第9話 悪役令嬢の狩り

「──あら、皆様こちらにお揃いですのね」


”学園内のサロンは生徒が自由に使用することが出来る”と、建前ではそうなっている。しかし、実情は高位貴族向けの部屋と下位貴族から平民向けの部屋等、使用する者の家格で使用可能とされる部屋が分かれている。それは過去、高位貴族に取り入ろうと下位貴族が問題を起こしたためだとか、高位貴族と同じ部屋では下位の者が安らげないだとか、何かしらの問題が起きたらしい。

もちろん、部屋が分けられたからと言って下位が上位の部屋に立ち入ってはならぬという掟は無い。


──このように、上位から招かれれば。

サロンの中でも一番日当たりの良いお部屋にて。私が現れるまでは仲良く談笑していた殿下、ソーニャ様、ベン様、ノア様に軽く挨拶をする。


入室前に扉の前に立つ使用人へ人払いのお願いをしてきましたので、先ほどの講堂での一幕のように遠慮はいりませんわ。


さぁ、狩りの時間を始めますわよ!


「先ほどのお話しが途中で終わってしまったので、皆さまを探しておりましたの。こちらでお会いできてよかったわ」


手に持っていた扇(リヒト様から頂いた誕生日プレゼントですの!)で口元を隠し、自分が一番妖艶(キャッ!)に見える微笑みを作ってみせる。演出家のリチャード様いわく、ほんの少し目を伏せると儚げな陰が出て男心を揺さぶるらしい。

揺さぶると言えば……演技指導中、男心を語るリチャード様に「リチャード様も揺さぶられるのですか?」と聞いたら「どうかな。やってみせて?」とまじまじと顔を覗かれ、揺さぶるはずが揺さぶられてしまったことを思い出して、少し頬が赤くなってしまった。


「……ローズ」


あ!リヒト様がソーニャ様を後ろに隠しましたわ! そんな、いきなり飛びかかるように見えたのでしょうか。失礼な。

ソーニャ様を後ろに隠したリヒト様の前に躍り出て来たのは、騎士団長様の三男ベン様である。リヒト様ごと飛びかかるように見えたのかしら。失礼な。


「ローズ嬢、こんなところまで追いかけて来てまだ何か言い足りないとでも言うのか。女の嫉妬は醜いぞ。俺たちリヒトも含め、ソーニャとはただの友人だ。しかもソーニャは友人が出来ず悩んでいたんだぞ! ああ、もしやこれもローズ嬢の手の内かな」

「あら。それはどういう意味でしょうか……」


ベン様は何か確信を掴んだような表情をしている。

最近はあまり話さなくなってしまったが、昔はベン様もノア様もリヒト様と私で兄たちも含め皆で集まって遊んでいた。なのでベン様の性格、思考は知っているはずだ。私にはわかる。ベン様のこの表情は何か早合点している……!


「大方、ローズ嬢が取り巻きに何か言い含んだのだろう! 嫌がらせはやめろ!」


ズビシッと風を切る勢いで指を指されてしまった。早合点も何も事実無根の濡れ衣である。むしろ私はご令嬢方の暴走を止めてますからね?


