第22話 悪役令嬢の真心


 「──ローズ。俺の”アムレットストーン”を返してほしい」


 少し苛立っているようなリヒト様の声が、人気のない教室に落ちた。


 解説しよう!

 我が国には宝石の名産国ならではの風習がある。その一つが、”アムレットストーン”である。

 我が国の王族の男児には人生最初の贈り物として瞳と同じ色の宝石を与えられるのだ。


 その宝石は婚約を結ぶ際に、相手へ真心の約束として贈られる。

 もちろん、ギリギリ婚約者である私もリヒト様のアムレットストーンを受け取っている。


 そのアムレットストーンは公式行事の際に身に着けることになっているが、今のところ公式行事に出る年齢になっていないので我が侯爵家で大切に保管している。らしい。

 何分、受け取ったのはお父様なので実物は見たことがない。しかし、この風習を知った時には『リヒト様の真心は私のもの!』と浮かれ踊った日もありました。まるで先週のことのように思い出せるわ。


 で、なんですって?


 その真心を返せ、ですって?


 完全無欠の超絶怒涛の淑女であるローズでも、これにはポカーンよ!

 え、もしかしてこれが婚約破棄の断罪シーンってことなのかしら?


 いやいや、待ってほしい。こんな人気の無い放課後の教室に名場面を持ってくるのはやめてほしい。


 婚約破棄の断罪(別に悪いことはしていないのだけれど)は煌びやかな会場で観客満員御礼の大注目の大盛り上がりの中、ズバーン!と派手に催される。これこそが悪役の見せ場と相場は決まっている。

 無観客ではわたくしの志気が上がりませんわ。


 「ローズ。聞いているのか」


 リヒト様は何かに急き立てられているかのような苛立ちを隠さず、私の返事を急かした。

 教室の出入り口には、リヒト様のお友達であるベン様とノア様がなんとも気まずげに立っている。


 ベン様は前回の問題行動の後、お父様である騎士団長のパトリオート伯、並びにお兄様のトーマス様にこってりと絞られたそうだ。

 誰も詳細を教えてくれなかったが、それはそれは過酷な訓練に強制参加したそうだ。

 確かに、戻って来たベン様は以前よりも思慮深く、注意深くなったように見える。


 今もリヒト様が何をしようとしているのか理解しているらしく、顔を青くして立っている。


 同じくノア様もお父様である神官長様とお兄様のミハエル様に、それはそれは精神的に鍛えられたようで以前よりも他人の話によく耳を傾けられるようになったと感じる。


 今も、私の心を慮る表情で頭を下げられた。


 二人とも、困難を乗り越えまた一つ成長しましたね……! まるで親鳥のように嬉しいわ!

 あまりお待たせするのもアレなので、未だ困難の中にいるリヒト様に視線を戻し言葉を返す。


 「──申し訳ございません。驚いてしまってお返事が遅れましたわ。リヒト様のアムレットストーンを返す……とは、また一体なぜですの?」


 戸惑っています、という風に眉を下げ小首を傾げる。

 リヒト様自身にも少し迷いがあるのか、戸惑いがちに視線を逸らした。


 「……ソーニャが見てみたい、と言うから……いいだろう? 一週間ほどで返すから。だからアディール候には内密で持ち出してくれないか。頼む」


 ふてくされたように口を尖らせ、頼むと言いながら全く人に物を頼む態度ではないリヒト様の様子を見て、ガックリと膝を折ってしまうところだった。


 危なかった。

 膝に土を付ける時は負ける時よローズ!負けるなローズ!


 確かにわたくしは少年の心を持ったリヒト様が大好きだったわ。

 でも、こんなに子どものようなお人だったかしら……


 アムレットストーンは婚約の証として王家から我が侯爵家が受け取った物。

 それを簡単に返したり受け取ったりなど出来る訳がない。


 出来る訳がないからこそ、お父様に内緒で持ち出せとわたくしにお願いしに来られたのだわ。


 「そんな訳にいきませんわ」

 「俺が返せと言っているんだ。元は俺の物なのだからいいじゃないか」

 「しかし……」


 「──なかなか楽しそうな話だな」


 この声は!

 神出鬼没の王太子リチャード様!


 なぜ毎回、毎回、ピンチの時には現れるのかしら! ヒーローとはピンチの前では無く、後に現れるからこそヒーローなのよ!

 ドキーン!と跳ねる心と同時に振り返ると、そこには……満面の笑みを浮かべる魔王様がいらっしゃった。


 ひぇ……!

 私にはわかる。あの笑顔は今から狩りをする顔よ。


 扉近くに立っていたはずのベン様、ノア様をチラッと見やると『危機一髪!ヒーローに窮地を救われた囚われの乙女』のような顔をして、瞳を潤ませリチャード様の姿を見つめていた。


 いや、窮地に立たされた乙女はわたくしである。

 そして、ヒーロー……? いや、魔王様に救われた乙女はわたくしである。


 「兄上……」


 リヒト様はこのトンデモ悪事を隠しておきたかったのか、バツが悪そうな顔になった。

 リチャード様に隠れて悪いことをするのは不可能でしてよ、リヒト様。


 「リヒトはアムレットストーンをローズから奪い、あの子の願いを叶えることを選ぶのだね」


 一体どこから話を聞いていたのか、バッチリ内容を把握しているリチャード様が確認するように、ゆっくりとリヒト様に問いかける。


 ────長い沈黙だった。


 リヒト様は無言が返事とばかりに、この場を乗り切ろうとしている。

 無駄な抵抗はよした方が賢明ですわ!

 

 リチャード様にもそれがわかったのか、短く息を吐くと私の方に向き直った。


 「……いいんじゃないか?ローズ。リヒトが何を選んだのか見せてもらおう。私からアディール候には上手く言っておくよ。幸い、まだアムレットストーンの出番は無いんだ。早くて私たちの学年の卒業パーティーで必要になるかな」


 リチャード様がわたくしにだけわかるように、一瞬だけウインクを送った。

 私の胸に矢は刺さっていないかしら?大丈夫かしら?心臓も動いてる?今流れているのは走馬燈ではないわよね?


「──リヒトも、我儘が通るのはこれが最後だ」


 胸を抑えふらついた私の腕を掴み支えながら、リチャード様はリヒト様に静かな声でそう告げた。


 リヒト様はリチャード様に見られていないのをいいことに、わたくしの方を見て勝ち誇ったような顔でフンッと笑いましたわ!


 むむむ!なんて生意気なお顔なのかしら!

 反抗期とは厄介ですわね!


 「受け渡しには念のため、私が立ち会うよ。来月の第一休日、執務室まで来るように。

 リヒトはもう行っていいよ。ベンとノアはトーマスとミハエル達がここに来るまで残りなさい」


 では、わたくしも……と下がろうとしたのに腕を離してもらえないわ。


 これは残れってことね。

 ははーん!察しましたわ!これから秘密の作戦会議ですわね!

 出来る子ローズは察知したわ!

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