第23話 【閑話】悪役令嬢の兄は心配性 2

 「次は」

 「こちらです。しかし、こちらは月末までに草案をご準備頂ければ」

 「今やろう。予定は早めにこなしておきたい」


 今、俺の目の前で鬼のように仕事を進めるのは親友でもあり、未来の俺の上司にもなる、我が国の王太子であるリチャードだ。


 この場にローズがいたならば『リチャードお兄様すごいですわ!書類の上を走るペンが残像を残す勢いで動いていますわ!さながら時を後ろに置いてきた達人ですわね!』なんて言うだろう。


 む、こうしちゃいられない。

 可愛い妹・ローズに応援してもらっているつもりで、俺も頑張るとするか。


 すごいですわ!お兄様!

 かっこいいですわ!お兄様!


 今日も俺の妹は可愛い。


 ──さて。毎日のように使用申請を出すものだからほぼ専用状態になっている学園の会議室にて。隙間の時間すら惜しむように王太子としての執務を鬼のように捌いて行く、リチャード。そして補佐の俺。


 なぜ、学園にまで来て執務をこなしているのかというと……


 ペンと書類が擦れる音しか聞こえない会議室に、扉を軽く叩く音が鳴った。

 通せ、とリチャードは王太子の顔で書類から目を離さず指示を出す。


 扉の前に立っていた従僕が扉の外にいる人物を確認し、ゆっくりと招き入れた。おずおずと入室したのは、よく見かけるダークブラウンの髪に人のよさそうな顔をした下級生だ。


 「デニスか。ローズに何かあったのかな」


 入室したのがデニスだと気づくとリチャードは書類を脇に置き、爽やか正統派王子の顔を貼り付け優雅にデニスに問うた。先ほどまでの冷たい無表情が嘘のような爽やかさである。


 デニスという下級生は、我が国きっての大商人ピオニール商会長の嫡男である。

 そして、俺の可愛い妹、ローズと同じクラスの男だ。さすが大商人の嫡男だけあり、こちらからローズの様子を聞くために呼び出せば二度目からは自主的に報告にやってくるようになった。しかも、俺への報告の体でリチャードにもローズの様子を伝えている。デニスという少年は人畜無害そうな顔をして、なかなかどうして出来る男だ。


 そのデニスがここに来る時間は決まっている。

 今はその時間ではない。と、いうことはローズに何かあり報告に来たということだ。


 「はい。授業終わりにアディール嬢──ローズ様はリヒト殿下に呼び止められていました。他の生徒は退出するように求められたので内容はわからないのですが……ベン様、ノア様にアディール様をお呼びするよう申し付かりました」


 俺を呼べと?あの二人が?

 俺の未来の同僚である二人にこってり絞られた、少年二人を思い浮かべる。


 「わかった。ローズの教室でいいのか」


 あの二人が俺を呼ぶと言うことはローズのピンチなんじゃないか!?

 待ってろローズ!今、お兄ちゃんが助けに行くぞ!


 「いや、私が行くよ」


 デニスを押しのけ会議室から出ようとした俺に待ったをかけるのは、今の今まで鬼のように仕事を捌いていた、未来の俺の上司であるリチャードだ。


 「いや、リチャードはまだやることがあるだろう。俺が様子を見てくるから」


 リチャードは脱いでいた制服の上着を羽織り直すと、それは優雅な足取りで俺の横を通り抜ける。


 「リヒトがローズを呼び止めたんだろう?なら、兄である私がリヒトの暴走を止めなければならないからね」

 「ローズが助けを求めているのは俺だ」


 「パトリックに助けを求めているのは、ベンとノアだろう?ローズのところには私が行くから、パトリックはトーマスとミハエルを呼びに行ってくれないか?頼むよ、”お兄様”」


 やめてくれ。俺をお兄様と呼んでいいのはローズだけだ。

 表情に出ていたのか、俺の顔を見たリチャードは王太子の仮面の下から”親友のリチャード”の顔で悪そうに笑った。


 あ、その顔は昔、一緒に宝物庫に忍び込もうとして俺を囮に見張りの騎士に突き出した時の顔だ!見たことあるぞ!


 「それにプリンセスを助けに行くのは王子様の仕事だからね」


 ローズ、魔王が助けに行くのは計算だ!!気を付けてくれ!!



 ローズのために策を練り、網を張る計算高いリチャード。

 ローズがやって来たり、何かあった時に対応できるように仕事を調整する健気なリチャード。

 本当はただリヒトと二人にしたくないリチャード。


 なんだかんだ、俺は昔からこの親友のリチャードのことが好きなのだ。もちろん、友情としてだ。


 認めたくはないが、もうすでにローズの心は……いや。やっぱりお兄ちゃんは認めないぞ。


 俺は会議室から時を置いて行くように(ローズ談)出て行った、親友でもあり、未来の上司でもあり、未来の……やっぱり言わないぞ!!


 とにかく、俺の!可愛い妹・ローズのピンチを救う男の背中を見送った。


 ふう、と息を吐き部屋の壁際に立ったまま大人しくしていたデニスに向き直る。

 この大商人を父に持ち、平民という身分ながら貴族が集まるこの学園に入学することが出来たのは財力と人脈の賜物だろう。平民にも貴族にも人脈を持つであろうデニスにローズの見守りをさせる……それが、どんな風に作用するのかまで計算され、この男もそれをわかっているのだろう。


 人畜無害そうな顔で心配そうに眉を下げるデニスに、礼とこれからも頼む旨を告げる。


 さて。未来の同僚である二人を探しに行かないと。弟たちが呼んでいるぞ、と。


 お兄ちゃんは今日も二人が心配だ。



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