まだ何も初めていないのに疲労を感じてしまうが、まず手始めに前に出てきたベン様から仕留めていきましょう。そうしましょう。


ベン様がつくった会話の流れを断ち切るように、少し長めにため息をつく。


「──言いがかりですわ。わたくしは何も存じ上げません」

「なっ……ッ」


まあ。短気なところも変わっていないのね。


「……それに、もし」


鋭い流し目を送り、短気なベン様の動きを止める。


「わたくしが、何か」


ベン様の視線を引き寄せるように扇を優雅に閉じる。


「するのならば」


ベン様の若草色の瞳を見つめたまま、扇をベン様の胸にトンと当て、上に上にと辿っていく。


「──こんなものではございません」


そして、最後に扇でするりと首元を撫でた。

ベン様は呆けたように、最後までされるがままだった。騎士見習いとして、それでよろしいのかしら。これが武器だったらやられていたわよ。


「……なッ!! そんなもの、言い訳になりません! 即刻、嫌がらせはやめてください!」


呆けたベン様の横から、今度はノア様が現れた。小さなわんちゃんのようにキャンキャンと騒がしいですわね。


「──証拠もないのに、そのようなことをおっしゃられても困ってしまいますわ」

「令嬢たちを動かせるのはローズ様しかいないじゃないか! 嫉妬で嫌がらせなんてみっともない!」


どうやらノア様、ベン様のお二人の中では”嫉妬”が犯行動機だと揺るがないようね。ならば、これからお話しすることも伝わりやすくなるかしら。


「あら……ノア様はご自身の振る舞いでソーニャ様が嫉妬されるお立場になり得る、ということを覚えていらっしゃったのね? よかったわ」

「なんだって?」


「わたくし、ノア様のご婚約者であられるエレノア様や、ベン様のご婚約者のブリトニー様からご相談を受けておりましたの」


「エレノアから!?」

「ブリトニーが!?」


お二人とも、やっと話を聞く気になりましたね? 今度は心からの安堵のため息が出た。


「──彼女たちは、ここ最近のお二人のご様子に心を痛め、悲しんでいらっしゃいましたわ。いくらお友達と言っても、はたから見ればそれ以上に見えますもの」


「いや、でも、事実何もないのだから」


婚約者のブリトニー嬢に熱烈に惚れているという話のベン様は放心状態だ。一方、家が決めた婚約者だと言いつつ憎からず思っているエレノア嬢に対し未だ素直になれないノア様は……まだ抵抗を続けるようだ。


「実際に何があるのか、あったのか、どのような関係なのかなど当事者にしか……本当のことはわからないことですわ」


「いや、直接聞いてくれれば……」


「直接聞いて、もしはぐらかされてしまったら……友人なのだから、気にすることはない。だからこのまま対応は変えない、そう言われてしまったら……。そう考え、はっきりとさせてしまうことに躊躇する気持ちは痛いほどわかりますわ。だって、お慕いしている方からそんなことを言われてしまえば、気持ちの行き場が無いではありませんか」


ノア様の顔色が悪くなった。


「事実何もなくとも、はたから見れば現状はお二人とも”現婚約者をないがしろにしている””不満がある””もしや解消となるのでは”と、新たに婚約の結び直しを考える家も出てくるかもしれません。また、彼女たちのお父様もそう思ってしまうかもしれません」


二人の顔色は、もはや土色だ。


「だから皆様、行動に気を使うのです」


「「……」」


ご理解いただけたかしら?


「ロ、ローズ様! あのッ二人をいじめるのは……っ、もうやめてくださいぃ!!」


黙り込んでしまった二人を隠すように、ソーニャ様が手を広げた。

まあ。なんということでしょうか。悪役(私)に立ち向かう姿が素敵ね! 少し震えているのもかわいらしいわ! 少し舌ったらずに「ローズ」が「ロォーズ」に聞こえるわ! なんて可愛らしいのでしょう!


「ローズ、もうそこまでにしてくれ。……君は昔から、冷たいところがある」


悪役(私)に立ち向かうソーニャ様を気遣うように出て来たのが、リヒト様だ。


「ブリトニー嬢やエレノア嬢から相談を受けたのなら、その場でローズが誤解を解いてあげたらよかったじゃないか。それをしないなんて冷たすぎる。……あぁ、その髪のように血が通っていないから冷たいのかな。まるで老──」


「──リヒト」


決して大きい声では無かったのに、その場が、空間が、その声の主に制御された。

そして、その声の主を確認する前に私の視界が誰かの背中でいっぱいになってしまった。


「宝物をそんな風に扱うなんて、感心しないな」


それは、ひどく、冷たく低い声だった。


ッッひえええ!!

魔王降臨だわ!!


「兄上……っ」


あ、やっぱりこの背中、この魔王はリチャード様で間違いありませんね!?


