明日、世界を。
アルグ
第1話 「カァくん、部活始めるってよ」2年生の新入部員。
「カァくん。もう、部活やってもええからね」
母さんが言った。
部屋の隅で小さなテレビがついてる。
母さんが仕事から帰って来るのは夜の7時過ぎだ。それから母子3人の晩御飯や。
ボクの隣で弟がご飯を食べてる。
「ずっと、送り迎えありがとうな」
うん・・・ボクは頷いた。
中学2年生になっていた。
1年生の時には、弟を幼稚園に迎えに行かなきゃなんなかった。・・・学校が終わればすぐに。
それで、部活ができなかった。
弟が小学校に入学した。
・・・もう迎えに行く必要はない。
それで、部活動が許されたってわけや。
放課後。
体育館の入口から眺める。
バスケットボール部。バレー部。体操部・・・・
小学校の時は、5年生になると部活が必須で体操部に入った。跳んだり跳ねたりが好きやったからな。
・・・でも、中学生となると、そう単純でもなさそうや。体操の男子部が、鉄棒で難しそうな練習をしてる・・・・
女子は・・・
平均台の上に同じクラスの 高原 舞 がいた・・・
やっぱ、小学校のお遊びとは違うよなぁ・・・
そんで、バスケ、バレーには興味がないわ。
校庭に出た。
水飲み場に腰掛けてグランドを眺める。
野球部、サッカー部、テニス部、そして陸上部・・・・
「どうしようかなぁ・・・」
一番やりたいのは、やっぱ野球部や。
野球は小学校からずっとピッチャーをやってきた。・・・っても、クラスの野球チーム、遊び程度でしかないけど。それでも、やっぱり野球が好きや。
なんたって部活の花形やしな。
・・・あとは、サッカー部。
野球と人気を二分していたサッカーでも、クラスのチームがあった。
ボクはディフェンダーを務めた。
みんな、オフェンスをやりたがる。でも、ボクは、相手が攻めてきたところを防ぐディフェンダーが好きやった。
足には自信があった。
その俊足を生かして相手のパスをカットする。「スライディングタックル」でボールを奪うってのが快感やった。
・・・・でもなぁ・・・
問題は、ボクは2年生ということや。今、入部すれば、新入部員ってことになる。
扱いとしては1年生と同じなわけで、周りを見渡しても2年生から新たに運動部に入部するなんてのは聞いたことがない。
1年生と同じ扱い・・・この多感な中学2年生としては、まことに恥ずかしいわけで・・・・
「どうすっかなぁ・・・・・・」
隅に桜の木が数本あって綺麗に咲いてる。
そこを走ってるのは陸上部だ。
・・・・音に気づいて空を見上げた。
ジャンボジェットが飛んでいた。
2年生になって最初の体育の授業。
「今日は、ラジオ体操をやる」
全員を整列させて体育の時田先生が言った。
体育教師らしい、陽に焼けたガッチリした体躯。歳は30代半ばってとこか・・・・1年生の時は違う先生やった。初めて習う。
「そこの、水上、ちょっと前へ来い」
体操着には、胸と背中に大きく名前が書いてある。たまたまボクが目についたんやろう、その名前を確認するように、先生がボクを手招きした。
・・・え・・・ボク・・・・?
