭ん中もこんがらがってきたぁぁ!!


『メタンフェタミン塩酸塩 C10H15N・HCl生合成!結晶化! 水生成、撹拌、状態維持!!』)


頭上に魔法陣を維持したまま医療用麻薬ヒロポン水を浮かべた。

これで、まず一つ完成だ。


(次っ!気付け薬!

あわわわっ!魔力操作が難しい!あっちもこっちも!

体も同時に動かすなんて、俺神業じゃね!?

あああああああああっ!!もう一つ作らなきゃいけないのに、もう1本魔力の道が作れねぇ!!

やばい、やばい!死んじゃうっ!)


「アレク!!なにしようとしてるっ!?

教えて!私も、手伝う!」


「ネフィっ!もう一個薬を作りたいんだけど、魔力の道がこんがらがっちゃって!

気付け薬を作って、マリーナさん起こしたいんだけど、ちょっと今難しいっ!」


「オーケーっ!!そういうことなら大丈夫!起こせばいいんだね!」


「ああっ!そうだっ!」


アレックス達は、変異種の攻撃を受け流しながら会話を続けた。


ネフィには、何か考えがあるらしい。


ネフィが呪文を唱える。

『氷魔法 フローズンランスっ!』


(はぁっ!?)


アレックスは驚愕した。

それもそのはず、氷の槍を敵ではなく、味方に向けて投げたからだ。


投げた先にいたのは、哀れな下僕2号エドワードだ。

エドワードの足に、槍が勢いよく刺さった。


『グッアァっ...』


エドワードは歯を食いしばって痛みに耐えたが、小さく呻き声を上げた。


「エドっ!!気付け薬をマリーナの顔にぶっかけて!瓶を開けてかけるだけなら、気合いでどうにかできるでしょ!」


「....ふぅぅぅ...。ネフィは、優しくない...。

こんな攻撃されなくても、出来たよぅ。かければいいんだね。」


エドワードは、ゴソゴソと懐から、気付け薬を取り出した。


絶対、気付け薬を持ってるとネフィは確信していたのだ。

よくお茶会などで倒れたご婦人に、近衛が気付け薬を嗅がせているのを見ていたからだ。近衛隊の必需品と言っても過言ではない。

腐っても元貴族令嬢、貴族の常識くらいは持っている。


「...ゴメンね....、マリーナさんごめん.....。

嗅がせる姿勢になれないから.....。.....くっ....。

本当にごめん....。」


瓶の蓋をキュポっと、とったエドワードは、瓶を傾けた。


どばっ.....


マリーナの鼻の下あたりに気付け薬が垂れた。


..................。『!?っ臭ぁぁぁぁぁっ!!』


マリーナが絶叫して、目を見開いた。


気付け薬の中身は、アンモニアだ。

酸っぱい刺激臭がマリーナの顔に盛大に香っているのだろう。

もんどり打ってバタついている。

拭いてもなかなかとれないもので、鬼畜の所業といってもいいだろう。

今回は、また気を失われたら堪らないので、必要な処置だった。


アレックスは、そのチャンスを逃さず走り寄って、飛び越えながらヒロポン水をマリーナの口に突っ込んだ。


『ゴホぉぉっ、ゲホッ、ゲホッ....』


盛大に咽せるマリーナ。

アレックスも鬼畜であった。

しかし、変異種が追いかけてくるので、手心を加える余裕はなかった。


「「マリーナ(さん)っ!なにも考えずに、とにかく祈りをっ!!」」


咽せながらもマリーナは、薬がほどよく効いて、いい具合にラリっていた。

頭がふわふわして気持ち良くなっている。

考えることを放棄し、指示に従ってしまう。


「とにかく祈るのね.....。」と、疑問も抱かず、手を組んで、神に祈った。


パァぁぁぁっ!!


浄化の光が輝き、変異種が崩れていく。

ようやくアレックスたちは、動きを止めれた。


「ふぅ〜、なんとか生き残った.....。」と、安堵した。


崩れた変異種をふと見てみると、浄化の残滓がキラキラと昇っていくほかに、よく見ないと見えないくらいの細い黒いモヤがジェ・スーに向かって伸びていた。


そのモヤを吸収したジェ・スーは、再度憎々しげに髪を抜いて血を垂らそうとする。


『『燃焼!カンバッション!!』』


アレックスとネフィが、同時に魔術を行使する。


地面に落ちた髪を即座に燃やした。


「召喚させねぇよ?当たり前だろっ。」


髪に血が吸収されなければいいのだ。

元になる髪の毛さえ無くしちゃえば、変異種は出てこない。


『卑怯でありんすっ!!

そもそも、わっちが寝てるうちに、眷族たちも消滅させて...。水晶も壊して泉を枯らしたことも卑怯でありんす!』


「卑怯?こっちは生きるか死ぬかの瀬戸際なんだ!

弱点を突くのは当たり前だ!

それに大方、あんたが一度に召喚できるのは、2体ってところか。そうでしょう?」


『.....くっ、なぜわかりんした?』


「じゃなければ、俺たちが苦労しているときに追加で召喚していたはずだからだ。

無限に出せなくて助かった。

まぁ、もう召喚自体させねぇけどな。先に髪を燃やしちゃえばいいだけだし。」


悔しそうに手を握りしめるジェ・スー。


そのジェ・スーに、ネフィが話しかける。

「ねぇ、ところで、あなたなんなの?

見たところ人間じゃなさそうだけど?

