第24話 アングラ スピア ビー

アレックスは、ハミルトンと連れ立って訓練場にやってきた。

訓練場では、警戒役と思われる蜂が数匹飛んでいるのが目視された。


「ハミルトン卿、(切実に)僕の後ろには立たないでください。真横にいてください。(マジで)お願いします。万が一、蜂が(お前が)襲ってきた時後ろだと反応できませんので。」


アレックスは最もらしい理由を伝えたが、とどのつまりは自分のケツの穴が心配なだけだった...。


ハミルトンは、少し目を細めて「ふふふ、いいでしょう。横でも大丈夫ですから、ふふ。」と意味ありげなセリフをはいた。

その時のハミルトンの目線が、アレックスの尻にあってなんとも言えない悪寒がぞぞぞっと全身を駆け巡った。


(怖ぇ!何が横でも大丈夫なんだ!?

えっ、横でも襲えるの!?俺、知識ないからわかんないけど、狙われてるのはわかるっ!)


「....ハハハ。ジャア、コレカラ討伐ヲハジメマス。」

アレックスは、ギギギっと顔を逸らして平常心、平常心と心の中で唱えた。


「まずは、ハミルトン卿に防御壁を施すのでそこから動かないでください。」


『防御壁展開!』


アレックスは指をパチンと鳴らしてハミルトンより少し大きめのドーム状の防御壁を展開した。

わざわざ仰々しくハミルトンの真下に光る魔法陣をだし、視覚的に防御壁がそこを起点として成り立っていることをアピールするのも忘れずに展開した。


「ハミルトン卿、そこから出ないでください。そうすれば、蜂に刺されないで済み安全ですから。

...ぜ〜っったいに、出ないでくださいねっ!!

絶対ですよっ。ぜ〜〜ったいっ、出ないでくださいね!」


アレックスは、必死の形相で何度も念を押した。


「ふふ、わかりました。ここから1歩も出ません。安心してください。」


ハミルトンは、ニヤリとふくみ笑いをしつつ了承をした。


(よし、言質取った!これで討伐するまでは、俺の貞操は守られる!)


アレックスは、大いに安堵した。


「じゃあ、やりますか....。」

う〜んっと、両手を伸ばして首をコキコキ鳴らして気合を入れる。


「ハミルトン卿、今から索敵をかけます。広範囲にかけるので、蜂が索敵魔力に触れると巣から大量に出て来るのが想定されます。

ですがその中にいれば大丈夫ですので安心してください。」


「アレックスくんは、防御壁に入らなくていいのかい?」


「私は、自分の体に沿って周りに防御壁を展開してます。動いても、防御が崩れない仕様になってます。

...あっ、っハミルトン卿はダメですよ!?そこから動いちゃ!

自分だから、動けるのであってですねっ。

えーっと、二人は無理というかっ?

えっとえっとですね....」


アレックスは、ワタワタと慌てて言い訳を並べた。

そんなアレックスを見て、「クッ、はははっ!」とハミルトンは品がありながらもお腹を抱えて噴き出した。


「....わかった、わかった!!クハハ....っ。

そういうことにしておこう!早く討伐してくれまえっ、ふふふ。」

ハミルトンは、手をしっしっと振ってクスクスと笑い続けながら討伐を始めるように促した。


アレックスの苦し紛れの嘘は完全にバレていた。

本当は、動いてる対象物2人くらいなら簡単に防御壁が張れる技量も魔力も持ち合わせていることが...。


そんなあからさまな言い訳をした自分が逆に恥ずかしくて、ぐぬぬっと顔を赤くしながらアレックスは唸った。


「....くそったれ。」

ボソッとアレックスは悪態をついて、やけ気味に索敵をかけた。


『索敵サーチエネミィ!範囲4ヘクタール!!』


大量のアングラ スピアビーってことは、ちょっとやちょっとの巣ではないだろうと思い、思い切って野球場一つ分の索敵をかけた。

しかし、警戒蜂が数匹しか近くにいないことで、ある程度推測はできていたが、巣の入口は索敵範囲のギリギリのところだった。

巣自体は、アレックスから4ヘクタールの範囲に入りきれないくらい大型の巣だった。

それでも、堀り伸びていた巣が訓練場の途中までで止まってることが一応わかったので行幸だった。

これが団舎まで伸びてたら大ごとになっていたところだ。


しばらくすると、やはりアングラスピアビーの大群が魔力にあてられて、巣の入り口の方から向かってきた。

ブンブンというより、からだの大きさにあった羽音、『グヲォングヲォンっ』とブルトーザーが動いてるような大音量の羽音が聞こえて来て、目の前まで迫ってきた。

すかさず、アレックスは魔法を行使した。


『龍火炎 ドラゴンフレイム』


(対象がありすぎて、的を絞った「燃焼カンバッション」は使えない。魔力は喰うけど、断続的に炎を出した方が効率がいい。

俺の魔力は無尽蔵だし問題ないしな。

だけど、騎士団に俺の総魔力がバレるのは不味いのか?わかんねぇな。まっ、いっか!

