リン・カーネーションーー転生者は必殺技が使えるらしいーー

やかひ あきら

プロローグ

0.1 死、そして夢

 日はとうに沈み切っており、暗闇のなかで蛙の鳴き声だけが響いている。


 踏切の警報機が電車の接近を知らせ、チラチラと赤く瞬くその灯りのみが周囲を照らす。

 軽自動車が1台通るのでやっとであろう細い道の小さな踏切で待つ影は1つのみだった。


 遮断機のすぐそばに佇む少年。

 赤く照らされる彼の学ランは、見るも無残なほどズタズタに裂かれている。

 太もももふくらはぎも覆えていないズボン。左右で長さの違う袖。2個しかないボタンのうちの1つは、糸で辛うじてぶら下がっている状態であった。

 風でなびく黒髪は長さがちぐはぐで、その間から覗く瞳は夜より深い闇を宿していた。


 いくばくかして、線路の上を滑るように煌々と眩い光を灯した時速60kmの鉄塊が近づいてくる。

 少年は光を一瞥すると、なんの感慨も含まない顔つきで黄色と黒の生命線をくぐった。


 明かりの乏しいこの場所で、闇夜に紛れる漆黒をヘッドライトで認識するころにはすべてが手遅れであった。


 静寂をつんざくブレーキ音。

 軽々と吹っ飛ばされる少年は、体の芯が砕ける音と脳天まで貫く痛みで支配されていた。

 しかし、それを感じられたのも刹那のことで、ぐしゃりと地面に叩きつけられたときには既に彼の魂は天の星の一部となっていた。

 線路の中に横たわるただの肉塊と化したそれは、安堵の表情のみを携えるのだった。


ーーーー    ーーーー    ーーーー


 ――あったかい。


 白い光の中に彼はいた。

 目を開けようとも閉じようともそこは常に純白の世界。

 彼は久しく感じていなかった安心感を胸に抱き、ただ微睡みに身を預ける。


 不安も恐怖も悲しみも何も湧いてこない。

 ただただ幸福なのだ。


 ――ずっとこうしていたいな。


 時という概念が存在しないであろうこの場所で、彼は永遠を願う。


「……てください……が……のです……」


 ぼんやりとゆったりとした彼の思考に、心震わす優しい声が紛れ込む。


 ――なんていってるんだろう。


 自分に向けられた言葉であろうことはなんとなく感じ取る。

 しかし、それを咀嚼して飲み込もうという気概はなかった。その必要も感じなかった。


 光の中からどこからともなく現れた、大きな手が彼を包み込んだ。


 どこかで感じたことがある感覚だな、とぼんやり思う。

 そんな彼に声はまた語りかけるが、うつらうつらと途切れる意識の中では子守唄にしかならない。


「――あなたに神のご加護があらんことを祈っています」


 長く響く唄の中で、どうにか意識と繋がった言葉はこれのみだった。


 ――そうか。かあさんのおなかのなかだ。


 覚えてるはずのない、だが、誰しもが知っている温もり。

 この世界は、その温もりに似ているのだと彼は思い出す。


 ――もし、またうまれることがあるなら、


「つぎはどうかあったかくありますように」


「――を――すけて――――」


 彼の呟きに隠れるように、心震わす唄は最後のフレーズを告げた。

 これもまた、多くの唄とともに無意識の籠へと放られる。


 声の終わりが皮切りなのか、か細い彼の意識はそこでプツリと途切れたのだった。

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