第40話 浄化作業2日目

「きゃぁぁぁぁ....、なんですの!気持ち悪いぃ!」


マリーナの絶叫が、砦前の隙間地にキンキンと響き渡った。

真横にいたアレックスは、声に驚きビクッと体を揺らし、片耳を押さえながら苦笑する。


そりゃぁ、叫ぶよな...。命も吸い込まれそうな何とも言えない恐怖の口もあるのに、あの動きじゃさらにおぞましくなるよな。

でっかいナメクジのようでムカデのような手足もありゃ、普通の女の子なら当然のリアクションだ。

まぁわかるけど、もうちょっと声落としてくれないかなぁ。耳が痛ぇ...。



日が暮れ、太陽の光がなくなると同時に、宵闇の森から水を得た魚のように異形がわらわらと出てきたのだが、思ってもみない動きをする奴らに慄いて、マリーナは悲鳴を上げ続けている。

後ろで守っている近衛の連中に、必死に縋り付いて逃げ腰だ。


「ほらほら、マリーナ。きたよ、浄化しちゃって!」


ネフィはぐいぐいと、そんなマリーナの背中を押して前に押し出そうとしている。

ニヤニヤしていて、かなり楽しそうだ。


「押さないでくださいましっ!やめてぇぇ!」と、ジタバタするマリーナと、ネフィの所業を辞めさせようと右往左往する近衛たちを、アレックスは憐憫の目で見ていた。

南無三...。


異形の集団からは、まだ距離がある。

ナメクジみたいにゆらゆらと進む奴もいれば、器用にたくさんある腕をのしのしと使って若干早く動くやつもいるが、基本はアンデッドなのでスピードが遅い。だから、まだまだ余裕で何もしなくてもいい。

見たところ、変異種もいなさそうだ。

ネフィもそれがわかっているから今は遊んでいるのであって、アレックスはしばらく傍観していたが、徐々に異形との距離が迫ってきたタイミングで、マリーナに指示を出すことにした。


「マリーナさん。そろそろ特大で浄化魔法をかけてもらってもいいですか?

