第31話 悪役令嬢の首輪

「今日のローズはいつにも増して綺麗だね。私だけでは無く皆を魅了して、悪い子だ」


ふふふ!そうですか?そうですわね!


だって、だって!本日はついに決戦の日!

私の脳内では早朝からラッパ隊のチューニングに余念がない。


わたくしも絶好調で、どうやらリチャード様も絶好調のようで先ほどからニコニコと私を褒めちぎっている。


褒められて気分が良いので、リチャード様の視線を誘うように感謝を込めて目の前でクルクルと回ってドレスを見せる。


そう、この本日のドレス!

なんと、決戦へ向かう鎧(ドレス)はリチャード様が贈ってくださったものだ。


『せっかくの晴れ舞台だもの。存在感で圧倒させるほど綺麗に武装しなくてはね?』とのことだった。


師匠のお見立ては見事で、贈り物の箱を開いた侍女のハートを乱れ撃ちの無差別発砲!


見た者を軒並みうっとりとさせてしまうほどの美しい鎧だ。


王室お抱えのお針子さんが丹精込めて一針一針縫ったであろう白く繊細な刺繍

空色の薄衣が幾重にも重ねられ動くと色合いが変わるドレス


このドレスを着こなす私は、傾国の美女…いえ、建国の美女かもしれないわ!同じ美女でも建設的ね!


と、思考が明後日の方にお出かけしていたのがわかったのか

リチャード様に顎を持ち上げられ、視線を合わせるように促される。


「今日の装いにピッタリな装飾品も用意したからね。こちらにおいで」


ふ、と花がほころぶように表情をゆるめるリチャード様にキューンッとなってしまう。


うっ

持病の癪がっ!


リチャード様はことさら本日の舞踏会に力を入れており、目が回る様な忙しさだった。

今、わたくしの目が少し回っているのは、先ほど余計に回ったからである。


あと、持病の癪のせいでもある。


少しフラついてしまった私の体を支えるように、リチャード様の手が添えられる。

その頼もしい手に誘導され鏡の前に立つよう促された。


鏡に映る私のドレスはやはり、何度見ても魂が抜けて天界まで旅をしてしまいそうなほど美しい。


天界でラッパ隊の天使たちと鬼ごっこを嗜んだり、ブランコでキャッキャウフフまで差し掛かった頃


鏡の端でリチャード様が金の装飾がついた箱から首飾りを出すのが見えた。


慎重な手付きで扱うリチャード様の緊張が移ったのか、私も息を潜めシャキリと立つ。


私の後ろからリチャード様がゆっくりと前に腕を回した。


首飾りがデコルテに触れ、少しひんやりとした感触があった。


鏡越しに見ると後ろからリチャード様に抱き込まれているようにも見え、急にまた持病の癪でドキドキと胸が弾み始めた。


あら?もしかして、私の胸の中で天使さんがドラムを叩いてないかしら?

天使さん、ビートが激しいわよ!ラッパ隊の任務はどうしたの?いつの間にドラムなんて用意していたの?あっ、ちょっ!曲調がラテンすぎるわ!もっとスローテンポでお願い!


指揮者(私)の指示に従って!


ああっそれにしても、どうしましょう…

鏡に映るリチャード様から目が離せないわ。


リチャード様の本日の装いは白の夜会服に金の刺繍と…菫の宝石を胸に付けていた。

その姿は物語から抜き出て来た王子様そのもので(というかそもそも本物の王子様なのだけど)ぽーっと見惚れてしまうのもしょうがない。


鏡の中では首飾りの金具と真剣な表情で格闘しているリチャード様が映っている。

手間取っているわ!なんだか可愛らしいわ…!


かっこよくて、可愛くて、もう私の師匠はどうなっているの…!?


その後ろでは侍女達が(私がやりましょうか?)という顔でハラハラソワソワしている。


師匠自ら付けてくださるなんて…嬉しいですわ!


もう私の頭と心はお祭り騒ぎだ。

これから戦だというのに、お祭りとは…私も大物ね。


カチリ、とごくごく小さな音の後にふわりと笑んだところを見てしまって、また胸が跳ねた。


リチャード様は鏡越しに首飾りを見た後、やや視線を上げトロリと私の瞳を見て…


首飾りの金具の場所…私のうなじにキスを落とした。


「出来たよ。……とても綺麗だよ、ローズ」


リチャード様の声が、耳に注がれた。


鏡越しに…私に微笑みかけるリチャード様の瞳と同じ色の宝石があしらわれた首飾りが私の胸元で煌いた。


「んんんッッにゃにを、なにをなさるのですか!!

というか、これって…!まさか…!?」


絶対絶対、私の心の中のドラマーが!今!驚きでドラムを突き破ったわ!


ぴゃっ!と、ドレスを着ているということを感じさせないほどの速度で振り返り

リチャード様の表情を窺うが、いつも通り美麗な顔面で笑んでいるだけで答えはわからない。


「んー…、首輪かな」


「…ん?首輪?ですか?」


おや…?


思っていた方向とは違う答えが返ってきて、ついキョトンとしてしまう。


改めて説明するが、私は人間である。


「そう。ご主人様が誰かわかるようにね」


リチャード様の指が首飾りを撫でた。


……………豪華な首輪ですわね…?





参加者が続々と会場に入る。

私もお兄様と頃合いを見計らい入場した。


そして、私とお友達が会話を楽しんでることを見届けたお兄様は、いつの間にかどこかへ行ってしまった。


お兄様も役目を果たしに向かったのだろう。

健闘を祈る。


それにしても、会場の華やかなことと言ったら!もう!夢の世界だわ!


ホールの天井には大きなシャンデリアが吊られ、光の雨を降らせているように輝いている。


これはもちろん!私の提案したガラスを装飾したものである。


考えたとおり、特別な加工を施されたガラスは光を乱反射させて会場全体に不思議な光を送っている。


通常の明かりより格段に明るく、また華やかな空間を演出している。


このシャンデリアが認められ、王宮や各貴族へと広まれば、それを見た他国から『リベラティオ国にはこのような技術が!』と一目置かれるわ。


ふふふ!我が国はスコーンが美味しいだけではないのよ!


辺りを見回すと、まだ蕾の彼女たちのドレスが色とりどりに会場を彩り、時たま星が瞬くように光を放つ。


令嬢達の身に着けている装飾品やドレスの飾りとも相まって、さながら天界にいるような夢の世界だった。



突然


そこに、今までとは違う騒めきが耳に入った。


音楽も止まり、皆だんだんと声を静め様子を窺う。


次第に会場の中心が開かれていく。



来たわ。

扇の中で小さくニヤリと笑ってしまう。

リチャード様の魔王顔が移ってしまったかもしれないわ。



人の波が分かれ、ベン様とノア様が現れた。

その前を歩くのが、リヒト様とソーニャ様だ。



いよいよ始まるのね。



扇の内側にいる猫ちゃんをサラリと撫で、気合を入れる。この震えは武者震いというやつだわ。



それでは皆様、ご準備はよろしくて?


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