第17話 悪役令嬢の敬愛

あの頭突き事件から、なんだかわたくしはおかしい。

こんなこと一度も無かったわ。



今日は王妃様とのお茶会の日。

王妃様と王宮のサロンでティータイムを過ごしながら主にマナーなど、王族の女性ならではのお話しを聞き学ぶ場だ。


「そのドレスの装飾は、知っていてもガラスには見えないわね。本物の宝石のような輝きが美しいわ」

「ありがとう存じます。日の光を受け輝くのも気に入っておりますが、きっと夜会では星の様に輝く様が見事だと思いますわ。我がアディール領には硝子工芸師が多くおりますので、これから本領の名産品となる予定ですわ」


このように世間話をしつつ、情報を交換するのも嗜みの一つである。他にも王族が出席する行事の心構えや外国の客人が来た際のもてなし方など、王妃様しか知りえないお話しも聞けるのでとても楽しい時間である。


「本日の紅茶は北の国のものですね。花のような香りが胸に広がり、心が休まるようですわ」

「ええ。紅茶の輸入量を隣国から北へ比重を変えたのよ」


私の目の前にいる王妃様は本日も輝かんばかりの美貌を放っている。いや、発光しているに違いない。眩しい。美しい。王妃様が歩いた足跡からは生命が息吹き、花々が咲くのではないだろうか。


どことなく、王妃様の笑顔からリチャード様の面差しを感じて、またドキドキしてしまう。


「本日のローズは……なんだか、心ここにあらずといった風ですね」


王妃様はティーカップを音もなく戻すと、自愛に満ちた目をこちらに向けた。


「申し訳ございません。王妃様のお美しさに見とれていたのですわ」


私の誤魔化す心に気付いたのか、王妃様は悪戯っぽい表情で私を見返した。誤魔化されてはもらえないようだ。

王妃様が視線を流せば、周りにいた給仕のメイドたちが音も無く離れて行った。


さすが王宮にお勤めで王妃様付きの方々……デキる!


「ふふ。……堅苦しい話しはここでおしまい。ここからは内緒のお話しよ。ローズは何か悩みがあるのではなくて? 私でよければ話してみない? 少し、気になる噂が耳に入ったので心配していたのよ」


先ほどまでの高貴で近寄りづらい雰囲気を解き、今度は第二の母として私のことを案じてくださる王妃様。


「噂……ですか?」


まっ、まさか学園の裏庭に彗星のごとく現れた可愛らしい身寄りのない猫ちゃんに餌をあげていることがバレてしまったのかしら!?

思い当たることが多すぎてどれのことだかわからないわ!?


「ええ。リヒトと……”友人”の令嬢のこと……本当にローズにはごめんなさいね」


あ、そっちー!

スコちゃん(裏庭の猫ちゃん)のことは明るみになっていないようで安心しましたわ。

王妃様とお母様は仲良しですもの。お母様の苦手な猫という存在であるスコちゃん(とてもかわいい猫ちゃん)のことは内緒ですわ!! これは私とスコちゃん(やたらとかわいい猫ちゃん)との"沈黙の契約"なのですわ!


ハッ。"沈黙の契約"でまた思い出してしまったわ……胸が痛い……っ


「……いえ、リヒト様のことは大丈夫です。わたくし、微力ながらリヒト様のお役に立てるよう頑張りますわ。お任せください!」


胸の痛みを無視し、空元気に返事をする。

”違う方”の悩み事で頭がいっぱいで、そのことは少しおろそかになっていましたが、忘れたわけではないのよ。


ちょっと、今は……どうしても”違う方”で頭がいっぱいなの!


「あら? では、ローズのかわいい顔を曇らせているのは、リヒトの件では無く……もう一つの方ね。そちらの方も気になっていたのよ。いえ、むしろそちらの方を聞きたかったのです!」


王妃様が前のめりに距離を詰めてくる。近いわ! そのお顔で近づかれると、また胸が!


「──王妃様にはなんでもお見通しですのね。わたくし、なんだかおかしいのです。あれから……あの日から他のことをしていても、胸がドキドキしてしまうことがあって……。こんなこと、初めてで……」


胸に軽く手を当て、瞼を閉じる。そうすると、必ずあの場面が浮かんでしまうのだ。


「そのお方のことを考えると……っ、なんだか、胸の辺りがキューッとなってしまうのです」


そうなのだ。あの日からなんだか私はおかしい。こんなこと、今まで無かったのに。


あの日のリチャード様の瞳を思い出すと、なんだか胸がキューッとなって苦しくなるのだ。

こうなってくるとどうしても恥ずかしいやら、どんな顔をしてよいやら、いつもの自分では無い状況に不安になってしまう。リチャード様の麗しいお顔もまともに見れないので、なんだかんだと用事を作って会いに行っていない。


……このまま避け続けるわけにもいかないのに、でもどんな顔をしたらいいのか答えが出ず……また、記憶にあるリチャード様を思い出しては苦しくなってしまうのだ。


──もしかして、これって──


「んまあ!! そうなの、そういうことなのね!? 自分で話すから横やりは入れてくれるなと頑なだったものだから、ヤキモキしていたのだけれど心配いらなかったわね! あの子ったらコソコソと根回しばっかりしつこいんだから、本人にちゃんと伝わってるのかもう気が気じゃなかったのよ! では、あの話しは進めて大丈夫そうね! やだもう本当にどうなるかと思ったわ! この件はね、隣国の一件で選び直しになって大変だったのよ。他国から姫を迎えるのはやめて国内から選ぶことになったのだけれど、どの家の令嬢を選んでもバランスが崩れてしまうでしょう? そこで白羽の矢が立ったのが、ローズだったのよ」


「大変ですわ」


気付いてしまったわ。

もしかして……これは、不治の病なのかもしれませんわ……っ


「王子妃教育は完了しているし、年の頃はちょうど良いし、何より貴族会や大臣達からも推薦があったのよ」


「条件が…条件を満たしているわ…ッ」


この症状……不整脈、胸の痛み、そして私にはお母様譲りの美貌が……! そう、美女は儚い運命だと相場は決まっている。どの本を見てもだいたいそう。


なんということでしょうか。不治の病の条件を満たしてしまっているではないか。これは大変だ!


でも、これが運命だというのなら仕方のないことなのかもしれないわ。


「あの子も昔からローズを気に入っていたようだったし。ほんとしつこいんだから。でもねぇ……ローズはリヒトのことを慕っているようだったから、いくらなんでもと迷っていたのだけれど……そういうことなら大丈夫ね! 安心したわ。リヒトのことはどうしようかしら。軍に入れて鍛えてもらおうかしら」


「もう、しょうがないですわ。それが運命ならば……最期の時まで、やりきるしかないですわ」


そう。

最期の時まで、この命を燃やすしかないわ。華麗に。豪快に!


リチャード様のことを考えると症状が出るのは、きっと魂が燃えているからかもしれないわ。

悪役令嬢としての魂が、リチャード様に導かれ惹かれ共鳴し、燃え! 震えているのだわ!


リチャード様はカリスマ的魔王ですし。


リチャード様……すごいわ……!


「そうね、そうしましょう。はぁ。悩みの種が解決してスッキリしたわ」

「はい。わたくしも悩みが解決されスッキリしました」


──私はいつの間にか、偉大なる"師"を見つけていたのだわ。



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