ネフィもふざけてないで、いざと言う時のために準備しろ。」


これ以上近づかれると、アレックスたちがいざと言うときに祝詞のりと寿ことほぐ時間が足りなくなる。


「特大ですの?」


「そうです、特大でお願いします。

最大値を知らなければ、フォローできません。  

あ、でも安心してください。どんなことがあってもフォローします。

魔力ギレになったら回復薬があるから、その辺気にせず、どんどん浄化しちゃってください。

魔力を回復している間は、俺とネフィが対処するので、今日は気楽にどうぞ〜。」

アレックスは、なるべくプレッシャーをかけないように、敢えてやる気がなさそうに声をかけた。


検証するためには、最大値や回数等が必要になる。

それも、通常の心理状態での発動の方がなお良い。統計が取りやすいからだ。分散値が大きい時はデータから外さないとな。

こういった検証は、得意分野である。

データをとって数値化して考察するのは、大学のゼミで腐るほどしたからお手のものなのだ。

ただ頭ん中で2乗するのは、ちょっと大変で、電卓が欲しいとこだ。

反して、周りの護衛の騎士たちは、頭を使うのは不向きそうだ。

頭にいく栄養分は全て筋肉に行く奴らだ。

その辺りは、全く期待してない。


今夜の目的は、あくまでマリーナの聖女としての力量を知る為のものなので、データを取るために他の魔術師は干渉させていない。

他の魔術師は、取りこぼしのみを対応する為街の近くで討伐させているので、この場には誰一人いない。

回復中のサポート要員として、ネフィとアレックスが魔術師枠でいるが、これで事足りる。

騎士枠としては、ロウェルとジョッシュと、見目麗しい第一騎士団の連中が数名。少数精鋭でことにあたる作戦だ。


だがしかし、素朴な犬ヅラの3人の男とキラキラしい男前の集団...。

アレックスたちは、居心地がすこぶる良くなかった。

残念無念で、見た目では完膚なきまでの敗北だ。

先程も、自己紹介をした時マリーナにボソリと地味ね...と呟かれた。

3人でハハと乾いた笑いをもらして、『絶対コイツだけは守らねぇ。俺たちは実力で勝負だ』と各々が心に闘志を燃やしたものだった。




「では.....いきます...。」


マリーナが、異形をキッと見据えて息を整える。

まだ顔には恐れと不安がまざまざとみられるが、落ち着いて両手を組み祈り始めた。

神官たちと同じく祈るスタイルだ。


目を閉じて祈り出すとすぐに、マリーナの体の周りに浄化の光が溢れ出した。

アレックスたちは、その聖魔法の発動の速さに驚いた。

長い祝詞もなく、祈る時間もほぼない。

これは、確かに神に愛されている聖女だと納得した次の瞬間。

パァぁぁぁんっ!と浄化の光が弾けるように広がり、異形はたちまち跡形もなく消え、キラキラとした残滓が神の御許へ昇っていった。


ふーん、範囲としては大体200メートルトラックくらいかな。

聖女といわれるだけあって発動までが早い。

それだけ、神様に愛されてるってことか。ふむふむ。


アレックスは、ネフィに近づいて耳打ちをする。

「ネフィ。どのくらい、一回で魔力使ったか鑑定できるか?」


「んっ、できるよ。オーケードォーキィー♪」

ネフィは、ふふふんと、得意げになって了承した。


「マリーナさん。すごく早い発動でびっくりしました。

そのくらいで発動できるなら、今度はもうちょっと引きつけてから浄化しましょう。

騎士の人たちは、近づきすぎた異形を斬るためにもう少し前で待機してくれませんか?

マリーナさんが、不発になってもすぐに防御壁を張ります。気にせずにどんどんお願いします。」


マリーナは一度浄化がうまくいったので、肩の力が抜け、顔つきも良くなった。

次々と近づいてきた異形の集団に浄化の光を浴びせていく。

その間、アレックスとネフィは作戦会議だ。


「アレク、大体マリーナの総魔力は1200ってところなんだけどね。2回目を放つ前は、843。そのあとは619、404。今は212になってる。」

「気負わなければ、大体200前後で発動するってことか。じゃあ、次で打ち止めになるな。」

「うん、そうだね。」

「発動できないことを見てから、手を出そう。とりあえず、俺が防御壁を張って異形を押し出すからその間にネフィは祝詞を寿いでくれるか?」

「オッケー。」



そのまま黙って見守っていたが、やはり想定通り魔力が尽きたようで、浄化の光が広がることなく、しゅんっと消散した。


『防御壁展開。』


アレックスは瞬時に防御壁を展開し、近づきすぎた異形を外へ押し出した。


ずずずずずっ......。


異形は、ずりずりと地面に擦られながら後退させられたが、防御壁の大きさが定まると、徐々に虚無の口を起点として壁の内部にぐにゅっ、ぐにゅっと這い出てきた。


「ロウェル!ジョッシュ!前へ出ろ!手脚をげっ!」


「はい!」「おうっ。」


ネフィも、すぐに祝詞を寿ぎ、聖魔法を発動していた。

近くの異形が数体、跡形もなく浄化されたが、防御壁にへばりついた異形の大半がまだ健在で、引き続き内部に入ろうと虚無の口から進み続ける。

ネフィだけじゃ間に合わないので、アレックスも祝詞を寿ぐことにした。


(んー、俺も数体まとめて浄化したいんだけどなぁ。

一体もしくは超特大範囲の2種類だと潰しが効かないから不便だよなぁ...。

何かいい祝詞ないかな、エクソシストが唱える言葉とかどうだろう...、悪霊退散っ!とか言って十字でも切ってみる?

あー...でも、不発だとでも恥ずい...。

とにかくへりくだって神様に訴える言葉を試してみよう。)


『万物を創りし尊崇そんすうなる数多あまたの神々よ、

悪しきものを退ける力を我に

我は、従順なる神のしもべなり

あやしの身なれど、浄化の力をいらしたまえ』


すると、ぶわっと光の奔流が、アレックスから360度全方向に勢いよく流れ出た。

浄化の筋10本ほどが異形に伸び、到達するとすぐに青い炎が燃え盛り、異形の全身を焼く。

やがて、浄化の残滓が空へと昇っていった。


成功だ。

アレックスは、複数浄化の祝詞をゲットした!