常に特大の炎を指で動かしながら蜂を薙ぎ払った方が賢明だ。消し炭にするのがいいだろう。)


アレックスは右手の指をおもむろにぐりぐり動かし、手当たり次第燃やしていく。

その間にも索敵範囲を広げて、巣全体の構造を把握していく。

およそ、200メートル先の入り口を起点とし4.5ヘクタール分の大きな巣があることがわかった。


ぐりぐり、ボォっボォォォっ、ぐりぐり、ゴォォォ...


ひたすら出てきた蜂を燃やしながら、アレックスは作戦を練る。


「ハミルトン卿。

訓練場の半分近くまで巣が伸びてるのでちょっとその辺に穴開けていいですか?そこから火を入れて巣ごと燃やします。

あとで、その穴を埋めれたら埋めますが...。

無理っぽいというか.....、なんていうか多分埋められないというか...、巣がある場所全て10数メートルほど陥没するんじゃないかと....??」


索敵した結果、訓練場の半分まで伸びた巣が見えていた。深さもそれなりにあり巣ごと燃やすと地面がドスンと落ちることが簡単に想像できる規模だったのだ。

訓練場の先は林になっており、その部分も地中が巣になっており、巣ごと燃やせば多分だが倒木するのが容易に想像できた。

思ったより被害が出そうだったので一応ハミルトンに確認を取ったのだ。


後から、ブーイングは受け付けません。

転ばぬ先の杖だ。


「ふむ。他に方法がないということでしょうか?」


「あることは、ありますが....。」


「一応聞きましょう。」


「えーと、まず私が入れる穴を開けてそこから徒歩で巣を歩き1匹ずつやっつけて女王蜂を殺して、卵も幼虫も全て倒します。

ただ巣の大きさがですね.....向こうの林まで伸びていて、さらに訓練場の大きさくらいありまして。中の巣も迷路みたいになってるので実際の長さは数キロあるかと思います。」

アレックスは、非常にめんどくさい討伐だからやりたくないとやんわりと伝えた。


しかし、ハミルトンは間髪入れずに

「ふむ、お願いしても??」と、のたまった。


「え???」


(....いやあのですねぇ..何真顔でお願いしてるんだ?

俺、騎士じゃねぇ〜よ?本業、薬師よ?

巣を燃やさないっていうことは、火気厳禁なのよ?

細心の注意で1匹ずつ串刺しもしくは切断する必要があるんですが?

馬鹿なの?脳筋なの?

無茶振りしないでくれるかな?)


「「.........。」」


(何この間?俺の返事待ち?

ハイなんて言わないからな!

俺、絶対折れないかんなっ!

中、迷路だし、野球場並みに広いし?何日かかるの?)


アレックスとハミルトンが真顔同士で相手の思考を伺いあってる中、蜂は知ったこっちゃねぇと言わんばかりにグヲォォグヲォォと羽音を響かせながら二人の視界にひっきりなしに現れる。

槍のような黒い太い針で刺そうとバシンバシンっとぶつかって来てはアレックスの右手の炎でボォっと燃やされ、ハミルトンの長剣でザシュっと串刺しにされる。結果、二人の足元には蜂の亡骸が山となった。


先に折れたのは、ハミルトンだった。


「ふぅ〜、仕方ないですね。」

ハミルトンは、やれやれと首を横に振って諦めた。

その様は、残念な子を見るようでアレックスはイラッとした。


「蜂毒に苦しんでる団員のためにも、早く討伐しないとですしね。今回は、諦めましょう。

ちなみに穴が空いたら、どうしたらいいと思います?」


「いや、しらねぇよっ!考えるのは俺の仕事じゃねぇしっ!」と、アレックスは心の中で瞬時にツッコミを入れた。

しかしハミルトンは、ボケでもなく冗談抜きで真剣に聞いてきてるようだった。

その真剣さに心をちょっぴり打たれた為、ほんの少し解決策を考えようとしたがすぐに我に返った。


「...元気になった団員で整地したらいいんじゃないですかね....。」

アレックスは、考えるのを放棄して投げやりに質問をポイした。


「ふむ、そうですね。訓練がわりに整地させましょう。

では、心置きなく燃やしちゃってください。」

品よく手をスッとあげて紳士的に促された。


「では。まずは入り口を塞ぎます。」


アレックスは、二人の足元にあった亡骸を風でガバッと浮かせて巨大な塊を作り巣穴の入り口目掛けて投擲した。


ゔーーんっ...、うりゃっ!


ビューンっ グシャッボコォっ!!