「大切にしないと、誰かに取られてしまうかもしれないよ」

「……誰も取ったりしません」

「では、要らないのだね?」

「……俺が決めたことではありませんので」


何をお話していらっしゃるのか、リチャード様の背中からそろりとずれてリヒト様を見れば、口を尖らせてまぁ。そのお顔を見るのは久しぶりですわ。昔はリチャードお兄様に叱られている時によくそのお顔をなさいましたね。懐かしい。


そのリチャードお兄様は、現在、見たことも無いぐらい黒いオーラを出してますが。


「──ふぅん。自分が決めたことではない、か。無責任だね。リヒトが心配だよ」


魔王様、目が全然心配してないですわ。むしろ、わたくしはリヒト様が魔王に食べられてしまいそうで心配ですわ……


「ねえ? ローズ」

「ひぇ」


きゅ急にこちらに話しを向けられたら驚くじゃないですか!!

そ、それにそんなに近くに立たれてはリチャード様が壁となりリヒト様が見えないじゃないですか!


「ローズも、宝物は大切にしてくれる人が持った方がいいと思うよね?」

「はい、? そうですね? 宝物類はきちんと大切にできる者が管理保管した方がよろしいかと……?」


「うん、ローズは良い子だね」


私の答えは正解だったのか、リチャード様は蕩けるように笑むと片手で私の頭を撫で、垂れた髪を一房持ち上げキスを落とし、そして


──リチャード様の空色の瞳が私を射貫く。


私の顔は爆発していないだろうか。喜びの方で。

え?ほんとに?大丈夫?散らばってない?世界に散り散りと飛んで選ばれし勇者が探す旅に出たりしてない?


危なかった。今回のはいくら耐性があっても危なかった。赤くなってしまったであろう顔を背けると、兄が私とリチャード様を怯えるような目で見ていた。どうした。その隣にいたトーマス様、ミハエル様は目が死んでいる。どうした。


「……ベン。話しがある。こっちに来い」

「あぁ、いけない。ノア、こちらに来なさい」


「兄貴!」

「兄さん!」


復活したトーマス様、ミハエル様はそれぞれ弟たちを連れどこかに行ってしまった。この流れはわたくしもお兄様と退場するのかしら…? と、兄に視線を戻すと、今度は何か企むような顔になっていた。忙しそうね。


「リヒト。自分の発言と行動には責任を持ちなさい。行っていいよ」

「……失礼します」


強張った顔のリヒト様は去り際にソーニャ様の手を引いて、どこかへ行ってしまった。

いや、ですから行動に責任を持てって言われたばっかりですよねー!? まぁ、ここにソーニャ様一人残すわけにはいかなかった……か。そうですわね。駆け落ちのように手と手を取り合う必要はありませんでしたが、英断でしたわね。うんうん。


「──ハァ。ローズ、大丈夫だった? 途中で割り込んでごめんね」


リチャード様は雰囲気を緩ませると、慌てたように私に怪我は無いかと確認する。


「いいえ! 魔……ンンッ、リチャード様の登場で場がキュッと締まりましたわ!」


やはり本物は違いますわね!


私の返事は信用ならなかったのか、リチャード様の検分は終わらない。髪をよけて怪我は無いか着衣に乱れは無いか確認しているようだ。そんな乱闘しておりません!


リチャード様に捕まれた肩が熱い。手の温度から心配されていると伝わってくるようだった。少し照れながら視線を上げると、切なげな美形が私の顔を覗き込んでいた。


「リヒトは君を冷たいと言ったけれど、私はローズが昔から優しい子だと知っているよ」


宝石のように澄んだ空色の瞳が、私を見ていた。


「二人を応援するために悪役を買って出るなんて……」


それに引き寄せられるように二人の距離は縮ま──


「は!! そうです、リチャード様! 悪役と言えばいかがでしたか今日の演技! 流し目、決まっていましたでしょう?」

「……決マッテイタヨ」


「ベン様なんてポカーンとしてらして、ここが戦でしたら私が仕留めていましたね!」

「…………ソウダネ」


ちょっと。ちゃんと聞いてます?


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