チャラララッチャラ〜♪レベルが上がった!


「アレク、さすが。ちょうどいい祝詞だね!」

「何語だぁ?あやし?玉?なんだそりゃ?」

「はぁ〜、すごいですねぇ。昨日の呪文も何言ってるかわかりませんでしたが、神様にはわかるんですねぇ」


「ふふん。すごいだろう。

俺、すげぇ〜!!神様ありがとう〜!!」

アーメン!クワンギ!南無阿弥陀仏〜っ!


異形に囲まれているのにもかかわらず、4人は気安くやりとりをする。

まるで、ここが戦地ではなく、ただの演習訓練のようである。

その後も喋りながら、ジョッシュたちは防御壁から顔から体を押し込んでくる異形をザッシュザッシュと流れるように斬り捨て続ける。

手脚を削がれた異形は、その場でうねうねとするばかりだ。

アレックスたちは、昨日の経験を糧にして難なく対処していった。


それに対して、近衛の連中は、にょきにょきと這い出てくる異形に恐怖で震えている。

所詮は、顔だけ脳筋連中だ。根性が足りない。

だが、腐っても騎士なので、聖女を背に庇いながら円陣を組みつつ剣だけは一応構えていた。


「ねぇ、マリーナぁ!魔力回復できたぁ??」

浄化の合間にネフィが声をかけたが、返事がない。

マリーナが回復しないと、今日の目的が達成できない。

痺れを切らしたアレックスは怒鳴った。

「第1っ!!マリーナさんの状態を報告しろ!」

近衛に周りを固められているので、中のマリーナの状況がこっちからだとわからないのだ。


「はっ!...まだ回復してません!」

「回復薬飲んでどのくらいになる?!」

「実は、飲めてません!」


「「「「はぁっ!?」」」」


どうやら魔力切れが初めてだったらしく、薬を嚥下することができなかったみたいだ。


「口移しでもなんでもいいから飲ませろ!」

「無、無理ですっ!!殿下に殺されます!」

「えぇ〜....、早く口移しで飲ませた方がいいと思うよ。

飲ませないと、逆に囲まれて君達死んじゃうよ〜??

異形に殺されるくらいなら殿下の方がマシじゃない??」

「ぼくたち、あなたたちも聖女様も、護りませんよ〜。」

「だなっ!俺たちの任務は、あくまで補助だ!聖女の護衛は、第1の管轄だしなっ!」


ここぞとばかりに、地味だと蔑まされた恨みを込めてアレックスたちは見捨てる発言をする。

すると、近衛も覚悟を決め、ようやく魔力回復薬を飲ませた。


「動けるようになるまでの時間及び、浄化を再度発動できるまでの時間を後で報告!!測っておくように。」

アレックスは、とりあえずの指示をだして、引き続き異形に対峙する。祝詞を唱えたり防御壁を展開したりとタイミングを見ながら討伐し続けた。

そして1時間くらい経ってようやくマリーナが回復した。回復までだいぶ時間がかかるようだ。


その後もマリーナの魔力が切れたらサポートにまわり、復活したら静観を繰り返す。

その間のインターバルは1時間くらい。

完全に魔力が切れる前に、回復薬を飲めばもう少しインターバルが短くなったが、2回目のターンからは、せいぜい浄化魔法が3、4回しか発動できない。


(うーん、マリーナさん...言っちゃ悪いけど、燃費悪いな。ぶっちゃけ居なくても?

デイビッドとか、普通の魔術師の方が回復が早いし、長時間の討伐ができるしなぁ。いいところは、すぐに浄化魔法が発現するところ??)

アレックスは、難しい顔で聖女の使い所を思案しながら討伐していく。

今の時刻は、聖女の回復待ちのインターバルである。


「アレク!そろそろデータ取れた?