うまく巣穴にクリーンヒットした。

中から蜂が飛び出そうとしているらしく亡骸の塊が少しずつ動いている。

早めに、巣穴ごと燃やした方が良さそうだと判断して巣の一番手前を土魔法で最下層まで一気に穴を開けた。

蜂が大量に飛び出して来るかと身構えていたが、ちょうど何もない部屋だったのか数匹しか出てこなかった。

これ幸いと、アレックスは一気に穴に向けて風と火魔法を行使した。

空気がないと火は消えてしまうから、炎と一緒に風を出し空気を巣穴に送る。

右手でドラゴンフレイムを操り、左手で風を操りちょうどいい酸素濃度を維持し続けた。


できれば巣を燃やさずに蜂と卵だけを燃やせればなぁと思いながら、最下層から順番に燃やし続ける。

一気に燃やすと、地盤が崩れてしまう危険性があるからだ。

地盤が崩れてもアングラスピアビーは、生きていられる。そして、土を掘って新たに巣を作ってしまい全く致命傷にならないのだ。

よって女王蜂をしっかり燃やして討伐しないといけないので、考えた結果、下から順に燃やしている次第だ。下の方の土は、粘土質が多いので、燃やしても地盤が崩れにくい点も考慮してのことだ。


しばらく経つと上部側の通路から轟音を響かせて蜂が出口目指して飛んできた。

元々の入り口を塞いでいたので蜂も空気の流れを読んでやって来たのだ。


「おっと、もう出口見つかったのかぁ。早いな。

うーん、まだ下の方しか燃やせてないからなぁ。

でも出て来たらめんどくさい!とりあえず、通路塞ごう。うん、そうしよう。」


アレックスは、一人でぶつぶつ言いながら穴を塞ぐ。


『凍結壁 フローズンウォール』


瞬間的に現在燃やしている穴以外のすべての穴を、ぶ厚い氷で堰き止めた。


ガリガリ、ゴツゴツ音がするが蜂は出てこれないようだ。

アレックスは、安心してそのままじっくり燃やし続ける。

一つ終われば、次の通路を。

ドラゴンフレイムで氷ごと燃やす作業を繰り返して、ようやく最後の通路も燃やし終えた。

最後に索敵で地中の魔力反応を確認して生き残りを直接燃やして討伐完了だ。


「...。ふぅ。ハミルトン卿。

魔力反応もなくなったので、討伐完了しました。」

アレックスは、ハミルトンの方を向いて依頼完了の報告をした。


「ご苦労様でした。では、ここから出ますね。」

ハミルトンはニコリと微笑んで、するりと魔法陣から出てきた。

スタスタとアレックスの方に歩いてきてスゥーっとアレックスの頬に手を伸ばそうとした。

反射的にアレックスは仰け反って距離を取ろうとしたところ....、



『ズズズズズズっ ズシっ。 ズシっ。

 ドッゴォォォォォォォォォンっ!!!』



地鳴りが響き、巣があった場所の地盤沈下がやっぱり起きた。


あたりは砂埃が巻き上がり、一寸先も見えなくなった。

アレックスは、口に手を当て吸い込まないようにしたが、少し肺に入ったようでゴホォゴホォと咳き込んでしまった。

すると、目を閉じてる為見えないが背中を誰かにゆっくりさすられた。

まぁ、この場にはハミルトンしかいないから一択であるが...。


(のぉぉっ?!何、背中さすってんだ!

男の優しさなんか要らねぇぞ!

お前も目と口閉じてるくせにっ、片手動かすな!

はっ、どさくさに紛れて尻もさすられてるぅぅぅ!!ぎゃぁ〜っ!!)


段々と視界がクリアになってきたので、ばっと身を翻し、キッと睨みあげると涼しい顔をしたハミルトンが品よく立っていた。


(いやいや、そんな顔してもダメだかんな!俺の尻触ってたよな?!)


「気管に砂が入ったのようですね。アレックスくん、大丈夫ですか?」

ハミルトンは、ふわっと人畜無害な笑顔を浮かべ楽しそうにしていた。


「...はい...まぁ.....大丈夫です。」

アレックスは、ゾワゾワする気持ち悪さとイラっとする気持ちでチベットスナギツネのような顔になりながら、なんとか答えた。


「ふふふ、アレックスくんは、可愛いですね。

それにしても、すごい穴が空きましたねぇ。

これは、整地できるんでしょうかね。

ふーむ、困りました。」

チラッチラッとアレックスと穴を交互に見ながら困り顔で何か訴えるハミルトン。


そんな態度に気づいていながら、あえてスルーするアレックス。


「「...............。」」

また変な間が二人の間に生じた。


(やらねぇよ!もうハミルトン卿から離れたいし!)


そして、またまたハミルトンが先に折れた。


「ふぅ〜。仕方ないですね。

アレックスくん、依頼しましょう。

更地にしてください。報酬は、このぐらいでどうでしょう?」

ハミルトンは、はぁやれやれといった感じに依頼をした。


「えっ、嫌です。」

アレックスは、速攻で断った。


ハミルトンは、断られるとは思ってなかったようで目を見開いて驚愕した。


「「..............。」」


今度は、アレックスが間をぶった切って話し始めた。

「討伐終わったんで、団員さん4名借りますね。私の店から薬とってきます。

その間に対策考えていてください。」と、言い捨てさっさと身を翻して団舎にダッシュで向かった。


唖然としたハミルトンだけがそこに残された。

が、目線だけは尻だった.........。

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