・・・しょうがない・・・前に出た。
「オマエ、やれ」
「え・・・?覚えてませんが・・・」
ラジオ体操第1なら、まだ、なんとなくわかる。が、やるのは第2の方だという。
「教えてやる」
こうして、クラス全員が整列する前でラジオ体操をやらされる羽目になった。・・・ったく。恥ずい。
クラスの男子はもとより女子もいる・・・その全員の前で一斉に注目を浴びる・・・・うっわぁーメッチャ恥ずかしいやん・・・・
ラジオ体操第2は、跳躍から始まる。
先生がレコーダーのボタンを押す。音楽が流れる。
音楽に合わせて跳ぶ・・・・
「う~ん、黒人が跳んでるようやな・・・」
一同、大爆笑。
ほっとけ、ボクは地黒なんや。
んとに地黒だ。・・・・ってか、吸収がいいんやろう。
皮が剥けるってことがない。
たいてい、夏になれば、遊んで、プールへ行って真っ黒になる。んで、皮が剥ける。
・・・とっころが、ボクの場合は、皮が剥けるってことがない。
つまり、陽に焼けた肌、黒いまんまで年間を通して過ごすことになる。なんで地黒。年中黒い。
夏休みなんて、どっこも・・・海とか行ったことないのに「どこの海行ってきたのー」「よく焼けてるわねーーー」と近所のおばちゃん連中に何度言われたことか・・・毎年言われる。
・・・でも、地黒なのは、けっこー気にしてるんや。・・・ったく。
「いや、そうじゃない、跳び方が黒人のようだという意味だ、バネの使い方が・・・」
跳躍、ジャンプをするってことは、足をバネにして跳ぶってことや。
膝を曲げて、力を溜めて、それを伸ばすことでジャンプする。・・・って思う。
が、ボクは膝を曲げずにジャンプしていた。
膝を曲げず伸ばしたまま、足首と脹脛の筋肉、バネだけで跳躍を、ジャンプしていた。・・・もちろんボク自身は考えたこともない。意識をしたことがない。
・・・・跳躍、ジャンプなんて、頭で考えてするもんやない。
しかし、この跳躍、ジャンプの仕方は、日本人・・・アジア人じゃあできない。・・・アングロサクソン、白人でもできない。このジャンプの方法を自然と行うのは、黒人しかいない・・・・
・・・・まぁ、どうやら、誉められてはいるらしい・・・
でも、シャーペンが机から落ちただけで転げまわって笑える中学2年生や。一度爆笑になってしまえば、あとは、もう、何を言っても無駄や。
時田先生が、何か言うたびに・・・・ボクの名誉のために「日本人離れしている」と力説すれば力説するほど大爆笑が沸いた。その度にラジオ体操は中断され、ボクは、その度に、また跳躍からやり直しさせられた。
・・・・ホンマ、コントみたいや・・・
地黒だから、わからんやろうけど・・・・たぶん、真っ赤になってるんやぞ・・・・ったく・・・
・・・・結局、最後までボクはみんなの前でラジオ体操をやらされてしまった・・・爆笑の中。
それだけで、この日の授業は終わった。
・・・・ったく、メッチャ疲れたわ・・・・
んで、次の体育の授業。
「水上!」
体育館に入っていくと、舞台に胡坐をかいていた時田先生に手招きされた。
明らかにボクを待っていた。
もう、手ぐすねひいて待ってましたって態だ。
時田先生は、彫の深い顔が印象的や。それほど背は高くはない。でも眼光がメチャメチャ鋭い。「射貫く」って言葉があるけれど、まさしく、時田先生の眼光がそれやった。何ともいえない迫力が体全体から滲み出ていた。生徒だけやなく教師もが一目置く存在やった。
舞台の前に直立不動で立った。・・・そうせざるを得ない雰囲気がある。
見下ろす時田先生。
「水上、陸上部へこんか?」
時田先生は陸上部の顧問やった。
・・・・え??・・・・はぁ?・・・うそ?・・・・ホンマに??
確かに足の速さには自信があった。小学校のときから、運動会のリレーではアンカーを走らされることが多かった。
・・・・確かに陸上部という選択はあった。
野球部、サッカー部には未練はある。
でも、2年生で新入部員というので悩んでいた。
けっきょく、どこにも入れないんじゃないかと思ってた。
・・・・それに、なにより・・・自分から入部するというより「来い」って、スカウトされて入ったほうがいいに決まってる。
・・・・メッチャかっこええやん。
よーし。
ボクは陸上部に入ることに決めた。
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