できてたら撤退しよう。大規模浄化魔法の祝詞お願い!」

ちょうど良くネフィが声をかけてきた。


「ああ。データは取れた。じゃあ、ネフィ。代わりにサポートよろしく。」


アレックスは、呼吸を整え祝詞を心を込めて寿ぎ始める。


 『天上に居おります数多の神々よ、


  我が名は、アレックス。


  諸々もろもろ禍事罪まがごとつみ


  穢有けがれあらむをば はらいたま


  清め給へともうす事を


  聞きこし、っ........!?』



ドッ、カァァァーンっ!!!!



もうすぐ祝詞を寿ぎ終わる時になって、防御壁上部にいきなり衝撃が訪れた。

アレックスは、驚いて祝詞を途中で棄却してしまう。

上をバッと慌てて見上げると異形が防御壁を突き破り、勢いよく落下してきていた。

壁の中に入るスピードがやたら早い。


変異種だ。


『『マリーナ(さん)っ!!浄化!』』


「無理ですわっ!まだ全然回復してません!」

「うまく魔力を使えば1回くらいならできる!」


マリーナは、祈るがすぐに光が消失してしまい発動できない。


『多重防御壁展開っ!!』


アレックスは、すぐさま切り替えて幾重にも重なった防御壁を展開し、異形の落下のスピードを落とした。


「ネフィっ!頼む!」


「オーケィ!」とすぐさま走り込み、落下地点に到達するネフィ。

落下のタイミングを合わせて、下から上に思いっきり剣を振り上げた。


ザシュっ!


数本、手を切断するが、怯むことなく変異種はそのままネフィに突っ込んでくる。


(二度とお前に、私の体は喰わせないっ!)


くるりと一重身になり、紙一重で攻撃をかわす。

すれ違い様に、もう一太刀。


スパッ! 


綺麗にしっぽを斬り捨てると、すぐに体勢を整え変異種に向き合う。

しかし、変異種は不思議なことに身近のネフィには興味をなくし、真っ直ぐ離れた標的に向かいだした。

風を切り裂く音を響かせながら、猛然とアレックスに飛びかかる。


「っ!?...くそっ...。」

アレックスは祝詞を寿いでいたが、またしても邪魔された。

すぐさま別の魔術を行使する。


『土魔法グランドアップリフト!』


アレックスの目の前の土壌から、土壁がズズズっと一瞬でそびえ立ち、異形の進路を塞いだ。

アレックスは、その隙にすぐさまバックステップで距離を取る。


しかし変異種は、体が一瞬壁に阻まれたが、にゅるんっとすぐに壁を抜けてきた。

ほんの少ししか時間稼ぎができなかった。


目の前に変異種が迫り来る。

まずいと、背中に寒気がゾワっとはしった。


その瞬間、

「たぁぁぁっ!」「おりゃぁぁぁ!!」

ジョッシュとロウェルが横から駆け込んできた。


ジョッシュは、スライディングしながら変異種の脚を横に一刀両断し、変異種がバランスを崩す。

そこへ今度はロウェルが胴体部分に剣を食い込ませて、変異種を吹っ飛ばした。

仲間のおかげで、変異種との距離が空いたこのチャンスを無駄にせず、アレックスは祝詞を寿ぎだした。

それを確認した3人は、すぐさまアレックスを庇うように周りに位置を取る。何も言わなくても、最適な動きを各々ができていた。

他の異形も徐々に迫ってきていたが、今は変異種に集中する。視界の端に、聖女組が迫り来る異形に対して対応できずに、ごちゃごちゃと動いている姿が見えるが今は放置だ。勝手に頑張れ。


ザシュっ!ダンっ!シュパッーン!!


アレックスが祝詞を寿いでる最中にも変異種が何度も飛びかかってくるが、ネフィたちが残りの手脚を斬ったり、吹っ飛ばしたりして時間を稼ぐ。


『天上に・・・・・ こしめせえとかしこかしこみももうす!』

アレックスは、仲間たちに全幅の信頼を寄せ、慌てず祝詞を奏上し終えた。


ブワァァァァっと浄化の光が膨れ上がり、漆黒の夜に眩い光が閃光し、昼間のような明るさが訪れる。

変異種も異形も残らずパラパラと崩れ、残滓が煌めきながら空に昇っていった。





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