第43話 行軍開始!

『馬鹿野郎っ!殺すなって言っただろ!アンデッドになるっ!』

『はっ! そうでした!すいません!』


現在、アレックスたちは宵闇の森の深淵部に向けて行軍中である。


やはり目論見通り、開始2時間経っても異形は出てこなかった。

しかし、アンデッドではない魔物らは度々現れ、襲撃してきていた。

その度に先ほどのような怒号が飛んでいた。


当然、魔物らはアレックスの防御壁には阻まれるのだが、防御壁にバチンとぶつかると、条件反射のように騎士が斬りつけてしまうのだ。


結果、その場に魔物の亡骸が.....不本意ながら出来上がる。


今も、一角ブラックベアという頭に白銀の鋭利な角を1本生やした黒色の巨大グマが勢いよく防御壁にぶつかってきたところだった。

騎士の真横で、涎をダラダラと垂らしながら牙を剥く3m近い熊が、殺気を込めて立ちあがり殴りかかろうとしていた。


壁に阻まれるとわかっているが、やはりゾクリとするもので、近くの騎士の1人が、咄嗟に、急所の眉間に剣を突き立て絶命させてしまったのである。


やられる前に殺る習慣がついてる騎士には、「殺すな。無視しろ。」という命令があってもなかなか難しいものだった...。


そして死んでしまった魔物の行く末は、アンデッドである。


絶命し、しばらくすると黒いおどろおどろしい煙が、森の奥の方から、すーっと飛んでくる。

死んだ魔物は、その煙に包まれ、全体が見えなくなるほど濃く覆われる。

そして煙がやがて無くなると、再び緩慢な動きだが動き始め、アンデッドが出来上がる。


こうやってこの森で魔物のアンデッドが、増え続けたようだ。




『燃焼 カンバッション』



すぐさまアレックスが、魔術を発動させてアンデッド焼却処分をする。

ここまでが今までの行軍のおおよその流れだった。


つまり、森で死ぬと直ちにアンデッドになるということで、これが人間でも当てはまるとしたら、ゾッとする事態であった。


アンデッドになった生物は、浄化もしくは燃やすしかないが、そうすると後には何も残らない。きらりとした残滓が空に昇っていくだけだ。

人間の場合、遺族にも骨も渡せず、虚しい想いが残るのみである。


団員たちも、最初の魔物の行く末を見て、すぐさまこのことに思い至った。

決して死んではいけないと恐怖をおぼえて、しばらく固まったのだった。


仲間に自分を殺させるわけにもいかない。

なんとしても生き残ると固く誓った。




そんなこんなで森に分け入って、2時間ちょっと経った頃。

徐々に、異形が出てきた。


異形は、真っ直ぐにこっちに向かってくる。

生きてるものに執着するアンデッドらしく、森の入り口に向けて進んでいた異形も方向を変えてこっちに向かってきた。

最初は、前方面だけ対応すれば問題なかったが、現在は360度異形に囲まれている。

後方は、行軍スピードの方が速いので浄化せずに放置をすればいいが、左右は中に入り込んでくる異形のみ浄化していく。

全部が全部、浄化する必要はない。

とにかく原因の場所へと進むのが目的である。



当たり前だが、延々と浄化を続けても数が全く減らない。

一定間隔で、異形がゆらゆらと向かってくる。

前世のゾンビシューティングゲームのようだ。


ひたすら異形の動きを止めるために手足と尻尾を削ぎ落とす騎士と、防御壁の中に入り込んだ異形を浄化する魔術師。

無駄のない動きで、次々と無効化しながら前進していく。


今のところ、魔力も体力もあるので問題なく進めていた。


たまに、ガッ!と、凄い勢いで侵入してくる変異種も出たが、マリーナがすぐに浄化できた。

変異種を3回浄化したら魔力回復薬を飲むのを繰り返している現在、お荷物になることもなく進めていた。

先日の聖女検証の賜物だった。



行軍開始から4時間ほど経ち、ひたすら進んでいると空腹を覚えた。

どうやら、そろそろ休憩をする時間のようだ。


エバンズ団長が、さっと手を上げ口を開く。

「そろそろ、休憩にしよう。アレックス補佐!」


「はっ!

 了解しました〜。え〜い、となっ!」

アレックスは、防御壁をそのままに、手を上に掲げて呪文を紡ぐ。


植物魔法だ。


『植物成長促進 プランツグロウス!』


魔法陣を頭上にどんどん広げていく。

30人が、ゆったり座れるくらいの大きさに広げると、指をパチンと鳴らした。


すると魔法陣に触れた植物、枝や大木、蔓がうねうねと動き出す。

まるで粘土のように、ウニョーンと伸びながら、曲がっていく。

魔法陣から上の植物を、早送りで成長させ、意図してすり鉢の形ように伸ばしていった。


少しずつ絡まった木々や蔦が解けていく。

隙間が徐々に出来て、上から太陽の光が所々射しこんできた。

やがて、天井に大穴が空き、あたり一帯の異形が太陽光に焼かれ消える。


アレックスは、さらに呪文を紡ぐ。


『土魔法グランドアップリフト!』


今度は、地面に魔法陣を広げて魔術を行使した。


ゴゴ、ゴゴォォォォォ......、ゴ、ゴ、ゴ......


