悪役令嬢がキレる時

リオール

1キレ ─ 騎士団長子息

 

 

「公爵令嬢モンティア!俺は知ってるぞ、お前の心の醜さを!!」

「は?」


 ある日の学園でのこと、突然呼び止められたので何だと見やれば。

 騎士団長が子息、ロールウッドが仁王立ちで腕を組み、私を睨みつけてるではないか。


 えーっと、今私に話しかけたんだよね?


 キョロキョロと周囲を見回しても誰も居ない。間違いなく私に言ったようだ。名前も呼ばれたし。


「ふん、助けでも探してるのか?生憎だがお前には味方なんぞ居ないぞ。お前のような醜い性根の者に味方が出来るわけないだろう!」


 ……何だか酷く失礼なこと言われた気がするんですけど。

 たしか騎士団長って侯爵家だったよね?うちより身分低いのに、その態度は有りなの?


 ちょっとカチンときたので口を開く。無視しようかとも思ったんだけど、今日の私は虫の居所が悪いんだ。


「随分と失礼な物言いですわね、ロールウッド様」


 それだけでロールウッドの目がつり上がる。え、なんで。


「やはりな……。やはりお前は噂通りのアバズレだ!」

「はあ!?」


 思わず令嬢らしからぬ声が出てしまいましたが、これは仕方の無いことです。

 だって、理解不能なんですもの!


「噂通りとは何のことですか?」

「お前が誰彼構わず男を誑かしているという噂だ!話したこともない俺の名前を知ってるのが何よりの証拠!」


 いや、騎士団長の息子の名前なんて誰もが知ってると思う。あなた先日の剣術大会で優勝してたじゃありませんか。知ってて当然でしょう?


 呆気にとられてると、ロールウッドがビシッと指をさしてきた。


「だが残念だったな、俺には既にワリアという心に決めた女性がいるのだ!お前がどんな美女だろうと、なびくことは無い!」


 ん?これは暗に私のことを美人だと言ってる?こいつに褒められても嬉しくないけど、まあ悪い気はしませんね。


 で、ワリアですか、ワリアワリア……ああ、確か最近話題の

「聖女候補と噂されるワリアさんですか?」


 男爵令嬢でありながら、類い稀な才能でこの王立学園に入学してきたとか何とか。確か平民だったのを、才能を見いだした男爵家に迎え入れられたんでしたっけ。


「そうだ!そしてお前は最近ワリアにちょっかいを出してるそうじゃないか!」

「は?」


 私さっきからこればっかり言ってますね。

 だって理解不能なことばかり仰るんですもの。


「ちょっかいと言いますと?」

「しらばっくれる気か!」


 いやほんと分からない。思わず素が出そうになりますが、必死で押しとどめる。


「ワリアに何かと嫌がらせをしてるだろうが!」

「え、そうなんですか!」


 逆にビックリするわ!

 そうなの?私顔も知らず話したこともない相手に嫌がらせしてたの!?

 何その超常能力!そんな魔法あるの!?


「いやそうなんですかって……」


 流石にその反応には戸惑ったようで。

 え~みたいな顔されたけど。でもそれも一瞬。


「し、しらばっくれるな!ワリアの悪口を言ったり昼食をひっくり返したり教科書を破ったりしたと聞いたぞ!目撃者も多数いる!」

「目撃者とは?」


 誰それ。やってもいないことを見た人ってどんなの?むしろ凄い興味ある。私のドッペルゲンガーでも見たのかな。


「ワリアと!」

「ワリアさんと!?」


 本人かよ!とは思ったけど、とりあえず全部出終わるのを待とう。

 ──あ、素が出ちゃった。いけないいけない。


「…………」

「……ワリアさんと……?」


 促すけど、出て来ない。

 え、終わり!?本人による自己申告だけ!?