石版を読んだ感じ、悪魔であってる?」


『......。』


「ダンマリじゃわかんないよ?私たち、今回のアンデッド大発生させた理由が知りたいの。さぁ!しゃべって?」と、勝ち誇った顔でゆっくりと近づいていく。


しかし、もうすぐ目の前というタイミングで、ジェ・スーの様子が変わった。


急に苦しみだしたのだ。


グギャギャグギャ....グギャ.....と、人間が発する言葉とは全く思えない音を口からはき出し、身体がバキバキと関節を無視して曲がりくねり始めた。

そして、目がグルンっと白眼に変わり、動きが止まった。


アレックス達は、ゴクリと唾を飲み込み、様子を窺う。


そして身体がゆっくりと元の姿勢に戻りはじめ、再び人の形を取ると、グルンっとまた目が動いた。


白眼がなくなり、全ての眼球が黒くなっていた。

虚無の口と同じで、吸い込まれそうな黒で寒気がする。

表情も、今までの妖艶で豊かな表情だったものから、無表情に変化し得体の知れない感じがヒシヒシとする。


何が起きた?


ネフィも危険を感じて、慌てて飛びずさった。


しばらく見つめあって警戒していたが、ややあってジェ・スーが喋りだした。

「....やぁ、人間?あんまりコイツを虐めてくれるな。悪魔のことは、喋れないように誓約で縛ってるんだ。」


しかし、その声は全くの別人だった。


ハスキーな女性の声だったのが、低く腹に響くような男の声になった。

姿勢も女性的なものから男性的なものに変わっていた。

姿形は、間違いなくジェ・スーだが、中身が違うと断言できる。


「....誰だ??」

ボソリとアレックスはつぶやいた。


聞こえていたようで、ジェ・スー姿の何者かが答えた。

「そうだなぁ、コイツの契約主で、精神を間借りしている者?

悪魔とも言われてるか?

まぁ、とりあえず名乗ろうか。

俺の名は、ジャルジャルート・ガルデンハイトだ。

ヴェルディエントの兄だ。」


(兄弟?じゃあヴェルディエントは転移者じゃねぇ?転生者か。)


「何を話そうかなぁ。

人と話すのは、何百年もなかったから、ちょっとリハビリがてら付き合ってくれよ。

というか、君たち凄いね。よく普通にしてられるよね。

ジェ・スーのような紛い物の【威圧】じゃないから、俺が出てきた時点で普通の人間なら倒れるよ?

ほら、もう他の奴らは這いつくばってる(笑)」


パッと振り返ると、隊長格は膝をつくくらいで済んでるが、他は苦しそうに潰れていた。


「うーん。君たちは人間じゃないんじゃない??

でも、悪魔でもないし、天界の奴らでもない。不思議だね。」


(またかっ!悪魔にまでバケモン扱い!解せんっ。)

アレックスは、憤慨したが、ネフィは違うところに注目していた。

「天界??やっぱり神話は事実なの?」


「神話っていうのは、わからんが、いけすかない奴らなら空にいるぞ?

ただ、寝て食べて笑って、悪いこともしない、苦しい思いもしない、死なずに生きているだけのスッッゲェーッ、つまんねぇ奴らがな。ほんと反吐が出るっ。

おい、お嬢ちゃん。そんな生活、満足できるか?」


「できないね。」


「だろう?じゃあ、お嬢ちゃん♪

俺と契約して悪魔にならないか?悪魔は楽しいぞ。

なんでもやり放題だ!」


キョトンとするネフィとアレックス。

悪魔になることができる??どういうことだ?


「このジェ・スーだって、元は人間だった。

俺が契約してやったんだ。それで悪魔の仲間入りをした。


コイツ、めちゃくちゃ人間恨んでたからなぁ。

自分の容姿がなまじ良かったから、禿なのに花魁の姐様がたから嫉妬でいじめられて。

さらに男にはしょっ中襲われて。

だから、人間不信なところに声かけたらあっさり悪魔になってくれたってわけだ。


記念に住処を好きなところに用意してやったんだが...。

俺はココちょー居心地悪ぃんだが、コイツはここがいいって言ってよぉ。

それだけが俺、不満。


コイツ、神殿の孤児や修道女に憧れてたんだってよ。

イロを売らなくていいから、羨ましかったんだとよ。

本当は、神殿を占拠したかったらしいんだが、流石に聖物が多くて入り込めなかったから、妥協してここを与えたんだ。

神殿と同じ雰囲気だろう?岩肌が聖岩石だからな。


てゆーか、コイツ矛盾してるよな。

ククっ、修道女と正反対の悪魔になるなんて。

修道女に憧れてるなら、悪魔になっちゃいけねぇだろう。


まっ、天界の奴らが手を差し伸べねぇから、仕方ないっちゃ仕方ねぇが。


あれ?なんだっけ。なんの話をしてたんだっけか?

あ、そうそう悪魔にならないかって勧誘してたんだった。

コイツのように人間を跡形もなく消したい欲求があれば、そういう魔物を生み出す能力が与えられるぞ?どうする??」


「いや、お断りだよ。悪魔なんぞなったら、飽きるわぁ。きっと寿命ないんでしょう。

うんざりしそう....。」

ネフィはげんなりしながら答えた。


「そうかぁ、じゃあ交渉決裂だな。

我が国の魔王ヴェルディエントも人間憎んでてな。拗らせてんだ。

我が弟ながら、おっそろしい奴でなぁ。

人間が嫌いなんだとさ。理由は知らないんだが、ある時から急に人間嫌いになっちって。


今までめんどくさいから、天界にも戦争ふっかけることもズーーっとしてなかったんだがなぁ。

魔王の命令じゃ、しょうがないよなってわけで、死んでくれると嬉しいな。

じゃ、ジェ・スーに精神返すわ。

結構、コイツ強いから頑張って!」



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