お腹に響くような轟音と揺れが発生し、魔法陣下の土が、団員を乗せたまま天に向かって迫り上がる。

やがて、森の木々よりも高い場所で静止した。

日光に照らされているので、アンデッドの脅威から束の間だけ離れられた。

これが、今回の作戦の休憩の仕方であった。


直近の会議で色々検討した結果、森の生態系をなるべく壊さないで進むことにしたからだ。

実際のところ、生態系を気にしなければ、魔術でドンっと焼き払うなり伐採するなりして道を作る方法も検討されていた。

そうすれば、危険も少なくすむし、かつ早く森の奥に行ける......だが、最終的に諦めたのだった。


大きく日光が入る道を新たに作れば、森の湿度や温度が変わってしまい、森の恩恵である薬草等を得ることができなくなる可能性を加味したのだ。


それで、防御壁を展開しながら、森をいじらずに進むことに決まったのだが、別の問題が出てきた。

アンデッドが絶えず襲ってくるなか、休憩することが出来るのかという点である。

行軍もギリギリの人数。それでいて交代しつつ、その場で止まりながらの休憩となると難しい。

アンデットがどんどん遠くからも近づいてきて数も増えるとなると、結果は推して知るべし。


よって、休憩だけは穴を開け安全を確保することにしたのだ。

もちろん、休憩が終われば植物魔法でまた穴を塞ぐ。

もちろん、アレックスが塞ぐ。


魔力過剰なアレックスがいなければ、まず不可能な作戦だったが....、まぁ化け物扱い確定案件だ。


ここで今日最後であり唯一の休憩をしたら、森に降りて再度行軍する。

日の入り前まで続けて進んだら、同じように風穴を開け地面を隆起させ、森の上に出る。

そのあとは、森の上から砦に向かって帰ることになっている。

騎士と魔術師の体力を考えると、ほとんど寝ずに進むのは、ほぼ不可能だと総意したからだ。

翌日は、また森の上から同じ場所まで戻り、再度森の中に入って進む。


これを繰り返すのだが、うまく運んで今日中に終わらないかなぁっとアレックスは思っていた。

そもそも俺、そろそろ公休だったんだが......。

なんか過酷な労働条件じゃね?

おかしいなぁ。過労で死なないように適度に暇で、かつ好きな化学式をいじって、のほほんのんびり薬師ライフをおくるはずが.....。

どうしてこうなった??

.....くそぉ、横でニコニコしながら飯食ってるネフィのせいだ.....

魔術の本を読む時間もないから、契約魔法陣の破棄の仕方もわかんねぇし。

誰に聞いても、わかんねぇっていうくらいだから調べても方法がない可能性もあるから、寝る時間を削ってまで調べようとも思わない.....。.....詰み。




休憩後、午後の行軍が開始した。

特に午前と変わりなく、異形がひっきりなしに迫ってきて、たまに魔物や変異種がやってくる。

淡々と、流れ作業のように浄化をしていくが、景色はちっとも変わらない。

強いて言えば、左前方からくる異形の数が多少多くなったかも?ってくらいだ。

エバンズ団長も、そう感じたようで進路を左前方に変え、さらに奥に進むことにした。


進むと、やはり1方向から来る異形の数が多い。

そっちの方向に原因となるものがあるようだった。

だが、そろそろ要塞へ引き返さないと日が暮れる時間になった。

よって、今日の行軍は終了になってしまった。


アレックスは、やっぱり今日で終わんなかった.....と、がっくりとした。

だが、まだやることがある。

はぁ〜っと、腰に手をあて、気合を入れると呪文を紡いだ。


『植物成長促進 プランツグロウス!』


『土魔法グランドアップリフト!』


続け様に魔術を2つ行使し、森の上に上がった。

帰りは、森の上を日に照らされながら安全に帰る。


アレックスは、遠くに見える要塞の方向に魔術を展開する。


地の利を使って道を作るのだ。

つまり、また植物魔法だ。

元々、日が差さないほど木々や蔓が密集しているので上を歩くことは気をつければ出来そうだった。

今回は、安全を期して、さらに植物を成長させ、密度をギュギュッっとすれば安定して歩けるという寸法だ。

一回、道を作っておけば、明日も利用できる。

一石二鳥だ。


さぁ、今日の仕事はこれで終わりだ!


意気揚々とアレックスは、呪文をを紡ぐ。


『植物成長促進 プランツグロウス♪』


指をくいくいと動かしながら、しっかりとした足場の道を作っていく。


ハイホー♪ハイホー♪声をそろえ〜♪


鼻歌まじりに歩きながら、道をどんどん作っていく。

うねうねと木の枝が伸び、太くなり、ぐるぐるとねじれていく。


ご機嫌なアレックス(とネフィ)以外の騎士たちは、そのあとをなんとも言えない顔でついていく。


「なぁ、アイツおかしくないか?魔力ありすぎじゃないか?」

「ずっと防御壁も張ってるしな.......」

「俺、あいつが魔力回復薬飲んでるところ見たことないぜ.....」

「マジか?」

「なんであんなに顔色がいいんだ?」

「第10の魔術師たちは、魔力の使いすぎで顔が真っ白なのにな....」

「ニコニコしてる第3のヴァンキュレイト隊長もおかしいが、アレックスはおかしいどころの話じゃねぇな。」

「今も魔術をバンバン使ってるのに、鼻歌歌ってるぜ?」

「「「「バケモンだな.....。」」」」


騎士らは、ボソボソと会話をし、挙動不審になりながら後ろをついていった。


ロウェルとジョッシュは、それらの会話を聞いて「「さもありなん。」」と、頷いた。


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