「多数と仰ったではありませんか」

「ううう煩い!言葉のあやだ!聖女候補であるワリアの証言だけで十分だ!」


 えー、だってそんなの本人が嘘言ってるかもしれないじゃないですか。


「ワリアが俺に嘘をつくわけがないだろう!」


 顔を真っ赤にして言いつのるロールウッドに、段々と冷えてきた視線を投げる。うっとか詰まってるし、情けない、弱い……屑が。


「屑が」


 あ、心の声漏れちった。まあいいか、ここは学内でも人気のない敷地の端。一人になりたいときにいつも来ていたお気に入りの場所。


 だから今も他に人は居ない。


 お気に入りの場所で落ちていた気分を上げようとやって来たのに、最悪の屑に捕まった苛立ちはかなりきている。


 キレてもいいかなあ。


「なんだと!?やはりそれが貴様の本性か!その腐った性根を叩き直してやる!」


 そしてなぜか剣を向けられた。

 え、何それ、殺す気?やだこの人いかれてる、怖い。


 欠片も怖いと思ってないけれど。

 そんな私は無表情だと思うのだけど。


「今更泣いて謝っても遅いぞ!二度とワリアに手出し出来ぬよう、痛い目を見て貰う!」


 と言うや否や、剣を振りかぶって向かってきた。

 泣きそうに見えるとか馬鹿じゃないの?目が曇りすぎ、本当の屑だな。


 考えたのは一瞬。


 ブチッ


 何かが切れる音が微かに聞こえた。


「っざっけんなぁっ!!」


 私の叫びと

 ギィンッと刃と刃がぶつかる音が辺りに響く。


「な!?」


 驚愕に目を見張るのも無理はない。

 まさか見るからにか弱そうな公爵令嬢の私が、剣術大会優勝者の剣を軽々受け止めたのだから。


 ──何処からともなく現れた、黒い剣で。


 そして


「うらあぁぁぁぁっ!!!」


 ダンッ


 剣をグググと押し勝ち、地面に付きそうになったところで足で踏んでやった。──ロールウッドの剣を。


 そしてとどめぇ!


「死ねやクソがぁっ!!」


 およそ公爵令嬢とは思えぬ言葉と共に、思っきしその顔面に右ストレートをぶちかましてやったわ!


「ひぎぇっ!」


 情けない声と共にロールウッドは吹っ飛んだ。


 死なないように手加減してあげたよ、感謝しろ!


「んな、な…何なのだ貴様は!」

「誰が貴様だ貴様ぁっ!」


 怒りで変なこと言ってるけど気にしない。

 もう私はキレにキレていたから。


「証拠も何もないのに人を悪人呼ばわりか!?しかも女性に本気で剣を向けるとか、それでも騎士目指してんのか!」


 いいか良く聞け!


「私はワリア嬢など見たことも話したこともないわ!興味なんぞまっっっったく無いわ!そんな奴に構ってる暇があったら剣術の腕磨くのに時間費やすわ!」


 ~わ!~わ!とひたすら怒鳴りまくる私をロールウッドは、ただ目を白黒させて見つめるのみ。


「お前は私がワリアとかいう女に何かしたのを見たのか!?」


 鼻血をダラダラ流しながら、ロールウッドは首をブンブンと勢いよく振る。


「お前は見てもいないこと、人から聞いたことを全部鵜呑みにするのか!!!」


 どうなんだ!?


「ち、違ひまふ……」

「じゃあなぜこんなことした!!!!」

「わ、ワリアが仕返ししてほひいって言ふから……」

「証拠も証言もない状況で、女に言われるがままに剣を振るうとか馬鹿か、屑が!」


 屑が!


 ムカついたので二度言ってやったわ!


「大体そんなことを告げ口してきて、仕返しして欲しいとかいう女の何処に魅力があるんだ!お前の目は節穴か!」


 涙と鼻血が混ざりに混ざって汚い顔のロールウッドは、ひたすら「すひはへん、すひはへん(すみません)」と言い続けていたけれど。


 もうそれ以上ムカつく顔を見ていたくなくて、私は足早にその場を後にした。


 二度と私の前に現れんな!!











「あっはっは!そんな事があったんだ!だからモンティアの機嫌、そんなに悪かったんだね!」


 ムスッとしたまま事のあらましを話したら、横に座るラルフ王子は大爆笑しだした。


 私は笑えないし!腹が立つだけだし!


「剣術大会に女性が出れないなんておかしいって進言をはねのけられましたので、ちょっと苛ついてたんですよ」


 先日の剣術大会。

 男子のみのそれは、大したレベルの者もおらず。


 優勝したロールウッドも、私の足元にも及ばないことはすぐに分かった。


 私の方が圧倒的に強いのに。

 女と言うだけで出れないなんて!

 少ないけれど女騎士目指してる子だっているのに!


 次は女性も参加させて下さい!って意見は全く聞いて貰えなかったのだ。


 そんなわけでイライラしてたので人気の無いとこで暴れて発散しようとしてたら。あの馬鹿が現れたというわけだ。


「まあ女性に──モンティアに剣を向けたのは許せないね。彼の父親である騎士団長はまともな男だ。事情を話したらきちんと息子に仕置きしてくれるだろう」

「仕置きというか、騎士にしないようにして欲しいですね。一人の女の戯れ言に振り回される輩なんて論外でしょう?」

「そうだね、伝えておくよ」


 それで今回の一件は終わりだ。


 折角のラルフ王子との時間。

 大事にしなくっちゃ!


 そう思ってチラリと見れば。


 同じ事を考えていたのか、優しい目で私を見つめるラルフ王子と目が合った。


 恥ずかしくて目をそらせば

「こっちを見てよモンティア」

と、顔を向けさせられてしまった。


「こんな可愛いモンティアの事を知らないなんて不幸だね。知ってる僕は本当に幸運だ」

「ラルフ王子……」

「ラルフと呼んでといつも言ってるだろう?」

「ラルフ……」


 言われるがまま呼べば、ニッコリと微笑まれて、顎を掴まれる。


「僕だけのモンティア。愛してるよ」

「わ、私も愛してます……」


 そうして重なる影。


 恋人たちの甘い時間はまだまだ続く。



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